◆回想。幼い頃(5、6歳くらい)
空山琴子(そらやま・ことこ)(主人公)と旭日蒼(あさひ・あおい)(ヒーロー)。
琴子の部屋にて。
空山(幼い頃した、小さな約束)
空山(蒼があまりにも泣いていたから。わたしは、笑っていてほしいと思った)
空山(蒼の笑顔が好きで。蒼みたいに笑いたいと、思っていたから)
空山「大丈夫?蒼」
旭日「……、このまま、お母さんたちが帰って来なかったら……」
空山「ねえ、一緒に読もうよ」
床に置いてあった絵本を手に取る。
空山「これ、蒼すきだったよね」
旭日「琴子は。いなくならない?」
空山「え?」
旭日「僕のこと。嫌いにならない?」
空山「ならないよ。蒼と。ずっと一緒にいる」
旭日「ずっと……、うん。ずっと、一緒にいよう」
泣いている旭日に向かって、空山は小指を立てる。
空山の手を握る旭日。
空山(もう、10年以上前の話だ)
空山(それに。蒼は数年後、引っ越していってしまった)
空山(それでも、今でもたまに思い出す。あのときの、泣き虫な幼馴染のことを)
◆朝。学校の昇降口付近。張り出されたクラス分けの大きな紙に、たくさんの生徒が群がっている。
園崎歩(そのざき・あゆむ)(主人公の中学の頃からの友人。女)が、空山琴子を見つける。
歩「おーい、琴子!こっちこっち!」
空山「歩」
歩「遅かったじゃん。どうした?」
空山「電車間違えそうになった」
歩「間に合ってよかったな、それは!」
空山「クラス。どうだった?」
歩を見上げる空山。
歩「そうそう。一緒だったよ、うちら」
空山「本当に!?」
歩「うんうん」
空山「よかった」
空山は基本的に表情に乏しいが、ここでは本当に嬉しそうな顔をする。空山は歩にとても懐いている。
空山「本当に良かった……」
歩「そんな、噛み締めるように言わなくても」
空山が顔をあげると、少し離れたところに人だかりがあるのを見つける。
空山「あれ、なに?」
歩「なんか、カッコいい子がいるとかで集まってるみたいだよ」
空山「ふうん。そうなんだ」
歩「行っとく?」
歩は、面白がって人だかりを指差す。
空山「ううん。興味ないや。はやく教室いこ」
歩「おお、ドライだなー」
学校の中に入り、廊下を歩きながら話す歩と空山。
歩「琴子も彼氏作りなよ」
空山「あー、はいはい」
空山(いつもの)
空山(歩には、坂上くんっていう、中学の頃からの彼氏がいる。高校に上がって、学校は離れちゃったけど)
聞き流しながらも、空山に嫌な感情はない。
楽しそうにする歩の話を、さらっと聞き流す感じ。
歩「それでさ、ダブルデートしようよ」
空山「歩のことは好きだけど。ごめん、その要望は多分答えられない」
歩「えー?」
笑顔で空山の肩に手を置き、空山を振り回すようにする歩。
歩「わかんないじゃん。高校生になったんだしさ」
空山「そうだね」
歩「棒読みだよね、返事が!」
空山「うん。歩大好き」
歩「なによそれー。私は坂上くんが好きー」
振り回されながらも、空山は笑顔のまま。
教室にたどり着き、それぞれで席に着く。
空山(それにしても。本当に歩と同じクラスでよかったな)
空山[そう。わたしは多くは望まない。高校生活も、平穏無事に送れたらそれでいいんだと、思っていた。]
座ってから顔を上げると、歩はすでに知らないクラスメイトと話し始めていた。
歩はすごいなあと思いながら、眠たい目を擦って、空山は机に突っ伏す。
◆放課後。廊下を歩く空山。空き教室があるような通りで。人通りが少ないところ。
回想
歩「今日坂上くんと会うんだ〜!うふふふ楽しみ」
現在
空山(って言われて。ひとりで帰ることになったから、購買でも寄ってみようかなって思ったけど)
空山(迷って変なところきちゃった)
きょろきょろとあたりを見回す空山。
そのとき、男子生徒が、後ろから走ってくる。
彼が側を駆け抜けて追い抜かれるときに気がついて、空山はびくりと跳ね上がって驚く。
空山「!?」
男子生徒は、朝に人に囲まれていた人と同一人物。
彼は近くの空き教室に逃げ込むと、扉を閉めて、唇の前に人差し指を立てる。
空山「え、なに……?」
そこに、空山の後ろから、男子生徒を追ってきた3人の女子生徒が現れる。
女子生徒1「あれーっ。こっちに来たはずなのになぁ」
女子生徒2「まだ近くにいるはずだよ。探してみよう!」
女子生徒3が突っ立っている空山に気がつき、声をかけてくる。
女子生徒3「ねぇ。こっちに誰か人が来なかった?」
空山は、男子生徒がやっていた人差し指を立てるポーズを思い出す。
空山「……いや。誰も」
女子生徒1「えぇ?じゃあどこかで見間違えちゃったのかな」
女子生徒2「昇降口行ってみる?まだ下校してない可能性あるし」
女子生徒3「そっか。ありがとう、教えてくれて」
空山「いいえ」
女子生徒たちは、「じゃあ昇降口行ってみよう!」などと口々に言いながら、あっという間に廊下をかけていってしまう。
空山は左右を確認してから、
空山「行きましたよ」
と、教室の中に向かって話しかける。
ゆっくりと扉が開き、周りを警戒しながら男子生徒が顔を出す。
男子生徒「本当に……?」
空山「はい」
廊下を確認して、教室から出てきた男子生徒は、はぁ、と息をつきながら肩の力を抜いた。
空山(あ、この人。朝、すごいたくさんの人に囲まれてた人かな?)
