⚪︎新幹線のホームからの駅ビル内の飲食店
冬休みを利用して他県からやって来た環と優里。
小ぶりなスーツケース片手にハンバーグが有名なお店を前に佇む。
優里「混んでるねー…」
開店前にも関わらず長い列を成している。
優里「でもせっかく来たから」
確認するように言う優里。
ふたりは頷き合い列に並ぶ。
環「時間…間に合うかな」
腕時計と列を交互に見ながら不安を口にする環。
優里「開店まであと30分くらいだよね?」
「私、ちょっとトイレに行って来る」
環「場所は」
大丈夫、とお手洗いの場所を探しながら列を離れる優里。
環はまた腕時計を見て、それから列を見る。
環(今日の最大の目的は推しのライブに行くこと)
(開店が11時)
(荷物をコインロッカーに入れて)
(それから会場まで電車で移動しないといけないから)
(一巡目に入れないと厳しい)
環「微妙だなー…」
列の先を見ながらの環の呟きに前に並ぶ男性が振り向く。
男性「お急ぎですか?」
環、顔を男性に向ける。
長身かつ中性的な整った顔立ちの年上の男性だ。
環(わぁ!すごいカッコいい!)
驚きで声の出ない環に男性が焦った顔で。
男性「突然話しかけてごめん」
「でも僕も時間気にしてて」
「微妙だな…って思っていたら同じ呟きが聞こえたからつい」
男性は環から列に視線を向けて呟く。
男性「グッズ買いたいから早く行きたいんだけど」
環「え?」
環、驚いた表情で。
(今、グッズって言った!?)
環「あの、もしかして」
「今日このあとライブに行きますか?!」
男性は驚いたように目を見開き。
男性「monaのライブに行く予定」
男性は斜め掛けにしているカバンについているアクリルキーホルダーを見せる。
環、それを見てパッと表情を綻ばせて。
環「私もなんですっ!」
その環の明るい表情にドキッとする男性。
その反応を他所に環もスーツケースにつけていたアクリルキーホルダーを手に取り、早口で話す。
環「元々は友達が好きで楽曲を聴き始めたんですけど」
「今では私の方がハマっていて!」
「ライブ自体初めてなんですけど」
「もうめちゃくちゃ楽しみにしてて」
「これ、手作りなんですよ」
「でもそれは既製品ですよね」
「やっぱり違うなー」
「欲しいなぁ」
「買おうかなー」
「でも高いんだよなぁ」
興奮気味に話す環をジッと見つめる男性。
環、ハッとして。
環「すみません!」
(ダメだ)
(好きなことになると見境なく喋っちゃう)
(初対面の方相手に何してるんだ、私は)
猛省し、俯く環の頭上から優しい声。
男性「残念ながらこれはあげられないけど」
「アクリルキーホルダーくらいなら買ってあげられるよ?」
パッと顔を上げると男性は環の顔を覗き込むようにしていた。
その上目遣いの綺麗なアーモンド型の瞳と目が合い、胸がドキッとする環。
環(イケメンの破壊力!)
