恋愛のタイミング


⚪︎誠サイド
車の中

クライアントからの帰り道。

社用車の後部座席で窓の外を眺める誠。
口元には笑みが浮かんでいる。
運転している藤野は誠をルームミラー越しに見て。

藤野「先生、今日ご機嫌ですね」

誠「話し合いが上手くいったからね」

藤野「本当にそれだけですか?」

聞かれて誠、運転席の方を見る。

誠「なぜ?」

藤野「クライアント先に行く前から時折口元が緩んでいます」

誠、自身の口元に手で触れて。

誠「え?!嘘だろ?」
「うわ。恥ずかしいな」

焦る誠に怪訝な表情を向ける藤野。

藤野「なにか良いことがあったんですね?」

誠、また車窓からネオンを見て。

誠「まぁ、そうだね」

(ここまで浮かれるとは自分でも予想外だけど)

⚪︎回想
誠、オフィスの自室から電話した時のシーンの続き。
電話の相手は秦。

秦「調べて欲しいことってなんだよ?」

誠「玉城環」
「覚えてる?」

秦「?……あぁ」
「ライブの時の」
「あの子がどうした?」

誠「ライブの時のお礼を送って来たんだけど」
「連絡先がわからないんだ」

秦「配送伝票に書いてあるだろ?」

誠「書いてあるよ」
「実家の番号がね」

秦「なるほど」
「それで?」

誠「ちゃんと届いたこと、伝えないといけないよな、大人として」

秦「実家にかけたら?」

誠「それはおかしいってお前も思うよな?」

秦「まぁ、先方は驚くだろうな」

誠「そう。だから調べて欲しいんだ」
「お前ならO大の薬学部に知り合いくらいいるだろ?」

秦「あの子たち、O大なのか」
「ていうか俺、この立場を利用されるのイヤなんだけど」

誠「知ってるよ」
「でも知りたいんだ」
「どうしても」

秦「…あのさ」

秦、重たい口調で。

秦「俺、あの時、相手は学生なんだからやめろって言ったよな?」
「それで2度と会うことはない、なんでもないって答えたよな?」

誠「そうだね」
「でもしょうがないだろ?」
「アクションを起こして来たのは向こうだし」
「それにもう一度会いたいと思っちゃったんだから」

秦「お前なぁ」

呆れた声の秦。

秦「責任取れるのか?」

誠「なんの責任だよ」

秦「あの子達、たしか5年って言ってたよな?」
「これから国試やら就活で大変な時期だ」
「色恋沙汰なんて避けたいだろ」

誠「あー」
「なるほどね」
「そうかもね」

感情のこもっていない誠の返答に秦、ため息をついて。

秦「冷静になれよ」
「なにを突っ走ってるんだ」

誠「なんでだろうな」

誠、苦笑い。

誠「でも俺、多分、初めて一目惚れしたんだ」
「初めてだから分からなかっただけであれが一目惚れだったんだと思う」

秦「だとしても」

誠「秦の言いたいことはよくわかる」
「ただ切れたはずの糸が繋がっている今、なにもしないでいたら後悔すると思うんだ」
「彼女にも秦にも迷惑はかけないようにする」
「だから」

秦、誠に聞こえるようにため息を吐いて。

秦「分かったよ」
「O大ならお前の読み通り、知り合いがいる」
「連絡先を伝えておくよ」

誠「ありがとう」

満足げな声の誠に秦は鋭い声で忠告する。

秦「ただし」
「それで向こうからかかって来なかったら諦めろよ?」

誠「分かってる」

(俺はそこまでバカじゃないし)
(一目惚れしたとは言え、その程度でのめり込んではいない)

(…はずだったのに)

それから数日間、スマホを確認する機会が増えた誠。
着信がないことに焦りや苛立ち、不安を抱く。

知らない番号が表示された時、思わず拳を握りしめた。

誠「きたっ!」

(…でもこのテンションで出るのは違うよな)

