◆朝。空山の自宅。玄関
空山「い、いや。なんでうちに蒼が……」
空山の母「行ってらっしゃい」
空山の母は空山の背を押す。空山が靴を履いたところで、
旭日「はい。行ってきます」
旭日は空山の指先を軽く掴んで、扉に手をかける。
見送る母親を後ろに、家を飛び出す。
道に出たところで、空山は旭日の手を振り払う。
空山「なんなの、いきなり」
旭日「?」
旭日「なにが、かな?」
空山と二人だが、旭日は猫被りをやめない。柔らかい笑顔のまま。
空山「なにがって。全部だよ。いきなりうちに来て……、というか。今日、朝練は?」
旭日「ああ。それは休んだよ。そんなことはどうでも良いんだ。行こう、琴子」
旭日は空山の手を握ってこようとする。空山は手を動かしてそれに抵抗する。
旭日「どうしたんだい?」
空山は、決心したように顔を上げて、
空山「蒼」
旭日をきちんと見てから、頭を下げる。
空山「わたし、昨日のこと、謝りたくて。ごめんなさい」
空山「蒼に、八つ当たりして、困らせて。怒るのも当然だって……、思う」
空山「だから、その」
旭日「そっか。別にいいよ、そんなこと。気にしないで。顔をあげて」
空山が恐る恐る顔をあげると、猫被りの笑顔のままの旭日がそこにいる。
空山「いや。そんなことって」
旭日「ほら。行こう、琴子。学校に」
空山「ちょ」
旭日は空山の手を握ると、まっすぐに歩き出す。
空山(なに!?なんで、どういうこと!?)
◆昼休み 学校の教室。
2話のように、歩と空山が向かい合って弁当を食べているが、隣の席を借りて、旭日も食事をしている。
歩はフォークを持ちながら、俯いて食事を進める空山と、数十秒に一回空山を気にするように見ている旭日を交互に見る。
歩「どういう状況?」
空山「わたしが知りたい……」
旭日「琴子。どうしたんだい。箸が止まっているよ」
旭日の言葉は無視して。
歩「旭日くんとなんかあったの?」
空山「分からない。朝からずっとこんな感じで……」
登校時には:ぴったりと横にくっついて歩いて
体育の際には:更衣室にはやく移動しなければいけないのに、しつこいくらい忘れ物の確認をしてきて
移動教室(理科系の実験室)では:さりげなく席を交換してもらって、近くにやってきて
今日のここまでを振り返り、げっそりする空山。
歩「ずっと一緒にいるじゃん。付き合い始めたの?」
空山「違うから。冗談でもやめて」
歩「えー」
ジト目で空山に見られた歩は、旭日の方に身を乗り出して聞き始める。
歩「そう言ってるけど。実際のところ、どうなんだい。旭日くんや」
旭日「俺と琴子の関係は、そんな簡単な言葉じゃあ言い表せないよ」
歩「おおう。キザってこと以外、よく分からない返答」
3人の様子を見てヒソヒソと話しているクラスメイトの女子たちに、旭日は優しく笑いかける。すると、彼女たちはバツが悪そうに顔を逸らす。
歩「そもそも二人はどういう知り合いなの?中学のときは、琴子からそんな話、いっさい聞かなかったけど」
空山「ただの幼馴染。家が近所だったから、うちに蒼がたまに遊びにきてたってだけ」
歩「って琴子は言ってるけど。そうなの?」
旭日「そうだね。だけってことはないけれど。昔からとても仲良しだったよ」
歩「へえ?」
旭日「なんだい、園崎さん。俺が琴子をその頃から今まで、どんなふうに思っていたのか知りたいのかな。良ければ話すけど」
歩「あ、いや。面倒そうだからいいや」
笑顔で断る歩。
歩「なんかすごい気に入られてるんだね」
空山に向かって、声をひそめて。
歩「琴子にそんな相手がいるなんて知らなかったよ。もう。教えてくれればよかったのにー、薄情なんだから」
空山「……」
歩「なぜ睨む」
歩「ん。あれ、でも旭日くんって、中学は私たちと違うよね」
旭日「そうだね。小学生の頃この辺りから離れて、今また帰ってきたから」
歩「へぇ。あ、まさか、琴子に会うために?」
歩は冗談めかして聞く。
旭日「うん。そうだよ」
歩「おおう。やるね。サラッと言うじゃん」
空山(いやいや。馴染みすぎ)
空山(なんで二人とも、普通に楽しそうに談笑してるの)
ジト目で黙って二人を見る空山。
空山(わたしがおかしいの……?)
