◆朝。旭日の母方の祖母の家(現在の旭日の住処)。玄関。

一般的な一軒家である空山家よりも少し古い、お屋敷のような感じ。

旭日の祖母が空山を迎える。
旭日の祖母の手には、旭日の弁当が入った袋が握られている。

旭日の祖母「琴子ちゃん」
空山「おはようございます」

空山は、制服姿に通学カバンを持っている。

旭日の祖母「おはよう。ごめんなさいね、朝早くから呼び出してしまって」
空山「いえ」
旭日の祖母「私としたことが、今日蒼の朝練があるのを知らなくてね。朝、あの子がバタバタしているので気がついて。そのまま、蒼はお弁当を忘れてしまったみたいでね」
旭日の祖母「琴子ちゃん、これを蒼までお願いできる?」
空山「はい。大丈夫ですよ」

旭日の祖母から袋を受け取る空山。

旭日の祖母「私が届けに行けたら良かったんたけどね」
空山「いいえ。クラスも同じですし。会ったら、適当に渡しておきますよ」
旭日の祖母「ありがとうね」

旭日の祖母の家を離れる空山。
手に持った袋を見て。

空山(思ったよりも、重い。お昼にこんなに食べられるんだ)


◆朝 学校。校門を入ってすぐの道。グラウンドを眺めながら。

空山(蒼は……、サッカー部だっけ)

グラウンドには、サッカー部の姿は無い。

空山(もう終わったのかな。どうしよう。教室で渡したほうがいいかな)

道には、登校したばかりの生徒のほかに、朝練を終えた生徒も混じっている。

脇の道から、制服姿の旭日が歩いてくる。
部活用のカバンを肩にかけている。

空山(あ。いた)

空山「蒼」

顔を上げて、空山に気がつく旭日。
話しかけられた相手が空山であることに一瞬ぎょっとするが、すぐに外用の顔に取り繕う(周りを生徒が多数歩いているので)。

旭日「空山さん。どうしたんだい?」

空山(あ、猫被ってる)

ジト目で見る空山。

空山「お弁当。持ってきたよ。忘れてるでしょ」

持っていた袋を上に上げる空山。

荷物を手で確認し始める旭日。
ハッとした顔になってから、笑顔に戻る。

旭日「本当だ。ありがとう、空山さん」
空山「あ、うん」

後ろから、男子生徒が近づいてくる。
旭日のサッカー部の先輩。

先輩「お」
先輩「なんだ、旭日。立ち止まって」
旭日「お疲れ様です」

先輩は、旭日が空山から袋を受け取っているところを見る。

先輩「なんだぁ?朝からお熱いな。彼女か?流石旭日だな」

笑って、囃し立てる先輩。旭日は、笑顔のままその場を乗り切ろうと口を開こうとするが、それよりも前に、

空山「違います」

スパッと、言い切る。

空山「渡したし。行くから」

返事を聞かずに、空山は背を向けてその場を後にする。
目を見開く旭日。
先輩は、汗をかいて二人を見比べる。

先輩「な、なんかごめんな、旭日」

空山の背を見ながら、謝る先輩。
旭日は、誰も見ていないところで、不機嫌そうな顔になる。

旭日「いえ」


一人校舎へ向かう空山。
下駄箱で靴を履き替えながら。

空山(最近なかったから、忘れてた)
空山(ああいうこと、言われるの)
空山(適当に返事してたら、ことあるごとにからかわれるし……)

小学生のとき、旭日と一緒にいて、男子に囃し立てられた様子を思い出して眉を寄せる空山。

空山(こそこそ何か言われるし……)

女子には、ひそひそ話をされたところを思い出す。

空山(……嫌なこと、思い出しちゃったな)

肩を落として、教室へ向かって行く。


◆昼休み。教室。空山と歩が、机で向かい合って弁当を食べている。

空山「カラオケ?」
歩「そーそー。今度の休みにさ。クラスの数人で行こうってなってさ。琴子もいかない?」
空山「ううむ」
歩「デザート奢るからさ」
空山「行く!」

目を輝かせる空山。


◆休日。カラオケの一室。
10人弱の男女がいる。空山は歩の隣に座っている。少し離れたところに、旭日がいる。

テレビ周辺に、今歌っている生徒とそれを応援する生徒が集まっている感じ。その他の数人は、テーブルについて話している。

空山の目の前にはパフェが用意されている。

空山(〜〜〜〜っ!!!)
空山(いただきまーす!!!)

