恋愛のタイミング

⚪︎ライブ会場までの道

口元を押さえたまま立ち止まり固まる誠。

そんな誠の異変に気付いた秦。

秦「どうかしたか?」

誠「え?あ、いや……」

(まさか彼女の屈託ない、飾り気のない笑顔に胸を打たれた、とは言えない)

(だって10歳近く離れた子だぞ)
(しかもまだ学生)
(秦に言ったところでバカにされるのは目に見えてる)

誠「なんでもないよ」

平静を装うも長年の付き合いの秦は騙されない。

秦「本当か?」
「何かあったなら早めに言えよ?」

誠「本当になんでもないって」
「しつこい男は嫌われるぞ」

秦「お前、今日そんなことばかり言ってるな」

秦、ハッとして。

秦「まさかあの子に惚れたとか?!」
「やめろよ?」
「学生だぞ?」
「声掛けた時点でギリギリアウトなんだからな」

誠(やっぱりそう言うよな)

誠、困り顔で。

誠「そんなこと分かってるよ」
「彼女たちに関わるのはそこまでだ」
「もう二度と会うことはない」

誠、前にいる優里と環を見る。
その視線には少し切なさが感じられる。

秦「お前、やっぱり」
誠「しつこい」

誠はそれだけ言うと優里と環に近寄る。

誠「ふたりともー!」

気付いた環と優里。
振り返る。

誠「早く行かないとグッズ売り切れちゃうかもしれないよ」

環「それは大変!」
「誠さんたちも急ぎましょう!」

名前を呼ばれてドキッとする誠。
環の横にいる優里も驚いた表情で環を見る。
環は腕時計に目を向けているのでそれには気づかず、話しを続ける。

環「今から急げば20分は見て回れる!」
「よし!小走りで行きましょう…って、あれ?」
「グッズ、買いますよね?」

あまり急ぐ様子のない、その場で固まっている誠を見て、環、首を傾げる。
誠、ハッとして。

誠「グッズ…!」
「そういえばアクリルキーホルダー、買う約束していたよね?」
「行こうか?」

環「それは」

環、駅ビルでのやり取りを思い出して。

環「お断りしたはずです」
「これ以上お支払いいただくわけにはいきませんから」

環、ビシッと言うと、誠、ニコッと微笑んで。

誠「じゃあ早く行くといいよ」
「俺たちは歳だから」
「ゆっくり行く」
「な?」

誠、秦に同意を求める。
秦、頷いて。

秦「気をつけて行けよ」

誠「ライブ、楽しもうね」

手を挙げる誠に同じようにして応える優里と環。

優里、環「はい!」

それから優里、環と顔を見合わせてから。

優里「今日はありがとうございました」
環「ありがとうございました」

ふたりは頭を軽く下げて、会場へと駆けていく。

誠「若いっていいな」

眩しそうにふたりの背中を見つめる誠を見る秦。
誠の背中にポンと手を当てて。

秦「俺たちも行こう」

誠「あぁ」

会場へと足を運ぶ誠と秦。

⚪︎ライブ終わり、新幹線の車内

環と優里、隣り合わせで座りながらグッズを並べておしゃべり。

環「連絡先、聞けばよかったかなー…」

優里「誰の?」

環「誠さんの」

優里、ピクッと反応。
グッズから視線を環に変える。

優里「ねぇ」
「さっきも思ったんだけど、なんで名前呼び?」

環「え?」

環も優里の方を向く。

優里「普通、呼ぶのって名字じゃない?」
「相手歳上だし」

環「そう…だね?!」

ハッと気づく環。
慌てて。

環「秦さんが『誠』って名前で呼んでたからつい」
「あ!『秦さん』も名前呼びじゃん!」
「ていうか本人に名前で呼んじゃったし!」
「失礼だったよね?!」
「どうしよう!」

