「ねえねえ、私このお菓子好きー! もっと買ってきてほしかった」
「くまたんグッツもお願いしたのに。ぬいぐるみー!」
昼休み、河西と一緒にコンビニに行っていた一華がフロアに足を踏み入れると、歩の席に社員が集まっている。
水曜日の今日、福岡から帰ってきた彼が一週間ぶりに出社した。給湯室にはコールセンター社員向けのお土産がいてあったが、営業部向けのものをここで開封しているようだ。
「おい、歩。向こうのお姉さんたちと、仲良くなった? どうせ飲み会ばっかしてたんだろ。写真見せろよ写真」
皆久しぶりの歩にテンションが上がっている。
相変わらず人気者だ。
前まではなんとも思わなかった光景だ。でも今は、気持ちが沈んでしまうのを止められない。一華は思わず目を伏せた。
「歩さん帰ってきて、一気に賑やかなましたね」
河西が、自分も嬉しいというよりは感心したように言った。
「じゃ、また午後に」
そして自分の席へ戻っていく。
コンビニまではふたりで行き一緒にランチを調達してきた。ただ食べるのはそれぞれの席で、というのが今の彼女との距離感だ。
業務でコミュニケーションを取れるようになってから知ったことだが、河西も一華に負けず劣らずのおひとりさま女子だった。ひとりご飯にひとり旅行もお手のもので、なんと例のメキシカンレストランにもひとりで行ったことがあるという。
異動当初は人間関係を築く必要があると思い、ランチも飲み会も参加していたが一通り一巡し、一華との関係も改善した今は、適宜断ることにしたようだ。
そんな彼女とは話が合って、おすすめのカフェやレストランをおしえ合っている。今度はオフ会もする予定だ。
「ねえ、歩、私にお土産ないの? お願いしたじゃん」
一華が席につくと、夏木がちらりとこちらを見る。そして歩に向かって少し甘えたような声を出した。
「いやいや、約束してないでしょ。それに仕事で行ってるから。そんな暇はない」
彼にしては少し素っ気ないと感じるのは気のせいだろか。
「えーでも」
「ほら、休憩中は静かに過ごしたい人もいるから解散解散。お菓子は休憩室に置いておくから」
その言葉を潮に社員たちは散っていく。
周りに誰もいなくなったのを見計らって、歩が声を落として話しかけてきた。
「ごめんね、うるさくして」
コンビニの袋を開きながら、一華は身を固くする。緊張しながら「大丈夫」と答えた。
自分の気持ちに気がついてから数日、これがはじめての彼との会話だ。
一番はじめの頃に戻ったみたいにぎこちなくなってしまう。
はじめの頃は彼のことは、自分とはかかわりのない遠い存在だと感じていた。実際、その通りだった。歩はオフィスの人気者でいつも周りに人が絶えない。自分と仕事以外で共通点はない。関わりのない者同士。今もそれは変わらない。
変わったのは一華の心境だけ。
一華の胸には彼が好きだという気持ちは確実に存在して、キリキリと胸が締め付けられる。そのせいで、自分を見る視線が実際より親しげな特別なもののように思えるのだろう。
「すべてつつがなく稼働した?」
目を逸らして尋ねる。
「うん、安心した」
「よかった、さすが」
当たり障りのない会話をするのが精一杯だ。
歩がニコッと笑った。
「一華ちゃんにお土産があるんだ。博多名物明太子と好きだって言ってた焼酎、ひとり時間にいいかなと思って。向こうから送ったら、届いたら渡すね」
ひとり時間を楽しむ一華のことを考えてくれた内容に、嬉しくなる。けれどすぐに、ダメだってと心にブレーキをかけた。
まるで一華を特別に思ってくれているかのような行動だけれど、そこに深い意味なんてない。
きっと歩は本当は全員に個別に土産を買って帰りたかっただろう。けれどそんなことはできないから、今回は一華だったのだ。トモを失って傷ついているから。他の人より可哀想。ただ、それだけのこと。
自分が特別だなんて思ってはいけない。
——私は、その他大勢。
心の中で唱えると、ざっくりと胸に傷ができる。痛いけど、それを悟られないように無理やり口角を上げて笑顔を作る。
「ありがとう」
歩が周りに人がいないことを確認してもう一段声を落とした。
「一華ちゃん、今週末会える? ちょっと報告したいことがあって」
一華の胸がどきりとする。本当なら嬉しい誘いだ。