空山(いや、そんなことないよね!?)
◆放課後。HRが終わり、空山が教室から出ようとしたところで。
空山(蒼は……、まだ机にいる。今のうちに、帰っちゃおっと)こそこそ
机について、カバンを確認している旭日を見る。
空山(あれから放課後まで。ずっと、蒼に付きまとわれた)
空山(なにを企んでいるのか知らないけれど、流石にもう疲れたよ。蒼は部活行くだろうし、わたしはさっさと帰ろう……)
ひとりで教室を出て行こうとする空山に、北瀬が後ろから声をかけてくる。
北瀬「……空山、さん」
空山「ぎゃっ!?」
北瀬は明らかに落ち込んでいる。泣き腫らしたような目元をしている。
北瀬「今……、話、いい?」
空山「えっ。あ、うん」
空山(えっ。北瀬さん!?)
空山(いや、突然なに!?)
人通りのある入り口付近から離れ、廊下で話す二人。
北瀬「……」
下を向いて、ぎゅっと手を握り締めるようにする北瀬。
空山「……」
空山(気まずい……!)
引き攣った顔から、なんとか笑顔を浮かべて、空山は北瀬に声をかける。話せない北瀬を心配するように、少し姿勢を落として。
空山「えっと。どうしたの、北瀬さん」
空山「も、もしかして。今日1日のこと?実は、蒼の奇行の理由は、わたしにもよく分かんなくて……、蒼にちゃんと理由を聞かなきゃって思ってたとこなんだけど。ごめんね。もっとはやく止めるべきだったよ、本当に」
北瀬「……ごめんなさい」
北瀬は涙を浮かべて、絞り出すように震えながら言う。
空山「へ」
北瀬「空山さんを……、傷つけるようなことを言って。ごめんなさい」
泣いて必死に謝っている北瀬に、廊下を通り過ぎる人たちは、なんだなんだとチラリと見て通り過ぎていく。
空山「ちょ!?」
空山「わたし、大丈夫だから。そんなに気にしないで。ほら。こんなに元気。全然気にしてないから。ほら!」
慌てて北瀬の背をさすり、反対の手を振り回す空山。
空山「ど、どうしたの、突然。そんな、泣かないで」
北瀬「……旭日くんが」
空山は、そこでピタッと固まる。
空山「……え。蒼になんか言われたの?」
北瀬「本当に……、ごめんなさい」
空山(嘘でしょ。蒼!なにやってんの!?)