コホンと咳払いをして冷静さを装い、通話ボタンを押した。

回想終了


誠、車内で再び想いを馳せる。

誠(職業柄、喜怒哀楽は表に出さないように)
(極力ポーカーフェイスでいられるように)
(感情をコントロールするのは得意なはずなのに)

(たった数分話しただけで感情が色んな方向に揺さぶられた)

(こんな感覚いつぶりだろう)

(あの子の前だと素の自分が出せるのも驚きだ)

(きっとこれが特別なんだろう)

その時、スマートフォンが着信を知らせる。
見るとショートメッセージが送られてきていた。
送信名は『玉城環』

内容はメールアドレスとラインのID。
それから出張日が決まっていたら教えてほしい、バイトを代わってもらうから、という内容。

誠「出張はウソだけどね」

藤野「なにかおっしゃいましたか?」

誠「いや…あぁ、でもウソは良くないからな」

誠、藤野に向かって。

誠「大阪のクライアントに今度会いに行くから予定立てておいて」

藤野「あちらはリモートで良かったのではないのですか?」

誠「たまには顔見せないと」
「それに見つかったかもしれないんだ」

藤野「なにがですか?」

誠「心を揺さぶられる存在が」

藤野「……え?!」

驚く藤野の反応に満足する誠。

誠「だからよろしく」
「出張手配、整えておいて」

藤野「お相手は……」

聞きたい藤野だけどその気持ちをグッと堪えて。

藤野「かしこまりました」

誠「楽しみだな」
「出張」

ウキウキするほど上機嫌に。
それからまた車窓に目を向けて柔らかく微笑む誠。


⚪︎11時
駅の改札前

カジュアルな服装の誠
スマホを見ながら待ち合わせ場所で立っている。

環「あの只者ではないオーラ」

遠目でも目立つ誠を柱の陰から観察する環。

環「確実に篠塚さんだ」

道行くOL風の綺麗な女性たちに声をかけられている誠。
環、驚く。

環「逆ナンってやつ?」
「初めて見た」

誠はにこやかに断っている。
女性たちは残念そうに、でも爽やかにその場を後にした。
環は女性の背中を目で追う。

環「ああいう大人な女性が篠塚さんの隣に立つには相応しいよね」

環、自分の服装を見て。

環「もう少し大人っぽい服装の方が良かったかな…」
「でも」

(恋人ってわけじゃないし)
(背伸びしたって無理なものは無理)