しいたけ目になって喜ぶ。

歩「そういえば、琴子さ」

スマホをいじっていた手を止めて、歩が顔を上げる。

歩「この間の。琴子が、階段から落ちた日の放課後。あの後、旭日くんとどうだったの?」
空山「?」
空山「なんで今それ聞く?」

パフェにスプーンを入れながら。空山は、パフェの方に夢中になっていて、先日嫌な気持ちになったことはすっかり忘れている。


空山「別に何も無かったよ。普通に家までついてきてもらった。蒼の暮らしてる家も、すぐ側だから」
歩「そう」

一転、歩の眉が寄る。

歩「いや。あれ、良いのかなーって」

歩が目線をやった先には、女子生徒のひとりの北瀬が、旭日にべったりとくっついて、笑顔で話している。

北瀬は、周りがあまり見えていない感じ。あくまでも、旭日ひとりだけに強くアプローチをしている。そのせいで、旭日はあまり周りと話せていない。
旭日は笑顔のまま、優しくそれに対応している。
北瀬の近くには、彼女の友達もいる。
歩はそれを見ながら、ジト目でジュースをストローから啜る。

歩「前からの知り合いなんだっけ?なんかすごいね、旭日くんて」

旭日の腕を引っ張り、持っている機械の画面を覗き込もうとする北瀬。

空山「あー。蒼は昔から人気だったからね。前もああいうヒト、よくいたよ」
歩「なるほどね?」

そこで、歩の近くに座っていたクラスメイトの女子が、歩に話しかけてくる。

クラスメイトの女子「園崎さーん。さっき言ってたやつ。入れたよー」
歩「お。ありがとー」

空山「歩、歌うの?」
歩「おうよ」

空山はパフェの器をテーブルに置き、近くの人に話しかける。

空山「タンバリン回して!わたし、歩を応援するから!」
歩「急にノリノリだな!?」

クラスメイトの男子「おー。旭日。そっちに置いてある楽器系回してー」
旭日「ああ、うん。どうぞ」

旭日は、空山にタンバリンを手渡す。

室内は、ざわざわとしている。他のクラスメイトが歌ったりしている。
旭日は隣の北瀬に一言二言声をかけると立ち上がり、空いていた空山と歩の正面のあたりに移動してくる。

旭日「食べる方に夢中になってばっかりだったのに。どうしたのかな」
空山「歩はめちゃくちゃ歌上手いんだよ。タンバリンも叩きたくなるよ」
旭日「へぇ。そうなの?」
歩「ハードル上げないでよ!?」

空山「蒼は、歌わないの?」
旭日「俺?」
空山「うん」

旭日は、予想外の質問に、少し驚いたような顔をする。

旭日「なに。聞きたいの?」
空山「んー。いや、わたしは別に」
旭日「じゃあ。どうしてそんなこと聞いたのかな?」

笑顔だけど、怒りを滲ませる感じで。

空山「蒼が歌ったら、盛り上がるかなーって。みんな気にしてるみたいだから?」

主に、急に話し始めた二人を見守る女子の視線を受けながら。
むっとした顔になる旭日に、空山はニヤリとして、「へへへ」と笑う。

歩「あ、次私の曲だ」
空山「お。くる!くるよ!」

タンバリンを持って、立ち上がる。

歩「琴子!大袈裟でちょっと恥ずかしいから!」
空山「歩〜!」
歩「やめてってばー!」

周りのクラスメイトたちは、笑っているか、なんだなんだと言いたげに驚いている。
その中で、北瀬だけが、空山を睨むようにしていた。


◆数十分後。カラオケのトイレ。

洗面台の前で、手を洗っている空山。

空山(歩の歌……、すごく良くて、盛り上がったけど)

歌っている歩に、タンバリンを持つ空山自身や、マラカスを持ったクラスメイト、楽しそうにするクラスメイトたちを思い出す。

空山(ちょっと、騒ぎすぎたな)反省

苦笑いする空山。

ガチャリと外からのドアが開いて、北瀬が入ってくる。

空山(……!)