◆放課後。旭日が教室から出てきたところで、声をかける。
空山「蒼!」
旭日は、今日初めて空山から話かけられたことに喜び、ぱっと笑顔を見せる。
が、すぐに取り繕って続ける。(周りに人がいるので、猫被りのまま)
旭日の手には、プリントが握られている。
旭日「どうしたの、琴子」
空山「どうしたの、じゃないよ!蒼、北瀬さんになに言ったの!?」
北瀬の名前を聞いて、旭日は嬉しそうな様子から抜け出す。
旭日「ああ。昨日、琴子が傷ついていたみたいだったから。そういうのはやめてほしいって言ったんだ」
空山「は」
旭日「ふうん。ちゃんと謝ったんだ、北瀬さん」
空山「……も、もう。やめてよ。わたしそんなこと、頼んでない」
旭日「え?」
空山「わたしが陰口言って、蒼に頼んだみたいになっちゃったじゃない。こんなの、違う」
旭日「なんで?北瀬さんが琴子を傷つけたのは、事実だよね」
旭日「違うの?」
うっ、と、一瞬言葉に詰まる空山。
空山「いや。そうかもしれないけど。これは、わたしたちの問題だから。蒼がなにか言うのは……」
旭日「俺、なにも悪いことしてないよ」
旭日「ま、いいや。琴子。一緒に帰ろう」
空山「よくないよ。蒼、聞いて」
旭日「ちょっと寄って行きたいところがあるんだけど、良いかな」
空山「いや。蒼、部活は?なんで普通に帰ろうとしてるの」
旭日「ああ。だから、寄って行きたいところがあるんだ。これ、顧問に出さなきゃ」
旭日は持っていた紙を揺らす。そこには、退部届けと書かれている。
空山「は!?」
空山は、今までで1番驚く。
空山「やめるの!?部活!?」
旭日「うん」
空山「え。なにかあったの?入ったばっかりじゃん。なんで急に」
旭日「だって、部活があったら放課後琴子といられないから。それに、あの部長も琴子が嫌になるようなこと言ったしな。このまま部活にいても、良いことはなさそうだなって」
空山は呆気に取られ、旭日を信じられないものを見るような目で見る。
空山「本当に……、それだけ?」
旭日「うん?そうだけど」
空山「それだけの理由で?」
旭日「そうだよ。それに、一緒にいられなかったら、また誰かが琴子に嫌なことを言うかもしれないし。隣にいることができれば、俺がすぐに……」
空山は、きゅっと眉を寄せて怒る。
旭日の方に踏み出すと、その手から退部届のプリントをひったくるようにして奪う。
旭日「はぁ!?おい琴子、なにするんだよ!」
旭日は、素を出して怒る。
空山「行って」
旭日「あ?」
空山「部活。行って!」
旭日「はぁ?なんで俺がそんなところに行かなきゃいけないんだよ。やめるんだよ、これから」
空山「やめない。やめさせないから。そんな理由でやめるなんて、許さない」
空山「これはわたしが捨てておく」
空山は胸にプリントを抱くと、旭日に背を向けて駆け足で去っていく。
旭日「おい。琴子!待てって。おい!」
◆放課後 グラウンド サッカー部
たくさんの部員がストレッチをしたり、グラウンドの準備をしている。
その中で、バインダーを持って何かを確認していた部長が旭日に気がつく。
部長「おっ」
部長「旭日。もう皆ウォーミングアップ始めてるぞ。はやくお前も着替えろー」
旭日「部長」
旭日は抑えようとはしているものの、明らかに機嫌が悪い。
旭日「部活に使うもの。全部忘れました」
部長「へ」
部長「は!?」2回目で大きく驚く。
部長「なんだそれ!?」
部長「お前、意外に抜けてるとこあるんだなー!?」
旭日「……」
部長「体操着は?あるか?」
旭日「はい。持ってきました」
部長「じゃあ着替えて、今日は校舎の周り走れ。あ、準備体操も忘れるなよ!」
旭日「はい」
旭日(本当に)
旭日(何をしてるんだ、俺は?)