キョロキョロと辺りを見渡している誠に気付き、気持ちを切り替えて誠の前に駆け寄る。

環「こんにちはー!」
「お待たせしてすみません」

ぺこりと頭を下げる環を見て微笑む誠。

誠「こんにちは」
「来てくれて良かった」
「来ないかと思った」

環、首を傾げて。

環「その選択肢はなかったですよ」

誠「環ちゃんは真面目そうだもんね」

環「そうでもないですが」

反応と返答に困る環を見てフッと笑う誠。

環「なんですか?」

誠「いや、困り顔も可愛いなと思っただけ」

パッと頬を染める環。
それを隠すように顔を背け話題を変える。

環「今日は出張なんですよね?」
「お時間は大丈夫ですか?」

誠「仕事は昨日のうちに終わらせたから問題ないよ」
「環ちゃんは今日、夜はバイトなんだよね?」
「何時まで大丈夫?」

環「すみません」
「人手不足で」
「でも16時まででしたら大丈夫なので」

誠「時間作ってくれてありがとう」

柔らかな誠の笑顔にドキッとする環。
それを悟られないように踵を返して。

環「早速ご案内します」
「こちらです!」

添乗員のように手で行き先を伝える環。
それを見て微笑み、小さく頭を下げる誠。

誠「よろしくお願いします」

環「この街に住んで5年の玉城がご案内いたします!」

誠「ハハ」
「心強いね」

商店街を並んで歩くふたり。

誠「この街は住みやすい?」

環「初めはこの入り組んだ道が迷路のようでパニックになりましたが」
「歩き回っているうちに体力付きましたし、色々な隠れ家を見つけることが出来ました」

誠「環ちゃんのポジティブな考え方」
「すごくイイよね」
「ちなみに家事は?得意?」

環「調味料測るのは実験みたいで楽しいです」
「でも最初は全然出来なくて」
「頼る相手もいなくて」
「ご飯は美味しくないし寂しくて不安でした」

誠「そっか」

誠、当時を思い出して視線が下がった環を見て自然と手が出る。
ポンと環の頭に手を乗せて。

誠「頑張ったんだね」

環、驚いてパチパチと瞬きする。
でもなにか返さなければと。

環「お褒めいただき、光栄です」

堅苦しく答える環に思わず笑ってしまう誠。

誠「面白いね、環ちゃんは」

環、誠の笑顔を見て。

環「篠塚さんは笑上戸ですよね」

誠「え?いや、そんなことないよ」
「『目が笑ってない』って言われることの方が多いくらい自然と笑うことはほとんどないんだ」

環「それは意外です」

誠「環ちゃんといるとつい笑っちゃうからかな」
「もっとスマートでカッコよく見せたいんだけどできなくて困ってる」

誠の大袈裟な困り顔を見て環、笑う。

環「篠塚さんは学生の頃、一人暮らしはしていましたか?」

誠「一人暮らしを始めたのは大学卒業してからだね」
「でも家事全般ダメで」
「外食が多いし」
「あとはプロの手を借りてなんとか毎日を過ごしているよ」

環「そうだったんですか」

環、考える。
それから立ち止まって。

環「すみません」
「行き先変更していいですか?」

誠、驚いた顔で。

誠「いいけどどうしたの?」

環「今日は釜焼きのピザで有名なお店にご案内しようと思ったのですが」
「今のお話を聞いて違うと思いました」
「なので逆方向に行きます」
「こちらです」

環が案内したのは古民家。
暖簾をくぐると老夫婦が出迎えてくれた。

おじいさん「いらっしゃい」
「あぁ、環ちゃん!」

環「こんにちは」
「ふたり、いいですか?」

おばあさん「いいよ」

それからおばあさんはふたりを席に案内。
そしてお茶を配膳しつつ、誠を見てから環を見て。

おばあさん「環ちゃんにもやっといい人ができたのね」

環、焦って。

環「違いますっ」
「こちらは旅先でお世話になった方で」
「今日は出張がてら来てくださったんです」
「ただそれだけですから」
「そんないい人だなんて含みのある言い方されると篠塚さん、どんな反応したらいいか分からなくなっちゃうじゃないですかー」