北瀬は空山の隣で鏡を見始める。

空山が去ろうと扉に手をかけたときに、

北瀬「ねえ」

空山の方を向く北瀬。

空山「な、なに?」
北瀬「空山さんって。旭日くんのことが好きなの?」
空山「え」

目を見開く空山。北瀬の方は、空山を探るように、真剣な顔でじっと見つめてくる。

北瀬「……」
空山「いや。……そんなことはないよ」

空山は、目線を逸らしながら答える。

北瀬「そうなんだ」
北瀬「私は好きなの。だから、邪魔しないで」
空山「あ、うん……」

空山は、逃げるようにトイレを後にする。


◆カラオケの一室。

歩は、機械を操作しながら顔を上げる。

歩「あ、おかえりー。琴子もなんか歌……、どうした!?」

空山は俯いてどんよりとした空気を纏っている。
空山は、そのまま歩の隣に座る。

空山「ピザ頼んで」
歩「ん?さっき、パフェ食べ終わったばっかりじゃなかった?」
空山「それでも。頼んで」
歩「お、おう」

下を向いたまま、歩にお願いする空山。

空山「ピザ美味し〜!!!」やけ食い
歩「よ、よかったなー!」

やけになってピザを食べる空山。歩は苦笑いで空山に乗っかる。


◆カラオケの前で。夕方〜夜。あたりはもう暗くなり始めている。

皆集まって、口々に話している。

男子1「いやー、歌ったなー」
男子2「次どこ行く?」
女子1「あっちで遊ばない?」
女子2「あ、それ良い〜」

空山(た、食べすぎた……)

お腹を抱えて暗い顔の空山。

歩「琴子は?どうする?」
空山「え。なにが?」
歩「これから駅前で遊ぼうって。行く?」
空山「あー……」

離れたところで、話している旭日と、それにくっついている北瀬を見る。

空山「いや。ごめん。わたし今日はもう帰る」
歩「そっか。じゃあ、また学校でね」
空山「うん。楽しかった。じゃあね」

互いに手を振って歩と別れる空山。歩のそばにいたクラスメイトたちも手を振ったり、会釈をしたりする。

空山(……なんかすごい疲れたな)

その場から去ろうとしたところで。

旭日「うん。そうなんだ。それじゃあ、また」

北瀬やその周りの女子たちに話をして、旭日が集団から抜けてくる。

空山(……!?)
空山(いや、なんで……)

旭日「琴子さ、今日ずっと食ってなかった?」
空山「は」
旭日「園崎さんのときだけ、バカみたいに盛り上がってさ。うるさくはしゃいで、ヤバかったよな」
空山「……」

旭日は笑って空山をからかう。

空山「……ついてこないでよ」
旭日「はい?」

旭日「なんだそれ。俺も帰りこっちなんだけど」

旭日は、まだ普通に返答する。

空山「……皆、他のとこ行くって言ってたじゃん。あの人たち、蒼と一緒にいたそうだったし」
旭日「はぁ?俺はばぁちゃんに買い物してこいって言われてんの。これ以上遅くなるのが嫌なんだよ」

このセリフから、苛立った様子を見せる旭日。

空山「……」

事情を知って、ぐっと押し黙る空山。

旭日「なんなわけ。急に突っかかってきて」
旭日「もしかして、北瀬さんになんか言われたの?」
空山「…………、なんでそうなるの」
旭日「いや、だって。部屋を順番に出て行って、順番に帰ってきた後に、様子がおかしくなったから」
旭日「なに言われたかは知らないけど。気にするなよ。言いたいように言わせておけばいいんだよ、別に」


空山「……そもそも。蒼の方が、必要以上に絡んでくるなって言ってたのに」
旭日「あ?」
空山「わたし、嫌なんだ。蒼といると、いつもそうだった。皆に色々言われて。すごく惨めな気持ちになって……」