一週間話せなかったし、河西との関係の変化についても報告したい。いらないかもしれないけれど、歩との話がきっかけになったのだ。お礼も言いたい。
——でもこれ以上ふたりだけで会うのはやめた方がいい。
それが、彼への想いを自覚した一華が出した答えだった。
好きになったって望みはない。それどころか、迷惑に思われるだろう。
それならばこれ以上彼とは親しくならない方がいい。さんざんお世話になっておきながら、自分の心を守ることばかり考えていて申し訳ないけれど、彼としても一華のお守りから解放されるのはいいことのはずだ。
「——そのことなんだけど」
目を伏せて口を開いた。
「そのこと?」
「歩くんとときどき会ってくれてたのは、私の睡眠障害解消に付き合ってくれてるんだよね」
「そう……だね」
今さらのことを確認するだけでもズキズキと胸が痛んだ。
その痛みに、もう本当は後戻りなんてできないと確信する。会うのをやめただけで気持ちが止められるとは思えない。
自分を見つめる優しい眼差しに導かれるようにして、自分は大きく変わったのだ。人から見れば取るに足らない変化でも、自分にとっては大きな大きな一歩だった。
その機会を与えてくれた彼への想いにブレーキなんてかけられない。
はっきりとそれを感じながらも他にどうしようもない。
「もう、私、トモがいなくなった寂しさから立ち直れた。ここしばらくはずっとちゃんと眠れてる」
歩が一華の意図を探るような目になった。そこから目を逸らして一気に言う。
「だから、もう会ってくれなくて大丈夫。思ったより長くなってごめんなさい。でももう大丈夫だから」
暗にもう会いたくないという気持ちを込めてそう言うと、歩が戸惑うように沈黙した。
親切にしてくれたのに申し訳ないと心から思う。けれど今自分ができる精一杯のことだ。
「一華ちゃ——」
その時、一華のスマホが鳴る。クライアント先からだ。
一華は素早くスマホを手に取り通話ボタンを押す。
「はい、加藤です」
そしてどんな問い合わせだったとしても対応できるように、モニターに視線を移した。
歩の視線を感じたが気づかないふりをした。
「くまたんグッツもお願いしたのに。ぬいぐるみー!」
昼休み、河西と一緒にコンビニに行っていた一華がフロアに足を踏み入れると、歩の席に社員が集まっている。
水曜日の今日、福岡から帰ってきた彼が一週間ぶりに出社した。給湯室にはコールセンター社員向けのお土産がいてあったが、営業部向けのものをここで開封しているようだ。
「おい、歩。向こうのお姉さんたちと、仲良くなった? どうせ飲み会ばっかしてたんだろ。写真見せろよ写真」
皆久しぶりの歩にテンションが上がっている。
相変わらず人気者だ。
前まではなんとも思わなかった光景だ。でも今は、気持ちが沈んでしまうのを止められない。一華は思わず目を伏せた。
「歩さん帰ってきて、一気に賑やかなましたね」
河西が、自分も嬉しいというよりは感心したように言った。
「じゃ、また午後に」
そして自分の席へ戻っていく。
コンビニまではふたりで行き一緒にランチを調達してきた。ただ食べるのはそれぞれの席で、というのが今の彼女との距離感だ。
業務でコミュニケーションを取れるようになってから知ったことだが、河西も一華に負けず劣らずのおひとりさま女子だった。ひとりご飯にひとり旅行もお手のもので、なんと例のメキシカンレストランにもひとりで行ったことがあるという。
異動当初は人間関係を築く必要があると思い、ランチも飲み会も参加していたが一通り一巡し、一華との関係も改善した今は、適宜断ることにしたようだ。
そんな彼女とは話が合って、おすすめのカフェやレストランをおしえ合っている。今度はオフ会もする予定だ。
「ねえ、歩、私にお土産ないの? お願いしたじゃん」
一華が席につくと、夏木がちらりとこちらを見る。そして歩に向かって少し甘えたような声を出した。
「いやいや、約束してないでしょ。それに仕事で行ってるから。そんな暇はない」
彼にしては少し素っ気ないと感じるのは気のせいだろか。
「えーでも」
「ほら、休憩中は静かに過ごしたい人もいるから解散解散。お菓子は休憩室に置いておくから」
その言葉を潮に社員たちは散っていく。
