ソラが笑った日

 あの日から、数日が過ぎた。
 街は少しずつ日常を取り戻し始めていたけれど、
 真奈の胸の奥に開いた空洞は、まだ痛いほど静かだった。

 夕方。
 ぼんやりとしたままソファに座っていると、
 マンションのチャイムが小さく鳴った。

 扉を開けると、レスキュー隊の制服を着た男性が立っていた。
 腕には、大切そうに抱えた小さな包み。

「……佐伯真奈さん、ですね」

「……はい」

 男性は静かに包みを差し出した。

「これを……あなたに渡すべきだと思いました。
 そばにあったから。ずっと一緒に」

 真奈の指が震えながら布をほどくと――
 そこには、ソラが身につけていたペンダントと、
 彼が抱いていたぬいぐるみが並んでいた。

 その瞬間、胸の奥にソラの姿が鮮明に浮かんだ。
 不器用な笑み。ぎこちないしぐさ。
 そして――最後に見せてくれた、あの優しい瞳。

「……ソラ……」

 名前を呼んだ途端、涙がこぼれ落ちた。
 真奈は膝をつき、ぬいぐるみとペンダントをしっかりと胸に抱きしめた。

「ソラ……いやだよ……
 一人にしないって、言ったのに……
 どうすればいいの……こんなの、いやだよ……」

 嗚咽がこぼれ、言葉にならない声が漏れる。
 その肩に、隊員がそっと手を置いた。

「……今は、ゆっくり泣いてください。
 その後で、少しずつでいいから前を向いていきましょう。
 彼も……きっとそれを望んでいます」

 真奈は涙を拭い、ゆっくり頷いた。

「……はい。
 ソラは……私にとって、本当に大切な人でした」

 窓の外では、夕暮れが街を淡く照らしていた。
 ペンダントの金属がその光を受け、かすかに輝く。

 その光のきらめきが、ソラの微笑みに重なった気がした。

 真奈はペンダントをそっと握りしめ、小さく語りかけた。

「ソラ……私、頑張るよ。
 ソラが守ってくれたんだもん。
 今はまだ笑えないけど……
 いつか、ちゃんと笑えるようになるから。
 ……だから、見ててね」

 胸の奥に、あの日の温もりがふわりと広がった気がした。

 涙で滲む視界の中で、
 ソラの笑顔だけが、夕暮れの光に溶けながら――
 いつまでも、真奈を支えていた。