あんまり確信はなくて記憶を探る感じ。空山は基本他人に興味が薄い。
空山「大丈夫ですか」
男子生徒「あー……、うん。ありがとう。朝からずっとこんな感じで、流石にちょっと……ね」
男子生徒は空山を見て、一瞬固まる。
空山「どうかしましたか」
男子生徒「……いや。なんでもない」
男子生徒の、外面用の顔が少し崩れる感じ。
内心マジかよ、と思う反面で照れる。
男子生徒「んじゃ」
空山「あ、はい」
と、あっという間に去っていく。
男子生徒は小さく、「昇降口行くって言ってたよなあ、俺このままじゃ帰れないじゃん……」と呟く。
空山(人気者って大変なんだなあ)
空山は、ぼーっと背中を見送る。
空山(ま、いいや。私も帰ろ)
◆放課後。夕方。空山の自宅(一軒家)。
空山は制服から着替えてお茶を飲もうと、キッチンでグラスを手にしようとしていたところ。
空山の格好は適当な部屋着。Tシャツとか。
空山(喉乾いた)
空山の母「琴子ー。ちょっとこっちきなさいよ!」
玄関から母が呼ぶ。その奥で、
男「いや、大丈夫ですから」
という声がする。
空山「なに?」
グラスをおいて玄関に向かう空山。
そこには、先ほど廊下で出会った男子生徒が立っている。
空山「あ、さっきのイケメン」
空山「帰って来れたんですね。でもなんでここに?」
空山の母「あら。もう会ってたの?」
空山「なんの話?」
空山の母「もしかして、あんた忘れちゃった?昔よく遊んでいたじゃない。旭日蒼くん」
空山「えっ」
空山の脳内に、昔の記憶が蘇る。
昔の旭日は、空山よりも身長が低く、よく泣いていた。(泣いていたところが、空山の記憶によく残っていた)
空山「………蒼?」
空山の表情は、無表情で眉間に眉が寄る感じ。
空山(?????)
空山(これが、蒼?)
空山(なんか妙に縦に長いし……、落ち着いてるし)
状況を飲み込めずに、思考が宇宙に飛ぶ。
空山の母「こっちで暮らすの?」
旭日「はい。しばらくは」
空山の母「琴子と同じ学校とはね。仲良くしてやってね」
旭日「はい。同じクラスで」
空山の母「あら。そうだったの!すごい偶然ね」
空山の母「ほら。琴子?あんたも挨拶しなさいよ。何ボケっとしてるの」
空山「…………、ああ、ごめん。ちょっと現実を飲み込むのに時間がかかって」
空山の母「もう。しっかりしなさい」
空山「うん……」
旭日「琴子さん。少し話があるんだけど。いいかな?」
空山「えっ」
旭日は貼り付けたような笑顔を浮かべる。
空山と母は顔を見合わせる。
空山は「げ……」と言いたげに、母は驚きながらも楽しそうな感じ。
◆夜に差し掛かる夕方。近所の公園。他には誰もいない。
移動する間、二人は黙りこくっている。
空山は、(なにを言われるんだろう……)と、俯いて様子をうかがう。
公園にたどり着くと、旭日は振り返る。
旭日「アホ面」
空山「え」
旭日「なに。さっきから。変な顔ばっかりして」
空山「元から、そういう顔だけど」
空山「そんなこと言うために、ここまできたの?」
空山の表情はあくまでも無表情。怒っているわけでも、怯えているわけでもない。本当になにが言いたいんだか分かっていない感じ。
それに対して、旭日は言葉に詰まった後、きっと空山を見下ろして睨むようにする。
空山「なんか蒼、可愛くなくなっちゃったね」
旭日「うるさい」
空山「昔、蒼がうちに来たときなんか、わたしがなに言ってもずっと泣いてたのに」
一緒にテレビ見ようとか、お菓子食べようとか。
空山「うちのお母さんがご飯にハンバーグ出したら、スッと泣き止んで。あれは、子どもながらになかなか衝撃だったから、覚えてるよ」
ー空山琴子(6)衝撃の記憶ー
ー好物の力を知った瞬間ー
旭日「うるさい!!」
ここはギャグっぽく。
旭日「俺が言いたいのは。そういうことだよ」
空山「と言うと?」
旭日「学校では。余計なこと言うな」
空山「はあ」
旭日「今みたいなこと。言うなって言ってるんだ。分かったか?」
一歩踏み込んで、空山の完全で凄む旭日。
空山は内心驚きつつも、あまり反応には出ない。
空山「あ、うん。分かった」
旭日「本当に分かってんのか?必要以上に絡んでくるなって言ってるんだぞ」
空山「うん。別に絡む予定とかないよ」
空山(たくさんの女の子に囲まれている蒼に近づくのは、……無いよね。平穏な生活から、いちばん遠いことだし)
旭日「………」
即答されて、ちょっと気に入らない。
空山「え、なに。なんかダメだった?」
旭日「別に。破ったら。許さないからな」
空山「うん」
旭日「本当に分かってるんだろうな……」
空山「分かってるよ。言わないよ」
旭日「言うなよ!絶対だからな!」
空山「うん」
旭日「絶対ー!」(遠ざかりながらも、後ろを向いて指を刺してくる旭日)
空山「はいはい」
空山(……そっか。蒼、帰ってきたんだ)
空山(蒼とまた、話せるんだ)
噛み締めるように。切ないような反面、少し嬉しそうに。
空山(……いや。必要以上に絡んでくるなって、言われちゃったんだけどさ)
ちょっと冗談っぽく。凹んでいるわけではない。
苦笑いする感じ。
◆翌朝。学校の校門から中に入る道。
眠そうな顔をしながらひとりで歩く空山。
空山(ねむ……)あくびをしながら。
空山(ん……?)
そこで、女子に囲まれている旭日を発見する。
空山(あ、蒼だ)
空山(朝からみんな、元気だなー)
校舎へと進んでいくと、すれ違うときに、旭日と目が合う。
空山「おは……」
空山(……っと、危ない。必要以上に絡むなって言われたんだった)
挨拶をしようとして、やめる。そのまま、校舎に向かおうとしたところで。
旭日「ごめん。俺、ちょっとこっちと用があるから」
空山は旭日に手首を掴まれる。旭日は外用のキラキラの笑顔。
女子生徒たち「えぇ〜!?」
空山(!?)