周りに誰もいなくなったのを見計らって、歩が声を落として話しかけてきた。
「ごめんね、うるさくして」
コンビニの袋を開きながら、一華は身を固くする。緊張しながら「大丈夫」と答えた。
自分の気持ちに気がついてから数日、これがはじめての彼との会話だ。
一番はじめの頃に戻ったみたいにぎこちなくなってしまう。
はじめの頃は彼のことは、自分とはかかわりのない遠い存在だと感じていた。実際、その通りだった。歩はオフィスの人気者でいつも周りに人が絶えない。自分と仕事以外で共通点はない。関わりのない者同士。今もそれは変わらない。
変わったのは一華の心境だけ。
一華の胸には彼が好きだという気持ちは確実に存在して、キリキリと胸が締め付けられる。そのせいで、自分を見る視線が実際より親しげな特別なもののように思えるのだろう。
「すべてつつがなく稼働した?」
目を逸らして尋ねる。
「うん、安心した」
「よかった、さすが」
当たり障りのない会話をするのが精一杯だ。
歩がニコッと笑った。
「一華ちゃんにお土産があるんだ。博多名物明太子と好きだって言ってた焼酎、ひとり時間にいいかなと思って。向こうから送ったら、届いたら渡すね」
ひとり時間を楽しむ一華のことを考えてくれた内容に、嬉しくなる。けれどすぐに、ダメだってと心にブレーキをかけた。
まるで一華を特別に思ってくれているかのような行動だけれど、そこに深い意味なんてない。
きっと歩は本当は全員に個別に土産を買って帰りたかっただろう。けれどそんなことはできないから、今回は一華だったのだ。トモを失って傷ついているから。他の人より可哀想。ただ、それだけのこと。
自分が特別だなんて思ってはいけない。
——私は、その他大勢。
心の中で唱えると、ざっくりと胸に傷ができる。痛いけど、それを悟られないように無理やり口角を上げて笑顔を作る。
「ありがとう」
歩が周りに人がいないことを確認してもう一段声を落とした。
「一華ちゃん、今週末会える? ちょっと報告したいことがあって」
一華の胸がどきりとする。本当なら嬉しい誘いだ。
一週間話せなかったし、河西との関係の変化についても報告したい。いらないかもしれないけれど、歩との話がきっかけになったのだ。お礼も言いたい。
——でもこれ以上ふたりだけで会うのはやめた方がいい。
それが、彼への想いを自覚した一華が出した答えだった。
好きになったって望みはない。それどころか、迷惑に思われるだろう。
それならばこれ以上彼とは親しくならない方がいい。さんざんお世話になっておきながら、自分の心を守ることばかり考えていて申し訳ないけれど、彼としても一華のお守りから解放されるのはいいことのはずだ。
「——そのことなんだけど」
目を伏せて口を開いた。
「そのこと?」
「歩くんとときどき会ってくれてたのは、私の睡眠障害解消に付き合ってくれてるんだよね」
「そう……だね」
今さらのことを確認するだけでもズキズキと胸が痛んだ。
その痛みに、もう本当は後戻りなんてできないと確信する。会うのをやめただけで気持ちが止められるとは思えない。
自分を見つめる優しい眼差しに導かれるようにして、自分は大きく変わったのだ。人から見れば取るに足らない変化でも、自分にとっては大きな大きな一歩だった。
その機会を与えてくれた彼への想いにブレーキなんてかけられない。
はっきりとそれを感じながらも他にどうしようもない。
「もう、私、トモがいなくなった寂しさから立ち直れた。ここしばらくはずっとちゃんと眠れてる」
歩が一華の意図を探るような目になった。そこから目を逸らして一気に言う。
「だから、もう会ってくれなくて大丈夫。思ったより長くなってごめんなさい。でももう大丈夫だから」
暗にもう会いたくないという気持ちを込めてそう言うと、歩が戸惑うように沈黙した。
親切にしてくれたのに申し訳ないと心から思う。けれど今自分ができる精一杯のことだ。
「一華ちゃ——」
その時、一華のスマホが鳴る。クライアント先からだ。
一華は素早くスマホを手に取り通話ボタンを押す。
「はい、加藤です」
そしてどんな問い合わせだったとしても対応できるように、モニターに視線を移した。
歩の視線を感じたが気づかないふりをした。