早まる鼓動を感じる環。
でもそれどころではないと慌てて首と同時に手を顔の前で横に振る。
環「自分で買いますので大丈夫です!」
「そのためにバイトしましたから!」
男性「ハハ、そっか」
「えらいね」
男性の柔らかな笑みにまた強い鼓動を感じる環。
さらには熱を帯びる頬。
それを隠すように俯く。
男性「しかし問題はこの行列だよね」
言われてまた前を向く環。
男性「このまま待っていたら間に合わない可能性が高いんだよ」
「だから」
男性は思い出したかのようにスマホを取り出し、なにかを調べ始める。
男性「やっぱり!」
「ねぇ、もしよければここに一緒に行かない?」
環、目の前に差し出されたスマホを覗き込む。
男性「支店があるんだよ」
環「本当ですね」
「でもここからだと距離が」
男性「大丈夫」
環「え?」
顔を上げる環。
と同時に男性は別の方向に手を挙げた。
見ると一人の男性が小走りに近づいて来ている。
そして目の前で止まった。
男性2「悪い」
「待たせた」
肩で息をする男性に、今まで話していた男性が話しかける。
男性「大丈夫」
「まだオープン前だし」
「話し相手になってくれる子もいたし」
男性にウィンクされて、動揺する環。
環(こういうのどう反応するのが正しいのかわからない)
困った様子の環を見て、呆れ顔の男性2。
男性2「いい歳してナンパとかすんなよ」
トゲのある言い方に環、表情を強張らせる。
男性「失礼な」
「僕たちは推し仲間なんだよ、ね?」
同意を求められて慌てて頷く環。
すると男性2は怪訝そうな顔で首を傾げた。
そこへ優里が戻って来る。
優里「遅くなってごめんっ」
「道に迷った」
環、ホッとした表情で。
環「よかった」
「戻ってきてくれて」
優里、首を傾げて。
優里「なにかあった?」
環「あ、えっと」
環、男性ふたりに目を向ける。
その視線を追う優里。
優里「え?」
「環の知り合い?」
環「違うけど」
「こちらの方もmonaのライブに行くんだって」
優里「へぇ…」
優里、男性を上から下に見て。
優里「関係者って言われた方が納得いくんだけど」
環(たしかにmonaは女性ファンが多い)
(それにこの人、芸能人みたいだもん)
(優里が言うのも納得)
男性2「簡単に声かけたりするから警戒されるんだよ」
「すみません」
「代わりに謝ります」
軽く頭を下げる男性2。
でももう一人の男性はそれを無視して。
男性「違う」
「話の途中だったんだ」
男性2「話?」
男性「そう」
男性、環と優里を交互に見て。
男性「ライブの時間が気になるから」
「これから支店の方に行こうって提案したんだよ」
「良ければ一緒にって」
優里「え?」
男性2「え?」
男性「車あるから乗せて行けるし」
「どう?」
優里「どうって…」
困惑する様子の優里。
男性2はため息をついて。
男性2「初対面のおじさんふたりに付いてくるほど今時の若者はバカじゃないって」
遠回しに拒否されていることに気づいた環。
対する優里は冷静に時計に目をやり、列に目をやり、スマホで支店を調べてから。
優里「ひとまず身分証を確認させていただいてもいいですか?」
男性、驚いた顔。それから破顔して。
男性「きみ、しっかりしてるね」
そう言いながら男性は名刺を渡す。
誠「篠塚誠」
「弁護士です」
「ほら、お前も」
もうひとりの男性は渋々といった様子でスマホを見せる。
秦「名刺は持ってないから」
優里、スマホを覗き込んで。
優里「中美南製薬の…取締役?!その若さで?!」
優里と環は揃って顔を見合わせる。
秦の眉間には皺が寄り、気だるそうにスマホをしまう。
その様子を環は見ていた。
誠「ん?ふたりのその反応なに?」
誠はふたりを見比べる。
優里「いえ」
「なんでもないです」
誠「えー?その反応」
「絶対なにかあるね」
「でも今は時間ないし」
「身分に納得してもらえたなら行こう」
環「でも」
まだ警戒心のある環は二の足を踏む。
優里が背中を押す。
優里「こんなチャンス二度とない!」
言われてハッとする環。
環「いや、ダメだと思うよ?」
「場はわきまえるべき」
優里「いいから」
「いいから」
優里は列から外れて誠に話しかける。