空山は、無表情のまま、焦る。
しかし旭日はそれを気にすることもなく、空山の手を引いて校舎裏へと向かう。
空山「必要以上に絡んでくるなって、言ってなかったっけ」
旭日の顔から、キラキラの笑顔が消える。
旭日「いいんだよ。こういうときは」
空山「はぁ」
空山(謎の理論……)
旭日「面倒くさいんだ、ああいうの」
空山「戻らなくて良いの。あの人たちみんな、蒼と話したかったんじゃないの」
旭日「……」
女子たちの方の肩を持つような空山の意見に、旭日は少しむっとする。
旭日「どうだかね」
空山「どうだかねって」
旭日「うるさい。よく分かってないくせに首突っ込んでくるな」
空山「はあ。ごめんなさい」
旭日「絶対分かってない」
手を離し、空山をじっと見下ろす旭日。
空山「???」
顔を近づけてきて、頬を引っ張る。
空山「いたい」
旭日「お前、仏頂面に逆戻りしてるじゃん」
空山「なんのはなし」
旭日「昔は気にして、蒼くん笑い方教えてー、とか言ってきたのに」
空山「………」
約束のことを思い出して、暗い顔をする空山。
普段とそんなに変わらなくて分かりづらい。
旭日「なんだよ」
空山「別に。痛いから離して」
チャイムが鳴る。旭日はパッと手を離して、離れる。
旭日「……先。行くから」
空山「あ、うん」
空山(なんか蒼、機嫌悪かったな)
ヒリヒリする頬をおさえる。
空山(……っと。そうだった。遅刻しちゃう。早くいかないと)
◆全ての授業が終わって、HR前。移動教室からの帰り道。
空山は、自分の荷物(教科書、ノート、ペンケース)のほかに、プリントの束を抱えている。
歩「わっ。すごい荷物。どしたの」
空山「さっき先生に渡された。教室まで持って行けって」
歩「そっち持つよ。ちょうだい」
空山「ありがとう」
プリントの半分を手にする歩。
二人で歩き、階段を降りていたところで。
急いで駆け降りてきた生徒(モブ)にぶつかる。
生徒「あ、すみません」
どん!
空山(え)
プリントが空を舞う。
空山は、踊り場まで落ちる。
歩「琴子ー!?」
歩「ちょ。大丈夫!?琴子!」
歩は慌てて駆け降りてきて、踊り場に落ちている空山のスカートを元に戻す。
空山は突っ伏したまま、動けない。
空山(い、いたぁ!?)
空山(やばい。脚に力が入らない。膝がヒリヒリする……)
生徒「え、なんかあったの」
生徒「誰か落ちたって」
生徒「マジ?やばくない?」
後ろから聞こえる声。
空山「あ、歩。大丈夫。わたし、大丈夫だから……」
歩「ごめん、ちょっと待ってて。今保健室行って先生を」
空山「えっ」
空山(ちょっと待って)
空山(歩。置いてかないで……!せめて起き上がれるようになるまで……!)
必死に歩の方へ手を伸ばそうとしたそのとき。
階段の方から、降りてくる足音がする。
空山(誰か来た。立ち上がらないと……、邪魔になってる。ごめんなさい……)
旭日「どうしたの。園崎さん」
歩「えっ。旭日くん?」
空山(蒼!?)
歩「あ、さっき琴子がぶつかられて、そこから落ちて」
空山(うっ。恥ずかしい……。それは言わないで……)
旭日「そう」
旭日は空山に近づくと、空山の腕を持ち上げて肩に乗せる。
空山「えっ」
歩「えっ」
そしてそのまま立たせると、抱えたまま廊下を歩き出す。
空山「!?」
持ち上げられて、驚く。
歩「ちょ。旭日くん!?」
置いて行かれた歩が叫ぶ。
旭日「保健室連れてく。園崎さんは、荷物の方頼めるかな」
振り返って、にっこりと笑う旭日。
歩「……お、おお。分かったよ」
大丈夫なの、と言いたげに空山を見る歩。
空山は混乱したように旭日と歩を変わる変わる見る。
大股で歩き出す旭日。
廊下を歩いている途中で、いろんな人にひそひそ話されている(ような錯覚に陥る空山)。
生徒「えぇ、なにあれ?」
生徒「うわー、抱き合ってるの?」
生徒「えー?」
空山(ち、違う。違う!)
空山(こんなことになるとは、思っていなくて……)
ぐるぐるの目になる空山。
空山「あ、あの。あお……」
旭日「なに」
名前を呼び切る前に、遮って答える旭日。
空山「もう普通に歩ける。大丈夫。歩ける、から、離れた方が……」
旭日「……」
空山「蒼……?」
空山が、旭日の顔を見上げる。
旭日「空山さん。脚に怪我をしているみたいだから。はやく保健室に向かおうか」
空山「えっ。あ、はい……」
空山(この顔は……、従うしかなさそう……)
有無を言わせないような、旭日に引きずるようにされながら、保健室へと辿り着く。
◆教室。HRが終わって、皆下校し始めたとき。
歩「あ、帰ってきた」
歩「大丈夫だった?」
空山「手と脚ぶつけて、擦りむいてるだけだった」
空山の膝にはガーゼが当てられ処置され、手のひらには絆創膏が貼ってある。
歩「そっか……!これで済んだのは……、よかったって、言っていいのかな」
空山に抱きつく歩。
空山は、されるがままになる。
空山「うん……、たぶん?」
歩「そっかそっか!」
空山「歩、迷惑かけてごめんなさい。先生に頼まれたの、途中で投げ出して」
空山(というか、わたしが階段から投げ出されたんだけど)
歩「いや、そんなの気にしなくて全然大丈夫だよ」
心配するような顔から一転、空山の肩に両手を置いて、キラキラした目で顔を覗き込んでくる歩。
歩「それよりも」
空山「え。なに」
歩「さっきのなに」
空山「さっきのって?」
歩「もう。私びっくりしちゃったよ。ちょっと後ろを歩いてた旭日くんが、あっという間にこっち来て、琴子連れて行っちゃうから」
空山「あぁ」
歩「琴子って、旭日くんと知り合いだったの?」
空山「まあ、うん」
歩「じゃあ、あれもそういうこと?」
少し離れたところから、二人の様子を伺っていた旭日を歩が親指で指す。
旭日「ヴッ」
空山「あれ。どうしたの」
歩「そわそわして待ってたんだよ。ずっと」
旭日「ひ。人聞きが悪いなあ。別にそんなことはないよ」
歩「そうなんだ。じゃあこのまま琴子連れて私帰るけど。いいの?」
旭日「……そう。別に、良いよ?なにか、園崎さんは勘違いしているんじゃないかな?俺は、別にそこのバ……、空山さんを待っていたなんてことは、ないんだから」
歩「へぇえ。そうなんだー」
空山(なにこれ?)