北瀬に、邪魔しないで、と言われたところや、旭日の先輩に揶揄われたこと、小学生のときの周りの反応を思い出す空山。

空山「だから。もうわたしには、話しかけないで」

ぎゅっと目をつぶって、言い放つ空山。
ここでは、旭日の顔は見えない。

返事がないことに気がついて、顔を上げる空山。

旭日「……は?」

旭日は目を見開いて固まる。

旭日「今なんて言った」
空山「……!?」

旭日は空山との距離を詰める。

旭日「話しかけないでって言ったか?」
旭日「それって。俺とはもう話すつもりはないってことか?」

旭日は空山の肩を掴む。

空山「痛っ……」
旭日「おい。答えろ」

手を離さずに、空山を見下ろす旭日。怒りというよりも、泣くのを我慢する感じで。それが、空山には睨んでいるように見えてしまう。

空山「……っ」

空山は怯むものの、

空山「そう言った。それで、何か都合が悪いことでもあるの」

と、目線を逸らしながらも、なんとか答える。

旭日「………」

旭日はショックを受けたのを取り繕ろうと、更に顔を険しくする。

旭日「俺に嘘ついたんだ」
旭日「もう、その気は無いってこと?」
空山「な、なに」

旭日「…………」

黙って、考え込むようにする旭日。

旭日「分かった」

と言って、空山の肩から手を放す。

旭日「お前がそういうつもりなら、それでいい。それならこっちにも考えがある」
空山「え。いや、どういうこと?」
旭日「俺は、簡単に諦めたりはしない」

空山「蒼?ちょっと。待ってよ」

答えずに、旭日は背を向けて去っていく。そのまま、人の流れに飲み込まれていく。
空山は、呆気に取られて、その場に立ち尽くす。

空山(……蒼?)

帰り道をひとりで歩きながら、空山は考える。

空山(蒼、どうしたんだろう。なんか、明らかに様子が変だった)

少し時間が経って、冷静になる。

空山(いや。わたしが悪い)
空山(だって、明らかにあれ、八つ当たりだ)
空山(北瀬さんに言われたことに、ひとりで変に焦って、蒼に当たってしまった)

空山(もう。なにやってるんだろ……)
空山(はやいところ、謝らないと。次に学校で会ったら、すぐに……)

電車の中で、窓の外を見ながら。


◆朝。空山の自宅。空山の部屋。

空山はカバンの中身を確認している。

空山(よし)

ピンポーンと、チャイムが鳴る。

空山の母「はーい」

空山(?)
空山(朝から、なんだろう)

空山の母「琴子ー。準備終わったー?」

階下の玄関から、空山の母の声がする。

空山「今終わったとこー」
空山の母「はやく降りてきなさいよー!」
空山「?」

玄関では、旭日と空山の母が談笑している。

空山(!?)

空山「いや。なんで蒼が」

驚く空山を遮るように、

旭日「琴子さん。行こうか」

旭日は晴れやかな笑顔を向けてきた。



3話

空山「い、いや。なんでうちに蒼が……」
空山の母「行ってらっしゃい」

空山の母は空山の背を押す。空山が靴を履いたところで、

旭日「はい。行ってきます」

旭日は空山の指先を軽く掴んで、扉に手をかける。
見送る母親を後ろに、家を飛び出す。

道に出たところで、空山は旭日の手を振り払う。

空山「なんなの、いきなり」
旭日「?」
旭日「なにが、かな?」

空山と二人だが、旭日は猫被りをやめない。柔らかい笑顔のまま。

空山「なにがって。全部だよ。いきなりうちに来て……、というか。今日、朝練は?」
旭日「ああ。それは休んだよ。そんなことはどうでも良いんだ。行こう、琴子」

旭日は空山の手を握ってこようとする。空山は手を動かしてそれに抵抗する。

旭日「どうしたんだい?」

空山は、決心したように顔を上げて、

空山「蒼」

旭日をきちんと見てから、頭を下げる。

空山「わたし、昨日のこと、謝りたくて。ごめんなさい」
空山「蒼に、八つ当たりして、困らせて。怒るのも当然だって……、思う」
空山「だから、その」

旭日「そっか。別にいいよ、そんなこと。気にしないで。顔をあげて」

空山が恐る恐る顔をあげると、猫被りの笑顔のままの旭日がそこにいる。

空山「いや。そんなことって」
旭日「ほら。行こう、琴子。学校に」
空山「ちょ」

旭日は空山の手を握ると、まっすぐに歩き出す。

空山(なに!?なんで、どういうこと!?)