◆部活中 校舎の周りを走る旭日
一人、息を整えながら校舎の周りを走る旭日。
あたりは夕焼けに沈み始めている。
旭日「はぁ……、はぁ……」
◆旭日が、中学生の頃(2年生)朝
旭日「はぁ……、はぁ……」
そのまま、走っている場面がつながっているイメージで
廊下を走る旭日。
キーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴り出す。
旭日は、教室の扉を開く。
旭日「……」
クラスメイトたちが、いっせいに朝日を見る。
旭日「おは……、よう」
旭日が不自然な(このときは、まだ少し猫被りが下手)笑顔を見せると、皆自分の作業に戻っていく。
女子「おはよー、旭日くん」
旭日「おはよう」
席についた途端、周りにいた女子たちに話しかけられる。
女子1「宿題やった?」
女子2「私、今日当てられそうなんだけどー」
旭日は、話を聞きながらとりあえず笑っている。
旭日を囲んでいる人以外には、少し遠巻きに見られている。
旭日(大丈夫)
旭日(おかしなことは、何もしていない)
旭日(何も間違えていない……、はず)
そのうち、先生が教室に入ってきたため、立っていた生徒たちはいっせいに席に戻っていく。その後、HRが始まる。
空山「い、いや。なんでうちに蒼が……」
空山の母「行ってらっしゃい」
空山の母は空山の背を押す。空山が靴を履いたところで、
旭日「はい。行ってきます」
旭日は空山の指先を軽く掴んで、扉に手をかける。
見送る母親を後ろに、家を飛び出す。
道に出たところで、空山は旭日の手を振り払う。
空山「なんなの、いきなり」
旭日「?」
旭日「なにが、かな?」
空山と二人だが、旭日は猫被りをやめない。柔らかい笑顔のまま。
空山「なにがって。全部だよ。いきなりうちに来て……、というか。今日、朝練は?」
旭日「ああ。それは休んだよ。そんなことはどうでも良いんだ。行こう、琴子」
旭日は空山の手を握ってこようとする。空山は手を動かしてそれに抵抗する。
旭日「どうしたんだい?」
空山は、決心したように顔を上げて、
空山「蒼」
旭日をきちんと見てから、頭を下げる。
空山「わたし、昨日のこと、謝りたくて。ごめんなさい」
空山「蒼に、八つ当たりして、困らせて。怒るのも当然だって……、思う」
空山「だから、その」
旭日「そっか。別にいいよ、そんなこと。気にしないで。顔をあげて」
空山が恐る恐る顔をあげると、猫被りの笑顔のままの旭日がそこにいる。
空山「いや。そんなことって」
旭日「ほら。行こう、琴子。学校に」
空山「ちょ」
旭日は空山の手を握ると、まっすぐに歩き出す。
空山(なに!?なんで、どういうこと!?)
◆昼休み 学校の教室。
2話のように、歩と空山が向かい合って弁当を食べているが、隣の席を借りて、旭日も食事をしている。
歩はフォークを持ちながら、俯いて食事を進める空山と、数十秒に一回空山を気にするように見ている旭日を交互に見る。
歩「どういう状況?」
空山「わたしが知りたい……」
旭日「琴子。どうしたんだい。箸が止まっているよ」
旭日の言葉は無視して。
歩「旭日くんとなんかあったの?」
空山「分からない。朝からずっとこんな感じで……」
登校時には:ぴったりと横にくっついて歩いて
体育の際には:更衣室にはやく移動しなければいけないのに、しつこいくらい忘れ物の確認をしてきて
移動教室(理科系の実験室)では:さりげなく席を交換してもらって、近くにやってきて
今日のここまでを振り返り、げっそりする空山。
歩「ずっと一緒にいるじゃん。付き合い始めたの?」
空山「違うから。冗談でもやめて」
歩「えー」
ジト目で空山に見られた歩は、旭日の方に身を乗り出して聞き始める。
歩「そう言ってるけど。実際のところ、どうなんだい。旭日くんや」
旭日「俺と琴子の関係は、そんな簡単な言葉じゃあ言い表せないよ」
歩「おおう。キザってこと以外、よく分からない返答」
3人の様子を見てヒソヒソと話しているクラスメイトの女子たちに、旭日は優しく笑いかける。すると、彼女たちはバツが悪そうに顔を逸らす。
歩「そもそも二人はどういう知り合いなの?中学のときは、琴子からそんな話、いっさい聞かなかったけど」
空山「ただの幼馴染。家が近所だったから、うちに蒼がたまに遊びにきてたってだけ」
歩「って琴子は言ってるけど。そうなの?」
旭日「そうだね。だけってことはないけれど。昔からとても仲良しだったよ」
歩「へえ?」
旭日「なんだい、園崎さん。俺が琴子をその頃から今まで、どんなふうに思っていたのか知りたいのかな。良ければ話すけど」
歩「あ、いや。面倒そうだからいいや」
笑顔で断る歩。
歩「なんかすごい気に入られてるんだね」
空山に向かって、声をひそめて。
歩「琴子にそんな相手がいるなんて知らなかったよ。もう。教えてくれればよかったのにー、薄情なんだから」
空山「……」
歩「なぜ睨む」
歩「ん。あれ、でも旭日くんって、中学は私たちと違うよね」
旭日「そうだね。小学生の頃この辺りから離れて、今また帰ってきたから」
歩「へぇ。あ、まさか、琴子に会うために?」
歩は冗談めかして聞く。
旭日「うん。そうだよ」
歩「おおう。やるね。サラッと言うじゃん」
空山(いやいや。馴染みすぎ)
空山(なんで二人とも、普通に楽しそうに談笑してるの)
ジト目で黙って二人を見る空山。
空山(わたしがおかしいの……?)