歩「ま、いいや。実は私今日は部活の見学に行く予定だったんだよね」
空山「あ、そうなんだ。ごめん、引きとめるみたいになって」
歩「いやいや。私が琴子の様子気になって待ってたの」
歩は空山に近づいてくる。
空山「?」
耳元で言う。
歩「旭日くんに送ってもらえば」
空山「え」
歩「それで、なにかあったら今度教えてよ」
空山「歩、なんか面白がってない?」
歩「まさか!」
空山(すごく楽しそうだ……)
歩「それじゃあ私行くから。また明日ねー!」
空山「あ、うん」
空山「蒼」
旭日「……え。なに、急に」
空山「いや。さっきはバタバタして言えなかったから。助けてくれて、ありがとう」
旭日「………」
空山「お母さんに連絡いって、はやく帰ってこいって言われた。帰らないと」
ここからの猫被りなしの旭日のセリフは、小声。
周りには聞こえないようにしている。
旭日「……大丈夫なのかよ」
空山「え?」
旭日「お前、階段にのびてたじゃん」
空山「打ったり擦りむいたりしたけど、一応は平気」
旭日「ふうん」
話しながら、廊下を進み、下駄箱まで行く。
旭日は、黙って空山の手からカバンを取る。
空山「え」
旭日は何も言わずに、駅までの道を歩き始める。
空山は、旭日の少し後ろをついていく。
それから、二人は黙りこくって電車に乗って、駅前から家までの道を歩く。(カットしても。旭日も空山も、徒歩→電車→徒歩通学)。
夕方になって日が沈んでいる道を歩く。
旭日の表情から、猫被りが消える。
旭日「お前、危なっかしいんだよ」
空山「?」
旭日「階段から落ちるって。何してたらそんなことになるんだよ」
空山「ああ。自分でもびっくりした。一瞬、フワって飛んだもん。そのまま床まで落ちたけど」
旭日「それは飛んだって言わない」
空山の家にたどり着く。空山はポケットから鍵を取り出して、扉を開ける。
玄関に入り、旭日は空山の荷物を置く。
空山「ありがとう」
旭日「ん」
旭日「おばさんは?」
旭日の声を受けて、空山は廊下に向けて声を張り上げる。
空山「ただいまー!」
しかし返事はない。
空山「物音しないし誰もこない」
廊下の奥のリビングの方に目をやる空山。
空山「たぶん、まだ帰ってきてないんだと思う」
旭日「そう」
空山は廊下の方を指差す。
空山「昔は、良くうちに来てたよね」
空山「わたしの部屋で遊んで」
空山「幼稚園から帰ってきたら、アニメ見て」
空山(あれ)
空山(何言ってるんだろう、わたし)
空山「まあ、そういうの、小学生に入ってからは無くなっていったけど」
空山(こんなこと、言うつもりじゃなかったのに)
空山「蒼が、初めてうちで泊まりになったとき。うちのお母さんも、お父さんも、ずっとバタバタしてて」
空山「一緒に部屋で、夜遅くなるまで話して……」
空山(違う。話していたのは、ほとんどわたしひとりだった)
空山(蒼は、俯いているか、泣いているかで)
空山(それで)
空山(そのとき……)
空山(そのとき、約束したんだ)
空山「まあ。もう、昔の話だけど。今、偶然思い出した」
空山「普通。こんなの、忘れちゃってるはずなのに」
空山「急にごめん。こんな話」
笑って、誤魔化そうとする空山。
旭日「覚えてるよ」
空山が顔をあげると、旭日とまっすぐ目が合う。
旭日は一番の真剣な顔。沈む直前の日のような瞳。
旭日の指が、空山の髪に触れたかと思うと、首の方へと向かう。
空山は、驚いたように目を見開く。照れるとかでは無く。ただただ驚いていて、動けなくなる。
空山「あお……」
ガチャリ、と鍵を閉める音がする。玄関の扉の向こう側から、
空山の母「あれ。閉じちゃった?」
と声がする。
旭日は、パッと手を離す。
空山の母「ああ、開いた……、って。あれ。蒼くんに……、琴子!あんた、大丈夫だったの!?」
空山「あ、うん……」
空山の母「ごめんね、蒼くん。琴子が迷惑をかけたでしょう。琴子、お礼は言った?」
旭日「すみません、お邪魔してしまって」
空山の母「いいのよ。琴子の面倒見てくれたんでしょう。ありがとうね。そうね、お茶を……」
旭日「お構いなく。もう行きます」
空山の母「そう……?ごめんね、バタバタしていて」
旭日「いえ」
軽く会釈をして去っていく旭日。
そのあいだも、空山は固まったまま突っ立っているしかない。
空山(なにあれ)
1回目は、無表情のまま。
空山(なにあれ!?)
顔が赤くなる。
空山(すごいびっくりした!)
空山の母「もう、琴子。大丈夫なの?」
空山「ああ、うん……」
空山(どうしよう)
空山(すごいどきどきいってる)
空山(平穏無事な生活とか、言ってられないかもしれない……!)