優里「お店に行く前に
コインロッカーに預けてもいいですか?」
誠も列から外れて。
誠「案内しよう」
「ほら、秦も」
めんどくさそうな表情の秦。
その顔を見て申し訳なさを感じつつ、先を進む優里を追いかける。
⚪︎支店
店員さんに席へと案内される二人の男性の後ろから環と優里。
コソッと小声で話す。
優里「なにから聞こうかな」
「採用条件…それとも採用人数」
「試験の内容はさすがに教えてもらえないよね」
興奮気味に独り言を呟く優里に環は真剣な表情で。
環「その話はここでしない方がいいと思うよ」
優里「どうして?」
環、秦の方を見て。
環「一緒に食事に行くのでさえ嫌そうにしていたし」
「私たちが反応したの見てめんどくさそうな顔してた」
優里「別に私はあの人に言い寄ろうとかしてるわけじゃないよ」
「私はただ」
優里の声が少し大きくなったところで誠が振り返る。
誠「何の話?」
振り向いた誠に聞かれたかもと焦る環。
環「なんでも…ないです」
誠「怪しいな」
「もしかしてまだ僕たちのこと疑ってる?」
環「いえ!」
「それは本当にないです」
環の全力の否定に微笑む誠。
ドキッとする環。
その様子を少し驚いたように見る優里。
四人、席に着いて。
メニューを開き、注文する。
誠「飲み物は?」
優里「私たちは水で大丈夫です」
誠「そんな遠慮することないよ」
「ここは秦が払うから」
誠、秦の肩をポンと叩く。
秦、不満げな顔で。
秦「誠が誘ったんだから」
「誠が払うべきだろ」
誠「ケチな男はモテないよ」
「ね?」
同意を求められて困る環。
冷静な優里が。
優里「自分たちの分は自分で払いますので」
「ね?」
環、頷いて。
環「むしろ交通費を支払わないといけないくらいです」
誠「そんなの気にしなくていいんだよ」
「それこそ誘ったのはこっちだし」
「きみたちまだ学生でしょ?」
環「あ!」
自己紹介していないことに気付きハッとする環。
環「玉城環、大学5年です」
優里「浜野優里」
「同じく大学5年です」
誠、環を見て。
誠「玉城って名字」
「出身は沖縄?」
環「はい」
「よくご存知なんですね」
驚く環。
誠、柔らかく微笑んで。
誠「こいつの元カノが同じ苗字だったから」
秦「おいっ!」
「余計なこと言うなよ!」
怒る秦におどける誠。
ふたりを見て。
優里「仲がいいんですね」
言われて秦の肩を組む誠。
誠「中学からずーっと一緒だから」
「こいつのことで知りたいことがあればなんでも聞いて」
優里「じゃあ遠慮なく」
身を少し乗り出す優里。
対する秦は表情を翳らす。
その様子にハッとする環。
優里「中美南製薬の」
そこまで言ったところで環が言葉を被せる。
環「優里!あれ見て!」
「めちゃくちゃ美味しそうじゃない?!」
運ばれている料理を見るよう優里の服を引っ張る環。
優里「え?あ、うん。美味しそうだね」
「それより」
秦の方を見る優里。
また言葉を被せる環。
環「お腹空いたなー」
「お料理まだかなー?」
「あ!ねぇ!きたんじゃない?」
タイミングよく運ばれてきて、目の前に料理が並んでいく。
優里「ちょっと環!」
優里が小声で環を嗜める。
優里「私の夢、知っているでしょ?!」
環「知ってる」
「でも」
「やっぱり今は違うと思う」
毅然とした態度で言う環。
優里は反論しかけてやめる。
優里「わかった」
「ごめん」
環「ううん」
(分かってくれてよかった)
微笑む環。
そんな環を目を細めて優しい眼差しで見つめる誠。
誠「ほら、ふたりとも」
「冷めないうちに食べな?」
環と優里、両手を合わせて。
優里、環「いただきます!」
環「んんー!」
「美味しい!」
「肉汁が…広がるー!」
優里「うん!」
「ほんとだ、肉汁すごいね」
「めちゃくちゃ美味しい!」
環「食べれてよかったね」
優里「うん」
感動に近い表情の環と優里を見て、感慨深く頷く誠。
誠「若いっていいねぇ」
秦「なにジジくさいこと言ってんだよ」
誠「ジジイだろ」
「俺たち大学卒業してから何年経ってると思ってるんだよ」
「8年だぞ?」
環と優里(大学卒業してから8年…)
(ストレートに入学卒業したとして)
(30歳!?)