空山(いや、そんなことないよね!?)
◆放課後。HRが終わり、空山が教室から出ようとしたところで。
空山(蒼は……、まだ机にいる。今のうちに、帰っちゃおっと)こそこそ
机について、カバンを確認している旭日を見る。
空山(あれから放課後まで。ずっと、蒼に付きまとわれた)
空山(なにを企んでいるのか知らないけれど、流石にもう疲れたよ。蒼は部活行くだろうし、わたしはさっさと帰ろう……)
ひとりで教室を出て行こうとする空山に、北瀬が後ろから声をかけてくる。
北瀬「……空山、さん」
空山「ぎゃっ!?」
北瀬は明らかに落ち込んでいる。泣き腫らしたような目元をしている。
北瀬「今……、話、いい?」
空山「えっ。あ、うん」
空山(えっ。北瀬さん!?)
空山(いや、突然なに!?)
人通りのある入り口付近から離れ、廊下で話す二人。
北瀬「……」
下を向いて、ぎゅっと手を握り締めるようにする北瀬。
空山「……」
空山(気まずい……!)
引き攣った顔から、なんとか笑顔を浮かべて、空山は北瀬に声をかける。話せない北瀬を心配するように、少し姿勢を落として。
空山「えっと。どうしたの、北瀬さん」
空山「も、もしかして。今日1日のこと?実は、蒼の奇行の理由は、わたしにもよく分かんなくて……、蒼にちゃんと理由を聞かなきゃって思ってたとこなんだけど。ごめんね。もっとはやく止めるべきだったよ、本当に」
北瀬「……ごめんなさい」
北瀬は涙を浮かべて、絞り出すように震えながら言う。
空山「へ」
北瀬「空山さんを……、傷つけるようなことを言って。ごめんなさい」
泣いて必死に謝っている北瀬に、廊下を通り過ぎる人たちは、なんだなんだとチラリと見て通り過ぎていく。
空山「ちょ!?」
空山「わたし、大丈夫だから。そんなに気にしないで。ほら。こんなに元気。全然気にしてないから。ほら!」
慌てて北瀬の背をさすり、反対の手を振り回す空山。
空山「ど、どうしたの、突然。そんな、泣かないで」
北瀬「……旭日くんが」
空山は、そこでピタッと固まる。
空山「……え。蒼になんか言われたの?」
北瀬「本当に……、ごめんなさい」
空山(嘘でしょ。蒼!なにやってんの!?)