ひとりで表情を変え慌てる空山を、心配そうな顔で見る空山の母。
空山琴子(そらやま・ことこ)(主人公)と旭日蒼(あさひ・あおい)(ヒーロー)。
琴子の部屋にて。
空山(幼い頃した、小さな約束)
空山(蒼があまりにも泣いていたから。わたしは、笑っていてほしいと思った)
空山(蒼の笑顔が好きで。蒼みたいに笑いたいと、思っていたから)
空山「大丈夫?蒼」
旭日「……、このまま、お母さんたちが帰って来なかったら……」
空山「ねえ、一緒に読もうよ」
床に置いてあった絵本を手に取る。
空山「これ、蒼すきだったよね」
旭日「琴子は。いなくならない?」
空山「え?」
旭日「僕のこと。嫌いにならない?」
空山「ならないよ。蒼と。ずっと一緒にいる」
旭日「ずっと……、うん。ずっと、一緒にいよう」
泣いている旭日に向かって、空山は小指を立てる。
空山の手を握る旭日。
空山(もう、10年以上前の話だ)
空山(それに。蒼は数年後、引っ越していってしまった)
空山(それでも、今でもたまに思い出す。あのときの、泣き虫な幼馴染のことを)
◆朝。学校の昇降口付近。張り出されたクラス分けの大きな紙に、たくさんの生徒が群がっている。
園崎歩(そのざき・あゆむ)(主人公の中学の頃からの友人。女)が、空山琴子を見つける。
歩「おーい、琴子!こっちこっち!」
空山「歩」
歩「遅かったじゃん。どうした?」
空山「電車間違えそうになった」
歩「間に合ってよかったな、それは!」
空山「クラス。どうだった?」
歩を見上げる空山。
歩「そうそう。一緒だったよ、うちら」
空山「本当に!?」
歩「うんうん」
空山「よかった」
空山は基本的に表情に乏しいが、ここでは本当に嬉しそうな顔をする。空山は歩にとても懐いている。
空山「本当に良かった……」
歩「そんな、噛み締めるように言わなくても」
空山が顔をあげると、少し離れたところに人だかりがあるのを見つける。
空山「あれ、なに?」
歩「なんか、カッコいい子がいるとかで集まってるみたいだよ」
空山「ふうん。そうなんだ」
歩「行っとく?」
歩は、面白がって人だかりを指差す。
空山「ううん。興味ないや。はやく教室いこ」
歩「おお、ドライだなー」
学校の中に入り、廊下を歩きながら話す歩と空山。
歩「琴子も彼氏作りなよ」
空山「あー、はいはい」
空山(いつもの)
空山(歩には、坂上くんっていう、中学の頃からの彼氏がいる。高校に上がって、学校は離れちゃったけど)
聞き流しながらも、空山に嫌な感情はない。
楽しそうにする歩の話を、さらっと聞き流す感じ。
歩「それでさ、ダブルデートしようよ」
空山「歩のことは好きだけど。ごめん、その要望は多分答えられない」
歩「えー?」
笑顔で空山の肩に手を置き、空山を振り回すようにする歩。
歩「わかんないじゃん。高校生になったんだしさ」
空山「そうだね」
歩「棒読みだよね、返事が!」
空山「うん。歩大好き」
歩「なによそれー。私は坂上くんが好きー」
振り回されながらも、空山は笑顔のまま。
教室にたどり着き、それぞれで席に着く。
空山(それにしても。本当に歩と同じクラスでよかったな)
空山[そう。わたしは多くは望まない。高校生活も、平穏無事に送れたらそれでいいんだと、思っていた。]
座ってから顔を上げると、歩はすでに知らないクラスメイトと話し始めていた。
歩はすごいなあと思いながら、眠たい目を擦って、空山は机に突っ伏す。
◆放課後。廊下を歩く空山。空き教室があるような通りで。人通りが少ないところ。
回想
歩「今日坂上くんと会うんだ〜!うふふふ楽しみ」
現在
空山(って言われて。ひとりで帰ることになったから、購買でも寄ってみようかなって思ったけど)
空山(迷って変なところきちゃった)
きょろきょろとあたりを見回す空山。
そのとき、男子生徒が、後ろから走ってくる。
彼が側を駆け抜けて追い抜かれるときに気がついて、空山はびくりと跳ね上がって驚く。
空山「!?」
男子生徒は、朝に人に囲まれていた人と同一人物。
彼は近くの空き教室に逃げ込むと、扉を閉めて、唇の前に人差し指を立てる。
空山「え、なに……?」
そこに、空山の後ろから、男子生徒を追ってきた3人の女子生徒が現れる。
女子生徒1「あれーっ。こっちに来たはずなのになぁ」
女子生徒2「まだ近くにいるはずだよ。探してみよう!」
女子生徒3が突っ立っている空山に気がつき、声をかけてくる。
女子生徒3「ねぇ。こっちに誰か人が来なかった?」
空山は、男子生徒がやっていた人差し指を立てるポーズを思い出す。
空山「……いや。誰も」
女子生徒1「えぇ?じゃあどこかで見間違えちゃったのかな」
女子生徒2「昇降口行ってみる?まだ下校してない可能性あるし」
女子生徒3「そっか。ありがとう、教えてくれて」
空山「いいえ」
女子生徒たちは、「じゃあ昇降口行ってみよう!」などと口々に言いながら、あっという間に廊下をかけていってしまう。
空山は左右を確認してから、
空山「行きましたよ」
と、教室の中に向かって話しかける。
ゆっくりと扉が開き、周りを警戒しながら男子生徒が顔を出す。
男子生徒「本当に……?」
空山「はい」
廊下を確認して、教室から出てきた男子生徒は、はぁ、と息をつきながら肩の力を抜いた。
空山(あ、この人。朝、すごいたくさんの人に囲まれてた人かな?)
