恋愛のタイミング

⚪︎道の途中


誠「彼女になってもらおうかな」

誠が冗談混じりに言ったその時、誠の背後、環の視線の端には路上駐車しているワゴン車が見えた。
その横道から白杖を持った人が歩いてきている。

環「危ない」

誠「え?」

環、バッといきなり駆け出して白杖を持った人に向かって声を張り上げる。

環「止まってくださいっ!」

白杖を持った人はその声に驚いて立ち止まる。
次の瞬間、ワゴン車のドアが開いて人が降りてきた。

環「危なかった…」

(あのまま直進していたらぶつかっていた)

環、白杖を持った人に駆け寄り、声をかける。

環「急に声をかけてすみません」
「この先に車が停まっていることに気づいていらっしゃらなかったようなので」
「今、そのドアが開いたんです」

白杖の人「そうだったの」
「路上駐車は気が付いても車幅まではわからないのよ」
「教えてくれてありがとう」

環「いえ」

お互いに頭をペコっと下げて各々反対方向へと進む。

環は誠のところへ。

環「すみません」
「お話の途中だったのに」

篠塚「いや」
「僕は全然気が付かなくて」
「環ちゃんの機転…というか状況判断の能力と瞬発力に驚かされたよ」

環「ここ、路上駐車が多いんです」
「事故やトラブルが起きやすいんですよ」

環、先ほどの白杖の女性に目を向ける。
誠、環の視線を追って。

誠「送り届けよう」

環「え?」

環、誠を見上げる。
誠、環を見下ろして。

誠「迷惑だと言われたらやめればいいだけだから」

そう言って誠は白杖の女性の元へと進み、声をかける。

誠「すみません」
「どちらまで行かれるんですか?」

白杖の人「え?あ、えっと」
「役所まで」

誠「環ちゃん、役所はどっち?」

環「その信号を渡って…」
「ご一緒します」

白杖の女性「悪いわ」
「大丈夫よ」
「何回か行ったことがあるから」

誠「でも路上駐車は多いですしトラブルもあるそうです」
「近くまで、ご迷惑でなければ案内します」

環「よろしければ私に掴まってください」

腕を差し出す環。
躊躇いつつも腕を絡める女性。

白杖の人「ありがとう」

その言葉を聞けて、環と誠は顔を見合わせ微笑み合う。

白杖の女性「本音を言うとね、いつもはボランティアの方が一緒だったから今日は不安だったの」
「でもやっぱり申し訳なかったわ」
「今、デート中なんでしょう?」

環「違いますよ」
「その似たような勘違い、今日されるのは2度目ですが本当に違いますから」

白杖の女性「本当に?」
「男性があなたを呼ぶ声は親しげに聞こえるけど」

白杖の女性は誠がいる方向に顔を少しだけ向ける。
誠、それに気づいて。

誠「バレました?」

誠、大袈裟に答える。
白杖の女性は誠の声に微笑んだ。

白杖の女性「お邪魔してしまったかしらね?」

誠「とんでもない」
「彼女の優しさを目の当たりにして」
「惚れ直しているところです」

環は誠を、誠は環を見る。
環の顔はみるみる赤くなる。

環「揶揄うのはやめてください!」

誠「うーん」
「揶揄ってないんだけどなぁ」
「どうしてですかね?」
「信じてもらえないんですよ」

誠が白杖の女性に話し掛けると、女性はまた柔らかく微笑んだ。

⚪︎役所

白杖の女性「ありがとう」
「ここまで来れれば大丈夫」

環「帰りはどうされますか?」

白杖の女性「心配かけてしまうといけないから」
「タクシーで帰るわ」

環「わかりました」

誠「お気をつけて」

白杖の女性、誠の方に向けて会釈。
それから環に小さく声をかける。

白杖の女性「彼の言葉」
「そのまま受け取って大丈夫よ」

環「え?」

白杖の女性「冗談っぽく言うのはあなたの反応に不安を感じているから」
「彼の声からはそのことがよく分かる」
「私ね、耳はとてもいいの」

ニコッと笑う白杖の女性はそう言うと環から離れ、役所へと向かって行った。

環は女性の言葉を頭の中で反芻しながら、それからゆっくりと誠の方を見上げる。

気づいた誠がニコッと微笑んだ。

その笑みを見て、ドキッとする環。

環(うっ)
(まずい)
(これは危険だ)

