「六花、ばいばーい!」
教室を意気揚々と出ていく親友の芙由に手を振り返し、私――森本六花はそっとため息を落とした。
「あーもう、小森の筆圧強すぎ」
小森、というのはC組で先ほど授業をしていた社会の若い男性教師のことだ。
ほかの先生の字はさっと1、2回なでるだけできれいに消えるのに、小森の字は黒板消しを3回以上強くこすりつけないときれいに消えないのだ。
しかも何回黒板を黒板消しでこすっても、文字の芯がずっと残っているような気がするので嫌になる。
小森の字をざっと消して、チョーク入れの中を掃除しようと小さい引き出しを引っ張る。
が、はまり方がよくないのか2㎝ほど引っ張ったところで動かなくなってしまった。
ふう、と何回目かもわからないため息を落として無意識にうつむくと、チョークの粉でひどく汚れた紺色のセーターとプリーツスカートが視界に入ってきた。
私の脳内に、芙由の言葉がリフレインする。
『チョークの粉に溺愛されてるじゃん、六花は』
その言葉を払い落とすように、手のひらで軽くスカートとセーターをはたくと、ふわりと舞い上がったチョークの粉が日の光に煌めいた。
「まあ頑張るかー…」
何を頑張るのかは知らないけど、私は引き出しをもう一度つかんで力を込めて思い切り引っ張った。
その瞬間、チョーク入れの中で息をひそめていたチョークの粉と短くなったチョークたちが一斉に飛び出した。
「うわっ!」
突然のことすぎて反応できないまま、チョークの粉雪とあられを無防備に浴びる。
何とか落ち着いて(?)、胸ポケットから手鏡を取り出して自分の見た目を確認する。
「やっば…えほっ、えほっ」
粉を吸い込んでしまったせいで、何度か噎せながらも確認した自分の姿は、ドッキリに引っかかって顔面パイをされたお笑い芸人のようになっていた。