あんまり確信はなくて記憶を探る感じ。空山は基本他人に興味が薄い。
空山「大丈夫ですか」
男子生徒「あー……、うん。ありがとう。朝からずっとこんな感じで、流石にちょっと……ね」
男子生徒は空山を見て、一瞬固まる。
空山「どうかしましたか」
男子生徒「……いや。なんでもない」
男子生徒の、外面用の顔が少し崩れる感じ。
内心マジかよ、と思う反面で照れる。
男子生徒「んじゃ」
空山「あ、はい」
と、あっという間に去っていく。
男子生徒は小さく、「昇降口行くって言ってたよなあ、俺このままじゃ帰れないじゃん……」と呟く。
空山(人気者って大変なんだなあ)
空山は、ぼーっと背中を見送る。
空山(ま、いいや。私も帰ろ)
◆放課後。夕方。空山の自宅(一軒家)。
空山は制服から着替えてお茶を飲もうと、キッチンでグラスを手にしようとしていたところ。
空山の格好は適当な部屋着。Tシャツとか。
空山(喉乾いた)
空山の母「琴子ー。ちょっとこっちきなさいよ!」
玄関から母が呼ぶ。その奥で、
男「いや、大丈夫ですから」
という声がする。
空山「なに?」
グラスをおいて玄関に向かう空山。
そこには、先ほど廊下で出会った男子生徒が立っている。
空山「あ、さっきのイケメン」
空山「帰って来れたんですね。でもなんでここに?」
空山の母「あら。もう会ってたの?」
空山「なんの話?」
空山の母「もしかして、あんた忘れちゃった?昔よく遊んでいたじゃない。旭日蒼くん」
空山「えっ」
空山の脳内に、昔の記憶が蘇る。
昔の旭日は、空山よりも身長が低く、よく泣いていた。(泣いていたところが、空山の記憶によく残っていた)
空山「………蒼?」
空山の表情は、無表情で眉間に眉が寄る感じ。
空山(?????)
空山(これが、蒼?)
空山(なんか妙に縦に長いし……、落ち着いてるし)
状況を飲み込めずに、思考が宇宙に飛ぶ。
空山の母「こっちで暮らすの?」
旭日「はい。しばらくは」
空山の母「琴子と同じ学校とはね。仲良くしてやってね」
旭日「はい。同じクラスで」
空山の母「あら。そうだったの!すごい偶然ね」
空山の母「ほら。琴子?あんたも挨拶しなさいよ。何ボケっとしてるの」
空山「…………、ああ、ごめん。ちょっと現実を飲み込むのに時間がかかって」
空山の母「もう。しっかりしなさい」
空山「うん……」
旭日「琴子さん。少し話があるんだけど。いいかな?」
空山「えっ」
旭日は貼り付けたような笑顔を浮かべる。
空山と母は顔を見合わせる。
空山は「げ……」と言いたげに、母は驚きながらも楽しそうな感じ。
◆夜に差し掛かる夕方。近所の公園。他には誰もいない。
移動する間、二人は黙りこくっている。
空山は、(なにを言われるんだろう……)と、俯いて様子をうかがう。
公園にたどり着くと、旭日は振り返る。
旭日「アホ面」
空山「え」
旭日「なに。さっきから。変な顔ばっかりして」
空山「元から、そういう顔だけど」
空山「そんなこと言うために、ここまできたの?」
空山の表情はあくまでも無表情。怒っているわけでも、怯えているわけでもない。本当になにが言いたいんだか分かっていない感じ。
それに対して、旭日は言葉に詰まった後、きっと空山を見下ろして睨むようにする。
空山「なんか蒼、可愛くなくなっちゃったね」
旭日「うるさい」
空山「昔、蒼がうちに来たときなんか、わたしがなに言ってもずっと泣いてたのに」
一緒にテレビ見ようとか、お菓子食べようとか。
空山「うちのお母さんがご飯にハンバーグ出したら、スッと泣き止んで。あれは、子どもながらになかなか衝撃だったから、覚えてるよ」
ー空山琴子(6)衝撃の記憶ー
ー好物の力を知った瞬間ー
旭日「うるさい!!」
ここはギャグっぽく。
旭日「俺が言いたいのは。そういうことだよ」
空山「と言うと?」
旭日「学校では。余計なこと言うな」
空山「はあ」
旭日「今みたいなこと。言うなって言ってるんだ。分かったか?」
一歩踏み込んで、空山の完全で凄む旭日。
空山は内心驚きつつも、あまり反応には出ない。
空山「あ、うん。分かった」
旭日「本当に分かってんのか?必要以上に絡んでくるなって言ってるんだぞ」
空山「うん。別に絡む予定とかないよ」
空山(たくさんの女の子に囲まれている蒼に近づくのは、……無いよね。平穏な生活から、いちばん遠いことだし)
旭日「………」
即答されて、ちょっと気に入らない。
空山「え、なに。なんかダメだった?」
旭日「別に。破ったら。許さないからな」
空山「うん」
旭日「本当に分かってるんだろうな……」
空山「分かってるよ。言わないよ」
旭日「言うなよ!絶対だからな!」
空山「うん」
旭日「絶対ー!」(遠ざかりながらも、後ろを向いて指を刺してくる旭日)
空山「はいはい」
空山(……そっか。蒼、帰ってきたんだ)
空山(蒼とまた、話せるんだ)
噛み締めるように。切ないような反面、少し嬉しそうに。
空山(……いや。必要以上に絡んでくるなって、言われちゃったんだけどさ)
ちょっと冗談っぽく。凹んでいるわけではない。
苦笑いする感じ。
◆翌朝。学校の校門から中に入る道。
眠そうな顔をしながらひとりで歩く空山。
空山(ねむ……)あくびをしながら。
空山(ん……?)
そこで、女子に囲まれている旭日を発見する。
空山(あ、蒼だ)
空山(朝からみんな、元気だなー)
校舎へと進んでいくと、すれ違うときに、旭日と目が合う。
空山「おは……」
空山(……っと、危ない。必要以上に絡むなって言われたんだった)
挨拶をしようとして、やめる。そのまま、校舎に向かおうとしたところで。
旭日「ごめん。俺、ちょっとこっちと用があるから」
空山は旭日に手首を掴まれる。旭日は外用のキラキラの笑顔。
女子生徒たち「えぇ〜!?」
空山(!?)