環、グッと拳を握りしめて。

環「篠塚さん」

誠「ん?」

環「美術館はまたにして」
「あそこで少しお茶しませんか?」


⚪︎喫茶店

誠はホットコーヒーを環はアイスティーを頼み向かい合って座る。

誠は店内を見ている。

誠「レトロな喫茶店」
「カッコいいね」
「ここもよく来るの?」

環「初めてです」

誠「じゃあどうして?」
「喉渇いたから」
「…なんてね」

誠は環の反応を見つつ、コーヒーをひと口飲む。
それからゆっくりとカップを置いて話を続ける。

誠「環ちゃんは危機管理能力も高そうだもんね」
「僕の気持ちに気付いたかな?」

環「いえ」

その答えに誠は少しだけ目を見開く。

誠「違うの?」

環「はい」
「篠塚さんが私に好意を持ってくれているのはわかりますが」
「恋愛的なそれとは断定できませんでしたので」

誠「なるほど」

眉根を寄せながら困ったように微笑む誠。

誠「じゃあどうしてお茶しようって言い出したの?」
「これ以上一緒にいて本気で惚れられたら困ると思ったから釘を刺すつもりだったんじゃないの?」

環「違います」
「逆です」

誠「逆?」

環「はい」
「私、夢中になると周りが見えなくなってしまうんです」

誠、黙って耳を傾ける。

環「国家試験と卒論と就活」

(夢に向かって努力しないといけない時期がもうそこまで来ている)

環「夢を応援してくれて」
「学費を支払ってくれている家族のためにも」
「自分の将来のためにも」
「今、誰かを好きになるわけにはいかないんです」

誠「それは僕のことを好きになりそうだから予防線を引いている」
「そういう解釈でいいのかな?」

環、頷く。

誠「それは僕的には嬉しいんだけどな」

環「いえ」
「そもそもですね、篠塚さんにお似合いなのはもっと洗練された女性で私のようなオタクではないんです」
「だからこの告白めいたことを言ってるのもおかしな話なんですけど」

誠「環ちゃん」

誠の静かな声に逸らしていた視線を向ける。
誠は真っ直ぐ、真顔で環を見て言う。

誠「その回答は良くない」

環「その回答とは?」

誠「お似合いかどうかって」
「オタクが対象外とは限らないでしょう?」

環「それは…そう、ですね」
「すみません」
「勝手に決めつけて」

誠「そうだよ」
「僕は環ちゃんのこと好きなんだから」
「本気で『付き合って』って言おうと思っていたくらいに」

環「……えっと」

首を思いっきり傾げる環。

環「どちらか行きたい場所が他にありましたか?」

誠、笑って。

誠「月並みな返答だね」
「でもそれは今、必要のないやり取りだ」

環「すみません」
「では恋人になろうという意味の『付き合って』でよろしいのでしょうか?」

誠「うん」

環「だとしたら篠塚さんは私の話、聞いていましたか?」

誠「聞いてたよ」
「『今』はダメなんだよね?」

環、さらに混乱。
誠、小さく微笑んでから考え、言葉を選びながら話を続ける。

誠「今日まではね、環ちゃんに抱く感情がなんなのか正直よくわからなった」
「環ちゃんの笑顔に強く惹かれたのは確かだけどそれだけ」
「でも荷物が届いてから気持ちが動き出したんだ」
「環ちゃんを思い出す日が多くなった」
「会える日が楽しみで仕方なかった」
「あの時、胸を掴まれたような感覚は一目惚れだったんだと気づいた」

「待ち合わせ場所に駆けてくる環ちゃんを見て年甲斐もなくテンションが上がったよ」
「僕の体を気にしてくれる気遣いも」
「白杖の方に手を差し伸べる優しさも」
「俯瞰で自分を見れるのも」
「家族に感謝しているのも」
「お金を自分で稼ぎ大切に使っていることも」
「全部全部素敵だな、愛おしいって思った」

真っ直ぐに見つめられて呼吸が止まる環。
自身の耳には加速する鼓動音が鳴り響いていた。
それを打ち消すようにハッキリと誠は告げる。

誠「だから一年後の国家試験が終わった時」
「会いに来るよ」
「僕に夢中になってもらうために」

環「でも…一年後ですよ?」
「篠塚さんの気持ちだってどうなるか分からないじゃないですか?」

誠「そうだね」
「環ちゃん以上に好きな女性が現れるかもしれない」
「その時は」

誠、環を見て。

誠「会いには来ない」

環、その言葉に胸がちくっと痛んだ。
胸を手で押さえ、自身の気持ちを再認識する。

(でも『今』は違うと言い出したのは私)

環「わかりました」

それから深呼吸をして、誠を見つめ返す。

環「一年後の国家試験の合格発表翌日」
「この喫茶店で」

環、腕時計を見て。

環「14時。いかがでしょうか?」

誠「いいね」
「合格を祈ってる」