環「信じられない」
思わず呟く環。
誠「あ、計算しちゃった?」
意地悪く言う誠に動揺する環。
代わって優里が言葉を繋ぐ。
優里「お若く見えますね」
誠「嬉しいな」
「な?秦」
誠から求められる同調に秦は見向きもせず。
秦「早く食べないとせっかく支店まで来た意味がなくなるぞ」
言われて時計を見る環。
急いでハンバーグを口に運びながら秦と誠の様子を伺い見る。
⚪︎駐車場からライブ会場
ライブ会場への道のりを前に優里と秦
後ろに誠と環の組み合わせで歩く。
環「あの」
環、誠に向けて。
環「今日は本当にありがとうございました」
「多分、私たちだけじゃ、ここまで辿り着かなかったです」
「それに食事までご馳走になってしまって」
「どうお礼をしたらいいのか」
誠「気にしない、気にしない」
「男ふたりで飯食うより若い子と食べられて嬉しかったんだから」
微笑み、環を見下ろす誠。
誠の視線にドギマギする環。
誠から視線を前に向けて優里の様子を見る。
誠も優里に視線を向ける。
誠「彼女、ほんとしっかりしてるよね」
「身分証の提示は最高だったな」
環「そうですね」
(いい人たちだったからよかったけど)
(冷静に考えたらやっぱり初対面の人の車に乗るのは危なかった)
表情を硬くする環。
誠「秦の肩書きが良かったのかな?」
環「え?」
誠を見上げると、誠は優里の方を見て話を続ける。
誠「大学5年ってことは薬学部か医学部」
「いや、薬学部だよね?」
環「どうして……」
誠「秦に興味津々だから」
環、眉根を寄せて苦笑いで。
環「露骨でしたよね」
誠、肩をすくめる。
環「私と優里はO大の薬学部生です」
「優里は入学当初から一貫して製薬会社、しかも中美南製薬志望で」
誠「へぇ」
「製薬会社っていくつもあるのにそのこだわりはどこからくるんだろう?」
環「中美南製薬が開発した薬で優里は病気から救われたからです」
誠「なるほど」
「でもそういうことなら話しをさせてあげてもよかったんじゃない?」
「いや、もう話してるか?」
誠、前を歩く2人を見て首を傾げる。
誠「秦もそのエピソードがあれば少しは耳を傾けるかも」
今度は環が首を傾げて。
環「そうですかね…?」
誠、環の図星な反応に驚きつつも困ったように眉根を寄せて微笑む。
誠「すごい洞察力だね」
「その通り。話さないで正解だよ」
「あいつはプライベートと仕事を完璧に分けるタイプだから」
「立場上言えないこともあるし」
「利用されるのは好まないしね」
環「そうですよね」
納得する環。
環「優里もきっとそこに気付いていると思います」
「優里は冷静さを欠くところはありますけど、人をよく見ているので」
「それに優秀なんです」
「今、あえて情報を引き出したりしなくたって自分の力で採用を手にすると思います」
優里に熱い視線を投げかける環を見て誠は微笑み、それから疑問を投げかける。
誠「環ちゃんは?」
「製薬会社志望じゃないの?」
環「私は病院薬剤師になりたいんです」
「マンガの影響なんですけど」
「あ、私、マンガオタクなので」
照れたように言う環を見て、可愛いと思う誠。
誠「いいね、環ちゃん」
言われて環、驚きの表情で。
環「引かないんですか?」
誠「まさか」
「大好きなことを見つけることが難しい人だっているのに」
「夢中になれるものがあるなんてステキだよ」
「しかもマンガから将来の夢を見つけられたなんて最高だと思うよ」
環「あ、ありがとうございます」
手放しに褒められて照れてしまう環。
でも本当に嬉しかった。
志望動機を考え直せと周りから言われていたから。
環「フフ」
誠「どうしかした?」
「僕、変なこと言ったかな?」
環「いえ」
「これはハッピーな気持ちが溢れた笑いです」
誠「なにそれ?」
困惑しつつも笑う誠に環。
環「今日、声をかけていただけて、お話しすることが出来てよかったな、オタクを褒められたな、って振り返って思ったらなんだかハッピーな気持ちが溢れて」
「それで笑いが起きたんです」
「今日、ここに来て本当によかったです」
環は誠の方を見て頭を下げる。
環「ありがとうございました」
パッと頭を上げた環の、心からの笑顔に誠は目を見開き、息を飲む。
次の瞬間。
優里「環!見て!」
前から優里が声を掛けた。
優里「ドーム!」
「あそこにmonaがいるんだよー!」
環「わぁぁ!」
環のテンションがさらに上がる。
環は優里の元に駆け寄り「ヤバイ!」「楽しみ過ぎる!」などと言葉を交わす。
その様子を見ながら誠。
誠「なんだ、あの破壊力ある顔」
赤くなった顔を隠すように口元を片方の手で覆う。