空山は、無表情のまま、焦る。
しかし旭日はそれを気にすることもなく、空山の手を引いて校舎裏へと向かう。
空山「必要以上に絡んでくるなって、言ってなかったっけ」
旭日の顔から、キラキラの笑顔が消える。
旭日「いいんだよ。こういうときは」
空山「はぁ」
空山(謎の理論……)
旭日「面倒くさいんだ、ああいうの」
空山「戻らなくて良いの。あの人たちみんな、蒼と話したかったんじゃないの」
旭日「……」
女子たちの方の肩を持つような空山の意見に、旭日は少しむっとする。
旭日「どうだかね」
空山「どうだかねって」
旭日「うるさい。よく分かってないくせに首突っ込んでくるな」
空山「はあ。ごめんなさい」
旭日「絶対分かってない」
手を離し、空山をじっと見下ろす旭日。
空山「???」
顔を近づけてきて、頬を引っ張る。
空山「いたい」
旭日「お前、仏頂面に逆戻りしてるじゃん」
空山「なんのはなし」
旭日「昔は気にして、蒼くん笑い方教えてー、とか言ってきたのに」
空山「………」
約束のことを思い出して、暗い顔をする空山。
普段とそんなに変わらなくて分かりづらい。
旭日「なんだよ」
空山「別に。痛いから離して」
チャイムが鳴る。旭日はパッと手を離して、離れる。
旭日「……先。行くから」
空山「あ、うん」
空山(なんか蒼、機嫌悪かったな)
ヒリヒリする頬をおさえる。
空山(……っと。そうだった。遅刻しちゃう。早くいかないと)
◆全ての授業が終わって、HR前。移動教室からの帰り道。
空山は、自分の荷物(教科書、ノート、ペンケース)のほかに、プリントの束を抱えている。
歩「わっ。すごい荷物。どしたの」
空山「さっき先生に渡された。教室まで持って行けって」
歩「そっち持つよ。ちょうだい」
空山「ありがとう」
プリントの半分を手にする歩。
二人で歩き、階段を降りていたところで。
急いで駆け降りてきた生徒(モブ)にぶつかる。
生徒「あ、すみません」
どん!
空山(え)
プリントが空を舞う。
空山は、踊り場まで落ちる。
歩「琴子ー!?」
歩「ちょ。大丈夫!?琴子!」
歩は慌てて駆け降りてきて、踊り場に落ちている空山のスカートを元に戻す。
空山は突っ伏したまま、動けない。
空山(い、いたぁ!?)
空山(やばい。脚に力が入らない。膝がヒリヒリする……)
生徒「え、なんかあったの」
生徒「誰か落ちたって」
生徒「マジ?やばくない?」
後ろから聞こえる声。
空山「あ、歩。大丈夫。わたし、大丈夫だから……」
歩「ごめん、ちょっと待ってて。今保健室行って先生を」
空山「えっ」
空山(ちょっと待って)
空山(歩。置いてかないで……!せめて起き上がれるようになるまで……!)
必死に歩の方へ手を伸ばそうとしたそのとき。
階段の方から、降りてくる足音がする。
空山(誰か来た。立ち上がらないと……、邪魔になってる。ごめんなさい……)
旭日「どうしたの。園崎さん」
歩「えっ。旭日くん?」
空山(蒼!?)
歩「あ、さっき琴子がぶつかられて、そこから落ちて」
空山(うっ。恥ずかしい……。それは言わないで……)
旭日「そう」
旭日は空山に近づくと、空山の腕を持ち上げて肩に乗せる。
空山「えっ」
歩「えっ」
そしてそのまま立たせると、抱えたまま廊下を歩き出す。
空山「!?」
持ち上げられて、驚く。
歩「ちょ。旭日くん!?」
置いて行かれた歩が叫ぶ。
旭日「保健室連れてく。園崎さんは、荷物の方頼めるかな」
振り返って、にっこりと笑う旭日。
歩「……お、おお。分かったよ」
大丈夫なの、と言いたげに空山を見る歩。
空山は混乱したように旭日と歩を変わる変わる見る。
大股で歩き出す旭日。
廊下を歩いている途中で、いろんな人にひそひそ話されている(ような錯覚に陥る空山)。
生徒「えぇ、なにあれ?」
生徒「うわー、抱き合ってるの?」
生徒「えー?」
空山(ち、違う。違う!)
空山(こんなことになるとは、思っていなくて……)
ぐるぐるの目になる空山。
空山「あ、あの。あお……」
旭日「なに」
名前を呼び切る前に、遮って答える旭日。
空山「もう普通に歩ける。大丈夫。歩ける、から、離れた方が……」
旭日「……」
空山「蒼……?」
空山が、旭日の顔を見上げる。
旭日「空山さん。脚に怪我をしているみたいだから。はやく保健室に向かおうか」
空山「えっ。あ、はい……」
空山(この顔は……、従うしかなさそう……)
有無を言わせないような、旭日に引きずるようにされながら、保健室へと辿り着く。
◆教室。HRが終わって、皆下校し始めたとき。
歩「あ、帰ってきた」
歩「大丈夫だった?」
空山「手と脚ぶつけて、擦りむいてるだけだった」
空山の膝にはガーゼが当てられ処置され、手のひらには絆創膏が貼ってある。
歩「そっか……!これで済んだのは……、よかったって、言っていいのかな」
空山に抱きつく歩。
空山は、されるがままになる。
空山「うん……、たぶん?」
歩「そっかそっか!」
空山「歩、迷惑かけてごめんなさい。先生に頼まれたの、途中で投げ出して」
空山(というか、わたしが階段から投げ出されたんだけど)
歩「いや、そんなの気にしなくて全然大丈夫だよ」
心配するような顔から一転、空山の肩に両手を置いて、キラキラした目で顔を覗き込んでくる歩。
歩「それよりも」
空山「え。なに」
歩「さっきのなに」
空山「さっきのって?」
歩「もう。私びっくりしちゃったよ。ちょっと後ろを歩いてた旭日くんが、あっという間にこっち来て、琴子連れて行っちゃうから」
空山「あぁ」
歩「琴子って、旭日くんと知り合いだったの?」
空山「まあ、うん」
歩「じゃあ、あれもそういうこと?」
少し離れたところから、二人の様子を伺っていた旭日を歩が親指で指す。
旭日「ヴッ」
空山「あれ。どうしたの」
歩「そわそわして待ってたんだよ。ずっと」
旭日「ひ。人聞きが悪いなあ。別にそんなことはないよ」
歩「そうなんだ。じゃあこのまま琴子連れて私帰るけど。いいの?」
旭日「……そう。別に、良いよ?なにか、園崎さんは勘違いしているんじゃないかな?俺は、別にそこのバ……、空山さんを待っていたなんてことは、ないんだから」
歩「へぇえ。そうなんだー」
空山(なにこれ?)