頭を抱える環に呆れ顔の優里。

優里「どうしようって言っても」
「もう二度と会わないんだから気にすることないんじゃない?」

環「そう、だね」
「そう…なんだけど」

優里、表情の翳った環を見てピンとくる。
ニヤリと微笑んで。

優里「好きになっちゃった?」

環「え?!」
「そんなことよりないよ?!」

あたふたする環。
優里、微笑んで。

優里「たしかにイケメンだったもんね」
「しかも弁護士」
「話しやすいし年齢聞かなきゃ分からないくらい若々しいし」

環「いや、ほんとに違うからっ」
「それにあんなにステキな方が独身とは限らないじゃない」

言って少しだけ表情を翳らせる環。
優里、したり顔で。

優里「あのふたり、独身だよ」
「しかもふたりとも恋人さえいないの」

環「なんでそんなこと知ってるの?」

驚く環に並んで歩いているときに聞いたと優里は言う。

優里「就活のこと聞けないなら話題はもう振り切って恋愛関係かなって」
「私、えらくない?」

環「えらいような…えらくないような」

優里「しかも」

優里はカバンから名刺を取り出して。

優里「ちゃんと取っておいたの」
「環にあげる」

環、それを受け取ってしばらく見つめる。
優里、環の様子を横目で見て。

優里「お礼の連絡入れてみたら?」

環「優里もする?」

優里、首を横に振って。

優里「誘ってきたのは向こうだし」
「お礼とか要らないって言ってたから私はしない」
「でも環がもしこの縁を大事にしたいと思うなら」

優里、ニコリと微笑んで。

優里「お礼の連絡くらいしてもいいと思うよ」

優里に背中を押された環。
うん、とひとつ頷いて。

環「どうせならなにか送ろうかな」

優里「え?いや、そこまでしなくても」

眉根を寄せる優里に首を振る環。

環「どうせ実家に帰るから」
「郷土のお土産を送るよ」
「沖縄出身っていうのは話題にも出てたし」

それなら、まぁ…と優里。

優里「ちょうど冬休みでよかったね」

頷く環。

優里「環が毎年買って来てくれる現地でしか手に入らないお菓子」
「あれがいいかもね」
「私は好き…って、これ、催促ね」

環、ハハっと声に出して笑って。

環「新学期に渡す」
「同じもの、誠さん…じゃなくて篠塚さんに送ってみるよ」

車窓に目を向けて、和かな笑顔の環。


⚪︎誠 ホテル
レセプションパーティー

誠、挨拶を一通り済ませて窓際で、ひと息ついているところに年配男性が近寄ってくる。

年配男性「篠塚先生」

誠、振り返る。

誠「あぁ、兼子先生」
「ご無沙汰しております」
「いらしていたんですね」
「僕の方から挨拶に伺うべきところを」
「申し訳ありません」

兼子「いやいやそこはお気になさらず」
「お忙しいでしょう?」
「声を掛けられることも多いのでは?」
「篠塚先生のご活躍はよく耳にしますから」

誠「まだまだです」

兼子「またまたご謙遜を」
「そうだ、お父様はお元気ですか?」

誠「えぇ」

父は弁護士会の副会長だ。

誠「あそこにいますよ」
「呼んできましょうか?」

僕に寄ってくるのは父のことかもうひとつくらいしかない。

兼子「あとで挨拶に行って来ます」
「それより」

誠、ピクッと反応する。

兼子「お相手は見つかりましたか?」

誠、やっぱりという顔。
でもすぐに和かな笑顔で。

誠「なかなか良縁に恵まれなくて」

兼子「そうでしたか!」
「ではうちの娘などは」

誠(この手の話、今日だけで3人目)

上手く断るも弁護士について来ている若い女性からも色目を使われる。

手に持っているグラスのシャンパンを煽るように飲む誠。

そこへ秘書の藤野佳織が声を掛ける。

藤野「そんな飲み方されるのでしたら本格的にお相手を探した方がよろしいのでは?」

誠「そうかもね」

(こういう場は顔を広めるためにも参加しないといけないと分かっているけど)
(正直疲れる)

(仕事もそうだ)

(刑事事件)
(民事事件)
(依頼者との打ち合わせ)
(顧問先とのやり取り)
(電話対応)
(書類整理)

(目まぐるしい毎日に余裕はない)
(幸い親父は口うるさく言ってこないけど)
(気にはしているはずだ)

誠「藤野さん」
「親父に何か言われた?」

誠、父を見ながら藤野に訊ねる。

誠「さっき、話していたでしょう?」

誠、視線を藤野に向ける。
藤野はある一人の女性に目を向けて。

藤野「如月先生はどうかと」

誠、如月先生と呼ばれた女性の方を見る。
凛とした佇まいの美人。

(たしか年齢はさほど変わらなかったはず)
(うちと同じで親も弁護士)
(弁護士資格取れたのは最近だったと聞いたような気がするけど)
(正直あまり覚えていない)

藤野は誠の表情を見て察するも。

藤野「お父様の手前、ご挨拶だけでも」

誠、めんどくさそうにするも、如月の元へ。

誠「こんばんは」

如月、誠を見上げて。

如月「篠塚先生」
「こんばんは」
「すみません、私からご挨拶に伺うべきところを」

誠「気にしないでください」
「僕もつい先ほど似たようなやり取りしましたから」

苦笑いの誠。
フフッと微笑む如月。
その笑みは息を呑むほどに美しい。
でも誠の心には響かない。

誠「今後ますますのご活躍を楽しみにしております」

如月「ありがとうございます」

誠「では」

話したりなさそうな如月を横に、その場を後にする誠。

誠「藤野さん」
「車出してくれる?」

藤野が困ったように眉根を寄せて。

藤野「先生の心が動く女性はどのような方なのでしょうね」

誠、廊下を歩きながらネクタイを外して。

誠「僕自身が知りたいよ」

(恋愛経験がないわけでも過去の恋愛にトラウマがあるわけでもないけど)
(この女性こそ、と思えるような相手には出会えていない)

藤野「もういっそmonaと出逢えるよう手を回しましょうか?」

誠「ハハ」
「いいね、それ」
「この前のライブも最高だった」
「それにあの子ーー」

誠の頭の中に環の笑顔が過ぎる。

誠「可愛かったな…」

藤野「芸能人ですからね」

誠「いや、monaじゃなくて」

藤野「え?」

首を傾げる藤野になんでもないと言わんばかりに首を横に振る誠。

窓の外を見て。

誠「あの子」

(環ちゃんって言ったっけ)

誠「今頃どうしてるかなーー」


⚪︎環、実家。

環「だーかーらー!」
「こんなにたくさん入れたら迷惑だって!」

環の目の前には段ボールが。
その中には野菜やらお菓子がギッシリ詰まっている。

環母「お世話になった方へのお礼でしょう?」
「このくらいして何が悪いね」

環「やり過ぎても気を遣わせるだけだから!」

環母「じゃあこの野菜は大学の友達にあげなさい」

環「ありがとう」

ホッと胸を撫で下ろし、荷物を整理する環。

環母「それで?」

野菜を別の箱に詰めている母が環に問いかける。

環母「再来年には戻って来るの?」

環「そのつもり」
「こっちで就職しようと思うから求人出てたら教えてね」

環母「わかった」

柔らかな笑みの母。
環が帰ってきてくれるのを嬉しく思う、そんな表情。

環母「荷物はまとめて送るから」
「伝票書いておいてね」

ガムテープで留めた母はその場を離れる。

環「分かった」

環は返事をするとカバンから名刺を取り出す。

環「喜んでくれるといいな〜」