おばあさん、必死に否定する環から誠に目を向ける。

おばあさん「個性的な子だけどとても優しいいい子だから」
「よろしくお願いしますね」

誠「はい」

誠、笑顔で答えるとおばあさんは満足そうに頷いた。

おばあさん「注文決まる頃にまた来るわね」

環「はい」

環はおばあさんからら受け取ったメニューを誠に向ける。

誠「このお店はよく来るの?」

環「外食は余裕のある時にしか出来ないのですが」
「家庭料理を出してくれるこちらのお店は学生に人気のお店なんです」

誠「へぇ」

誠、店内に目を配ると確かに学生が多かった。

環「心細くなったり」
「栄養が足りないって思った時、私もこちらで心身ともに満たしてもらっています」
「でももしかして居心地悪かったりしますか?」

環、誠の視線に気づいて訊ねると誠は環の方を向く。

誠「そんなことないけどどうして?」

環「学生が多いから…いや、でも篠塚さんは全然学生で見た目通るので大丈夫だと思うんですけどねっ」

誠、笑う。

誠「それはさすがに無理あるよ」
「でもここに連れてきてくれたのは意味があるからでしょう?」

環、頷く。

環「栄養たっぷり。素朴なお味」
「外食が多い篠塚さんにはこちらの方が合ってると思ったのです」

誠「そっか。ありがとう」
「気を遣ってくれて嬉しいよ」

誠の柔らかな笑顔にホッとする環。
お茶をひと口含んでから。

環「私が手料理を振る舞うことも一瞬考えたのですが」

誠「それも嬉しいのに」

環「部屋がレポートの山で足の踏み場がないのでダメでした」

情けなく言うと誠はハハッと声に出して笑った。
それからメニューに目を向け、誠は魚定食を、環は生姜焼き定食を注文した。

ーーーーー

環「すみません」
「ご馳走になってしまって」

店を出て、困ったように眉根を寄せる環。
誠は首を横に振る。

誠「気にしない」
「久しぶりに美味しい家庭料理食べさせてもらえて大大大満足なんだから」

環「でも…」

(せめて自分の分くらい支払えばよかった)
(ご馳走してもらう理由なんてないもの)

俯く環を横目に見て、誠、ひとつ提案する。

誠「じゃあもう一件付き合ってくれない?」
「まだ時間平気だよね?」

環、腕時計で時間を確認してから顔を上げ、頷く。

環「どちらか行きたい場所、ありますか?」

誠「この辺りに美術館があるって駅で見たんだけど」

環「そこでしたらここから歩いて15分くらいです」
「ご案内しますね」

ビシッと敬礼ポーズを取る環に、誠も同じように敬礼ポーズで応える。

誠「よろしくお願いします!」

笑ってからまた並んで歩くふたり。
さりげなく車道側に立つ誠。
その様子に気づく環。

環(大人だなぁ)
(洗練された大人の男性)
(一緒にふざけてくれるけど)
(本来ならこんな風に関われるような方じゃないんだろうな)

誠、環の視線に気づいて。

誠「どうかした?」

環「すみません」
「篠塚さんを観察していました」

誠「観察?」
「それで結果は出た?」

環「まだです」

誠「そっか〜」

誠、環を見下ろして。

誠「前にも思ったんだけど、環ちゃんって結構気さくに話が出来るよね?」

環「そうですね」
「あまり人見知りとかはしないです」

誠「学校でもそんな感じ?」
「親しい男友達みたいのはいるの?」

環「仲良くしてもらっている同級生がふたりいます」

誠「へぇ」
「どんな子?」

環「ひとりは明るくて」
「もうひとりは頭が良くて」
「私はいつももらってばかりです」

(堅の明るさには寂しい時救われた)
(頭のいい秋には勉強やレポートをサポートしてもらっている)

環「母にもふたりのことはよく電話で話していて」
「だから優里の分と一緒に野菜とか送って来てくれるんです」
「でも卒業したらもう会えなくなっちゃうね、ってこの前話してて」

ふたりに想いを馳せ、切なく節目がちになった、これまでに見たことのない環の表情を見て、少しだけ気分が悪くなる誠。

誠「大好きなんだね」

環「はい」

誠「そのどちらかが彼氏だったりして?」

聞くと環は全否定する。

環「まさか!」
「私なんて相手にされませんよ」

誠「そう?」
「僕が同級生だったら間違いなく環ちゃんを彼女にしたいって思うけどな」

環「それは」

(私のことを知らないからだ)
(これまで彼氏がいたことはないし
告白されたことだってない)
(浮いた話は皆無)

環「篠塚さんはモテるんでしょうね」

誠「気になる?」

環「気に…はなるような、ならないようなですが」

環、誠に惹かれそうな気持ちをグッと堪えるように言葉を濁す。

誠「それはショックだなぁ」

環、失言だったと焦る。

環「すみませんっ、私」
「自分で話を振っておきながら」
「失礼を」

誠「本当だよ」
「なにかお詫びしてもらわないとなぁ」

環、誠の次の言葉を体を硬くして待つ。
誠、立ち止まり、環の背に合わせるよう身を屈めて環の目を上目遣いに見て。

誠「僕の彼女になってもらおうかな」

環「…え?!」