歩「ま、いいや。実は私今日は部活の見学に行く予定だったんだよね」
空山「あ、そうなんだ。ごめん、引きとめるみたいになって」
歩「いやいや。私が琴子の様子気になって待ってたの」
歩は空山に近づいてくる。
空山「?」
耳元で言う。
歩「旭日くんに送ってもらえば」
空山「え」
歩「それで、なにかあったら今度教えてよ」
空山「歩、なんか面白がってない?」
歩「まさか!」
空山(すごく楽しそうだ……)
歩「それじゃあ私行くから。また明日ねー!」
空山「あ、うん」
空山「蒼」
旭日「……え。なに、急に」
空山「いや。さっきはバタバタして言えなかったから。助けてくれて、ありがとう」
旭日「………」
空山「お母さんに連絡いって、はやく帰ってこいって言われた。帰らないと」
ここからの猫被りなしの旭日のセリフは、小声。
周りには聞こえないようにしている。
旭日「……大丈夫なのかよ」
空山「え?」
旭日「お前、階段にのびてたじゃん」
空山「打ったり擦りむいたりしたけど、一応は平気」
旭日「ふうん」
話しながら、廊下を進み、下駄箱まで行く。
旭日は、黙って空山の手からカバンを取る。
空山「え」
旭日は何も言わずに、駅までの道を歩き始める。
空山は、旭日の少し後ろをついていく。
それから、二人は黙りこくって電車に乗って、駅前から家までの道を歩く。(カットしても。旭日も空山も、徒歩→電車→徒歩通学)。
夕方になって日が沈んでいる道を歩く。
旭日の表情から、猫被りが消える。
旭日「お前、危なっかしいんだよ」
空山「?」
旭日「階段から落ちるって。何してたらそんなことになるんだよ」
空山「ああ。自分でもびっくりした。一瞬、フワって飛んだもん。そのまま床まで落ちたけど」
旭日「それは飛んだって言わない」
空山の家にたどり着く。空山はポケットから鍵を取り出して、扉を開ける。
玄関に入り、旭日は空山の荷物を置く。
空山「ありがとう」
旭日「ん」
旭日「おばさんは?」
旭日の声を受けて、空山は廊下に向けて声を張り上げる。
空山「ただいまー!」
しかし返事はない。
空山「物音しないし誰もこない」
廊下の奥のリビングの方に目をやる空山。
空山「たぶん、まだ帰ってきてないんだと思う」
旭日「そう」
空山は廊下の方を指差す。
空山「昔は、良くうちに来てたよね」
空山「わたしの部屋で遊んで」
空山「幼稚園から帰ってきたら、アニメ見て」
空山(あれ)
空山(何言ってるんだろう、わたし)
空山「まあ、そういうの、小学生に入ってからは無くなっていったけど」
空山(こんなこと、言うつもりじゃなかったのに)
空山「蒼が、初めてうちで泊まりになったとき。うちのお母さんも、お父さんも、ずっとバタバタしてて」
空山「一緒に部屋で、夜遅くなるまで話して……」
空山(違う。話していたのは、ほとんどわたしひとりだった)
空山(蒼は、俯いているか、泣いているかで)
空山(それで)
空山(そのとき……)
空山(そのとき、約束したんだ)
空山「まあ。もう、昔の話だけど。今、偶然思い出した」
空山「普通。こんなの、忘れちゃってるはずなのに」
空山「急にごめん。こんな話」
笑って、誤魔化そうとする空山。
旭日「覚えてるよ」
空山が顔をあげると、旭日とまっすぐ目が合う。
旭日は一番の真剣な顔。沈む直前の日のような瞳。
旭日の指が、空山の髪に触れたかと思うと、首の方へと向かう。
空山は、驚いたように目を見開く。照れるとかでは無く。ただただ驚いていて、動けなくなる。
空山「あお……」
ガチャリ、と鍵を閉める音がする。玄関の扉の向こう側から、
空山の母「あれ。閉じちゃった?」
と声がする。
旭日は、パッと手を離す。
空山の母「ああ、開いた……、って。あれ。蒼くんに……、琴子!あんた、大丈夫だったの!?」
空山「あ、うん……」
空山の母「ごめんね、蒼くん。琴子が迷惑をかけたでしょう。琴子、お礼は言った?」
旭日「すみません、お邪魔してしまって」
空山の母「いいのよ。琴子の面倒見てくれたんでしょう。ありがとうね。そうね、お茶を……」
旭日「お構いなく。もう行きます」
空山の母「そう……?ごめんね、バタバタしていて」
旭日「いえ」
軽く会釈をして去っていく旭日。
そのあいだも、空山は固まったまま突っ立っているしかない。
空山(なにあれ)
1回目は、無表情のまま。
空山(なにあれ!?)
顔が赤くなる。
空山(すごいびっくりした!)
空山の母「もう、琴子。大丈夫なの?」
空山「ああ、うん……」
空山(どうしよう)
空山(すごいどきどきいってる)
空山(平穏無事な生活とか、言ってられないかもしれない……!)
ひとりで表情を変え慌てる空山を、心配そうな顔で見る空山の母。
