恋愛のタイミング


⚪︎誠、オフィスの自室で。

配達伝票に書かれている『玉城環』の文字を呆然と見つめる誠。

数分前。

ミーティングから戻り、書類整理に取り掛かっていた誠。
そこへ段ボール箱を抱えた事務員がやって来た。

事務員「失礼します」

対応する藤野。

藤野「篠塚先生」

呼ばれて顔を上げる誠。

藤野「先生にお荷物だそうです」

事務員の手元に目をやる。

誠「ありがとう」

誠、事務員から段ボールを受け取る。

藤野「どなたからですか?」

そこに書かれていたのが環の名前。
宛名を見て驚いたように目を見開く誠。

藤野「先生?」
「どなたからだったのですか?」

固まっている誠に声を掛ける藤野。

誠「え?あ、いや」
「ちょっと予想外で…あ、ちょっとそこのカッター取ってくれる?」

カッターを手渡す藤野。
誠、少しだけドキドキしながら箱を開けると中に入っていたのは沖縄の特産品。
箱から取り出し手に取る誠。
それを見て藤野。

藤野「あ!」
「それ、有名なんですよ」
「最近流行りで入手困難なお菓子」
「現地でしか手に入らないっていう」

藤野がお菓子に近寄る。

藤野「でも先生、沖縄出身のクライアントっていましたっけ?」

誠「いや」
「これは」

言いかけて同封されている手紙を見つけた誠。
その場で開けようと思ったがなんとなく藤野の気配が邪魔に感じて質問には答えず指示を出す。

誠「そうだ」
「ちょっと資料取ってきてほしいんだけど」

藤野「資料ですか?」
「どちらの資料でしょうか?」

誠「あ、えっと」
「ここの会社の資料」

机の上にあったファイルを手に取り、余裕な表情で。

誠「過去3年分、取って来てくれる?」

藤野「かしこまりました」

藤野、部屋を出る。

その直後、誠は手紙の封を開ける。
そこには綺麗な字でお礼が書かれていた。

篠塚さま
拝啓 

寒さ厳しき折、篠塚様におかれましては益々ご健勝のこと、お喜び申し上げます。

先日はありがとうございました。
とても楽しいひとときとなりました。

心ばかりの品ですがお口に合えば幸いです。

どうぞお体にお気をつけてお過ごしくださいませ。 
敬具

誠「…え?あれ?終わり?」

手紙を表裏にする誠。

誠「連絡先とかは?!」
「え……」
「ハハっ!」

思わず声に出して笑う誠。

誠「真面目」
「だけど」

誠、笑みの溢れる口元を手で押さえて。

誠「男心をくすぐるの、上手いじゃん」

誠、段ボール箱表面の配達伝票に視線を落とし、住所を手でなぞる。

誠「面白いね」

誠、スマートフォンを取り出し、誰かに電話する。

誠「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」

⚪︎大学 学食

環、同級生4人で昼食。
優里と環と堅(男)と秋(男)

環と秋はお弁当
残り2人は学食の定食

環、実家から届いたばかりのお菓子を出す。

優里「早速食べていい?」

環「どうぞどうぞ」

優里「わーい!」
「私、これ、大好きなんだー!」
「ありがとうね」

環「どういたしまして」
「堅と秋も食べて」

堅「ありがとう」

秋「いただきます」

美味しそうに頬張る3人を見て、微笑む環。
それから袋に小分けにした野菜を渡す。

優里「いいの?」

堅「環が自分で使ったら?」

環「こんなにたくさんあっても食べきれなくて傷ませちゃうだけだから」
「それにお母さんがみんなにって」

優里「お礼、言っておいて」
「いつもありがとうございますって」

環「伝えておく」

環、秋に渡すと、堅は神妙な顔つきで。

環「どうかした?」

聞くと堅はしみじみと。

堅「この野菜とお菓子、もらえるのもこれで最後かなーって思ったら切なくなってきた」

環「どうして?」

堅「今は実習を終わったから少し時間に余裕があるけど」
「卒業論文の作成と発表、それから卒業試験に国家試験。それが終わったらみんな別々の道に進むんだ」
「こうして集まれるのも、環の実家の野菜食べられるのも、なくなっちゃう」

優里「たしかに」
「寂しくなるね」

しんみりした空気が漂う。

環「堅は就職先、どこにするんだっけ?」

堅「製薬会社」
「だから優里とはライバル関係だな」

環「秋は調剤薬局だよね?」

秋「あぁ」
「環は病院薬剤師だよな?」
「実家に戻るのか?」

環「うん」
「この前お母さんにも話して来た」

(母子家庭で育った私は母にかなりの負担をかけている)
(親孝行出来るうちにしないと)

