ソラが笑った日

 その夜は、いつもと同じはずだった。

 真奈はソファで雑誌をめくり、
 ソラは隣で静かに座っていた。

 ――そのとき。
 床下から、小さな唸りのような音が響いた。

「……え、なに?」

 次の瞬間、世界が――揺れた。

 照明が激しく揺れ、
 机からコップが落ちて砕ける。
 食器棚のガラスが震え、部屋全体がうねる。

「……地震!?」

 立ち上がろうとしたが、床が波のように揺れ、足がもつれた。
 視界がぐらりと傾く。

 突然、真っ暗になる。停電だ。

 外からは悲鳴。
 車のブレーキ音。
 何が起きているのか分からない。

「……っ!」

 恐怖に膝が崩れ、床に手をついたその瞬間――
 強い腕が真奈を抱き寄せた。

「大丈夫。真奈、落ち着いてください」

 耳元で響くソラの声。
 覆いかぶさるように抱きしめられ、すぐに“ドンッ”と鈍い衝撃が背中越しに伝わった。

 本や小物が次々と落ちてきて、ソラの肩や背中に当たって弾かれている。

「ソラ……危ない! 離れてよ……っ!」

「真奈を守ることが、最優先です」

 冷静な言葉なのに、
 その声にははっきりと“温度”があった。

 怖くて息が苦しい。
 胸がきゅっと締めつけられる。

 そんな中でソラの腕だけが、
 真奈の全身を支えていた。

 だが、揺れは弱まらないどころか、さらに大きくなる。

 壁に走るひび。
 ぱらぱらと落ちる粉塵。

 ――そして。

 天井の一部が、轟音とともに崩れた。

「ソラ!!」

 叫ぶより早く、
 ソラが真奈を抱きしめて覆いかぶさる。

 背中に瓦礫が直撃し、
 金属がひしゃげるような、嫌な音が響いた。

「やめて! そんなことしたら……ソラがっ……!」

 涙声で叫ぶ真奈に、
 ソラは壊れかけた声で答えた。

「……それでも、守ります」

 その一言で、真奈の心が崩れた。

「やだ……いやだよ……壊れないで……っ!」

 涙がこぼれる。
 ソラの背中からまた「ぎしり」と不吉な音。

 暗闇の中で、
 真奈は何度も何度も、必死に彼の名前を呼び続けた。