◆放課後。旭日が教室から出てきたところで、声をかける。
空山「蒼!」
旭日は、今日初めて空山から話かけられたことに喜び、ぱっと笑顔を見せる。
が、すぐに取り繕って続ける。(周りに人がいるので、猫被りのまま)
旭日の手には、プリントが握られている。
旭日「どうしたの、琴子」
空山「どうしたの、じゃないよ!蒼、北瀬さんになに言ったの!?」
北瀬の名前を聞いて、旭日は嬉しそうな様子から抜け出す。
旭日「ああ。昨日、琴子が傷ついていたみたいだったから。そういうのはやめてほしいって言ったんだ」
空山「は」
旭日「ふうん。ちゃんと謝ったんだ、北瀬さん」
空山「……も、もう。やめてよ。わたしそんなこと、頼んでない」
旭日「え?」
空山「わたしが陰口言って、蒼に頼んだみたいになっちゃったじゃない。こんなの、違う」
旭日「なんで?北瀬さんが琴子を傷つけたのは、事実だよね」
旭日「違うの?」
うっ、と、一瞬言葉に詰まる空山。
空山「いや。そうかもしれないけど。これは、わたしたちの問題だから。蒼がなにか言うのは……」
旭日「俺、なにも悪いことしてないよ」
旭日「ま、いいや。琴子。一緒に帰ろう」
空山「よくないよ。蒼、聞いて」
旭日「ちょっと寄って行きたいところがあるんだけど、良いかな」
空山「いや。蒼、部活は?なんで普通に帰ろうとしてるの」
旭日「ああ。だから、寄って行きたいところがあるんだ。これ、顧問に出さなきゃ」
旭日は持っていた紙を揺らす。そこには、退部届けと書かれている。
空山「は!?」
空山は、今までで1番驚く。
空山「やめるの!?部活!?」
旭日「うん」
空山「え。なにかあったの?入ったばっかりじゃん。なんで急に」
旭日「だって、部活があったら放課後琴子といられないから。それに、あの部長も琴子が嫌になるようなこと言ったしな。このまま部活にいても、良いことはなさそうだなって」
空山は呆気に取られ、旭日を信じられないものを見るような目で見る。
空山「本当に……、それだけ?」
旭日「うん?そうだけど」
空山「それだけの理由で?」
旭日「そうだよ。それに、一緒にいられなかったら、また誰かが琴子に嫌なことを言うかもしれないし。隣にいることができれば、俺がすぐに……」
空山は、きゅっと眉を寄せて怒る。
旭日の方に踏み出すと、その手から退部届のプリントをひったくるようにして奪う。
旭日「はぁ!?おい琴子、なにするんだよ!」
旭日は、素を出して怒る。
空山「行って」
旭日「あ?」
空山「部活。行って!」
旭日「はぁ?なんで俺がそんなところに行かなきゃいけないんだよ。やめるんだよ、これから」
空山「やめない。やめさせないから。そんな理由でやめるなんて、許さない」
空山「これはわたしが捨てておく」
空山は胸にプリントを抱くと、旭日に背を向けて駆け足で去っていく。
旭日「おい。琴子!待てって。おい!」
◆放課後 グラウンド サッカー部
たくさんの部員がストレッチをしたり、グラウンドの準備をしている。
その中で、バインダーを持って何かを確認していた部長が旭日に気がつく。
部長「おっ」
部長「旭日。もう皆ウォーミングアップ始めてるぞ。はやくお前も着替えろー」
旭日「部長」
旭日は抑えようとはしているものの、明らかに機嫌が悪い。
旭日「部活に使うもの。全部忘れました」
部長「へ」
部長「は!?」2回目で大きく驚く。
部長「なんだそれ!?」
部長「お前、意外に抜けてるとこあるんだなー!?」
旭日「……」
部長「体操着は?あるか?」
旭日「はい。持ってきました」
部長「じゃあ着替えて、今日は校舎の周り走れ。あ、準備体操も忘れるなよ!」
旭日「はい」
旭日(本当に)
旭日(何をしてるんだ、俺は?)
◆部活中 校舎の周りを走る旭日
一人、息を整えながら校舎の周りを走る旭日。
あたりは夕焼けに沈み始めている。
旭日「はぁ……、はぁ……」
◆旭日が、中学生の頃(2年生)朝
旭日「はぁ……、はぁ……」
そのまま、走っている場面がつながっているイメージで
廊下を走る旭日。
キーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴り出す。
旭日は、教室の扉を開く。
旭日「……」
クラスメイトたちが、いっせいに朝日を見る。
旭日「おは……、よう」
旭日が不自然な(このときは、まだ少し猫被りが下手)笑顔を見せると、皆自分の作業に戻っていく。
女子「おはよー、旭日くん」
旭日「おはよう」
席についた途端、周りにいた女子たちに話しかけられる。
女子1「宿題やった?」
女子2「私、今日当てられそうなんだけどー」
旭日は、話を聞きながらとりあえず笑っている。
旭日を囲んでいる人以外には、少し遠巻きに見られている。
旭日(大丈夫)
旭日(おかしなことは、何もしていない)
旭日(何も間違えていない……、はず)
そのうち、先生が教室に入ってきたため、立っていた生徒たちはいっせいに席に戻っていく。その後、HRが始まる。