堅「寂しくなるなぁ」

優里「気が早いよ」

笑う優里。

秋「でも入学してから5年一緒にいるんだ」
「残り一年一緒にいられるとはいえ寂しくなるよ」

秋が伏し目がちに下を向く。
口元は微笑んでいるけど本当に寂しそうな様子。
その姿を見て顔を見合わせる優里と堅。
ふたりは秋が環をずっと想っているのを知っている。

環は切なくしんみりした空気を変えるようにニカっと笑って。

環「卒業しても時間合わせて4人で集まろうよ」
「沖縄にも来て!」
「案内するから」

堅「いいね、沖縄!」
「海とか綺麗だろうな〜!」

未来のことを楽しく話す4人。
そこへ環を呼ぶ声が。

助教授「玉城さん」

環、振り返ると助教授が近寄ってきていた。
環、立ち上がり、頭を下げる。

環「佐野先生」
「こんにちは」

助教授「こんにちは」
「ちょっといいかな?」

環「はい」

と言って助教授に近寄る。
するとメモ紙が差し出された。
受け取るとそこには携帯番号が書かれていた。

助教授「時間がある時でいいからここに電話してくれる?」

環「これはどなたの連絡先ですか?」

聞いても助教授ははぐらかす。

助教授「電話してみれば分かるよ」
「というより言うなって言われてるから」

環「それって…怪しくないですか?」

環、訝しげな様子で助教授を見る。
助教授、困った様子で。

助教授「僕の知り合いからだから大丈夫だよ」

環「その方がどうして私に?」

助教授「それはちょっと分からないけど」
「まぁ大丈夫だよ」
「ちゃんとした人だから」
「必ず電話してね」
「必ずだよ」

助教授、念を押し、その場を離れる。
環、助教授の背中を見ながら首を捻って3人の元に戻る。

優里「なにを渡されたの?」

環、メモを見せる。

環「ここに電話しろって」
「なんだろう?」

秋「もしかして就活の話しとかかもよ?」
「実習先で好印象だと先方から連絡あるって話聞いたことがある」

堅「環はしっかりしてるからな」
「引くて数多だろうし」
「くぅー!早々に就職先決まるなんて羨ましい」

環「いやいや」
「まだその話って決まったわけじゃないから」

優里「どうするの?」
「電話してみる?」

環「うん…先生に言われた手前、無視するわけにはいかないから」

環、手元のメモを見ながら。
(どうせ電話しなきゃいけないなら早い方がいいよね)
(今なら佐野先生も校内にいることだし)
(なにかあれば相談できるから)

環、残りのお弁当を素早く食べて片付け、立ち上がる。

環「ちょっと電話してくるね」

環、食堂を出た先にある廊下の突き当たりで慎重に番号を確認しながら通話ボタンを押す。

3コール目で相手は出た。

男性「はい」

低い男性の声にドキッとする環。
聞き覚えは正直なかった。

環「あの」
「突然のお電話すみません」
「私、玉城環と申します」
「佐野先生からこちらに連絡するよう申し付けられました」

男性「ハハ」
「環ちゃんらしい文言だね」

環「え?」

男性「なんでもない」
「それよりありがとう」
「連絡待っていたんだ」

明るい声に環の不安は少し減る。
でも警戒している様子で。

環「あの」
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

男性「『沖縄のお菓子ありがとう』って言えば分かるかな?」

環「沖縄の……あっ!」

環、驚いて大きな声が出る。
廊下を歩いていた生徒が環を見る。
慌てて物陰に隠れる。

環「篠塚さん、ですね?」

誠「そうだよ」
「覚えていてくれて嬉しいな」

環「そりゃ忘れるわけない…って、え?ど、どうして?」

パニックの環。
その様子が目に浮かび、楽しそうな誠。
環が送って来た配送伝票を手に話を進める。

誠「環ちゃんさ」
「宅配伝票に書かれてる電話番号」
「ご実家の電話番号だよね?」

環「はい」
「実家から送りましたので」

誠「あー、やっぱりね」

少し不満げな声を出す誠。
不安になる環。

環「私、なにか失礼なことを?」

誠「まぁ、そうだね」
「ありがとうって伝えるのにすごい遠回りした」

環「…はっ!そうですね!すみません」
「携帯の電話番号書けばよかった!」
「すみません」

反省でスマホを持つ手と反対の手で頭を抱える環。

誠「わざと?」

環「え?」

誠「僕から連絡来ないようにわざと書かなかった?」

環「そんな!」
「そんな発想になるとは思わず!」
「どうしよう」
「なんとお詫びすればいいか」

あたふたする環。
笑う誠。

誠「ハハ」
「ごめん」
「揶揄っただけ」

環「揶揄った…なるほど」
「揶揄われたのですね」

誠「そう」
「環ちゃん、面白いから」

環「それは喜んで良いのでしょうか?」

誠「いいよ」
「喜んで」

耳元で囁くような甘い声にドキっとする環。
そこへ秋がやって来る。

秋「環!」

環を呼ぶ声に受話器越しにビクッと反応する誠。
環は秋の声に振り向き、電話中だと無言でアピールする。

秋「あ…悪い」
「電話中だったな」
「でもそろそろ予鈴鳴るぞ」

環「わかった」
「ありがとう」
「先に行ってて」
「すぐに行くから」

『すぐに行く』に不快感を抱く誠。

環「あの」
誠「環ちゃん」

被せるように言う誠。

環「はい」

誠「今度会えない?」

環「え?」

誠「もう少し話がしたいんだけど」
「ていうか会いたいんだけど」

環「え…えっと」

突然のことに動揺する環。    
言葉が出ず沈黙が続く。
それに耐えきれなくなり、誠が口火を切る。

誠「実は今度ね、仕事で関西方面に行くんだ」
「美味しい食事が取れる場所を教えてもらえると嬉しいんだけど」

環「そういうことですね!?」

(そうだよ)
(『会いたい』なんて甘い声で言うから動揺しちゃったけど)
(大人が子供を相手にするわけないじゃない…って)

環「はっ!」

環、気づく。

環「あの、私、あまり高級なお店は行ったことがなくて」

誠「ハハ、そこは求めてないよ」
「環ちゃんが美味しいと思う場所でいいんだよ」

環「そういうことでしたら」
「美味しいところは何件かありますのでご案内します」

誠「ありがとう」
「じゃあ予定出たら連絡するね」
「午後の授業頑張って」

環「はい」
「ありがとうございます」
「はい」「では」
「失礼します」

通話を切る環。
フゥッと息を吐き出し振り向くとそこには優里が。

優里「まさか篠塚さんの連絡先だったとはね」

優里に驚いて一瞬飛び上がる環。

環「びっくりさせないでよ!」
「ていうかどこから聞いてたの?!」

優里「佐野先生から連絡するよう申し付けられました、っていう堅苦しい挨拶から」

環「ほとんど初めからじゃない」

呆れ顔の環。

優里、距離を詰めて。

優里「それで?」
「次、会う約束したの?」
「したんだよね?」
「美味しいところがどうのって話してたもんね?」

環「今度、仕事でこっちに来るんだって」

優里、首を傾げて。

優里「それ本当?」

環「嘘つく理由なくない?」

今度は環が首を傾げる。
優里、首を横に振って。

優里「ただ『会いたい』って言うだけだと重いから仕事ってことにしたんじゃないの?」
「わざわざ佐野先生経由で連絡まで取るなんて、環のこと気に入ってる以外に考えられないんだけど」

環「そういえばなんで佐野先生経由だったんだろう?」
「聞くの忘れた」

優里「そんなの中美南製薬の友達が佐野先生の友達だからでしょ」
「同い年くらいじゃん」
「佐野先生と」

環「たしかに」

腑に落ちる環。

優里「ていうか話の矛先はそこじゃないから」

ふたりは並んで研究室へ向かう廊下を歩きながら話す。

環「矛先?」

優里「そう。環に春が来たってことだから」
「羨ましいよぉぉ!」

優里、環を揺さぶる。
環、それを止めて。

環「だーかーらー!仕事のついでなんだって」
「それに私たちはこれから就活、国試って人生で大事な場面が来るんだよ?」
「さっき話していたばかりじゃない」

優里「じゃあもし『付き合ってほしい』とか言われたら断るの?」

環、一瞬躊躇うも頷く。

優里「えぇ?!」
「なんで?もったいない!」

環「今じゃないから」

(たしかに篠塚さんはカッコよかったし、話しやすかったし、また会えるの、嬉しいとは思うけど)

環「今じゃない」

優里、環を見て。

優里「最近その台詞、よく口にするね」

環「え?そう?」

優里、頷く。

優里「私が中美南製薬の話聞こうとした時言ってた」
「まぁ、あの時は正論だったけど」
「『今じゃない』で後悔しないようにね」

環「うん…」

難しい顔でスマホを見つめる環。