「私がまだ小学生の頃の話なんだけど……」

 佐恵には2歳年下の弟がいる。
 自宅から通学しているので、両親、母方の祖父、そして今は高校2年生になっている弟の5人家族だ。
 みんな動物が好きで、特にアレルギーもないので、いつも何かしらの動物を飼っているが、鳥だけは、その弟が小学校3年か4年くらいの頃から飼っていないそうだ。

「まあ、それって実は私のせいなんだよね」

 佐恵が小学校高学年の頃、彼女の弟は熱心に白い桜文鳥の世話をしていた。
 くちばしの形から、「ツンちゃん」という名前をつけて、本当に可愛がっていたそうだ。
 一応、家族のペットとして飼っていたはずだったが、弟にしてみると「自分の」ペットという意識が強く、ケージもしょっちゅう自分の部屋に持ち込んでいたようだ。

「ねえ、私にもブンちゃん(・・・・・)貸してよ!」
「ツンちゃんだよ。名前も覚えないオネエには貸さないもんね」
「ふん!ナマイキ!」

 こんな感じの小競り合いも多かった。

 そんなあるとき、佐恵の友人が数人、家に遊びに来た。
 自室に行こうとしたとき、通りがかった、リビングに「ツンちゃん」のケージが置かれていたが、弟はいない。
 「白と桃色」という、女子小学生好みのカラーリングが愛らしい桜文鳥に、一同「かわいい!」「手に乗るかな?」と大いに盛り上がった。

 佐恵も、いつも独占している弟がいないのをいいことに、「ちょっとなら……いいかな」と思い、ケージからツンちゃんを出してみようと思った。
 首尾よく佐恵の手に乗り、「わあっ」と歓声が上がったちょうどそのとき、玄関先で子供の声がした。
 弟がやはり友達を連れて帰ってきたのだと、佐恵はすぐに察した。

 佐恵が鳥を手に乗せているのを見たら、「なに勝手にさわってんだよ!」と怒っただろう。
 しかし考えてみれば、弟が家族のペットを自分勝手に独占しているだけなのだから、ここは姉の威厳を見せ、「うちのペットなんだから、私が遊んでもいいじゃん」などと突っぱねればよかったのだ。

 だが、佐恵はそうできなかった。
 かいがいしく世話をしている弟の姿を見て、感覚がマヒしていたのかもしれない。

「やば、弟帰ってきた!」

 佐恵はそう言いながら大慌てでケージに戻した。
 その際、あまりにも性急だったようで、ツンちゃんの全身が入りきらないうちに、ケージの上下にスライドして開け閉めする扉を落としてしまった。

 それなりに勢いよく落ちた扉は、小さくもろい小鳥の頭部を、まるでギロチンのように躊躇(ちゅうちょ)なくカットした。

 鮮血で赤く染まった白い鳥の姿に、女子小学生たちの悲鳴が上がった。

 その声に驚いてリビングにやってきた弟は、一瞬言葉を失ったが、すぐに「誰だよ、こんなひでーことしたの!」と泣き叫んだ。
 佐恵の友人たちは、「お邪魔しましたあ~」と逃げるように帰ってしまった。
 
 弟は佐恵を詰問した。

 わざとではないとはいえ、目の前のこの惨状を作ったのは自分である。
 しかし佐恵は、それを白状することができなかった。

「わかんない……」
「見てたんだから、わかんないわけないだろ!」
「だって、だって、みんな(・・・)で遊んでたら、あんたが帰ってきて、ケージに戻そうとしたら、ドアが落ちてきて(・・・・・)……」

 佐恵はいつもしっかり者で、割と弁が立つイメージを周囲に与えていた。
 だから弟も、そんな姉のうろたえ方を見て、幼心に「うそは言っていない」と感じ取ったのだろう。

 佐恵は、「わざとじゃない。でもごめん。ごめんなさい」とわび続けた。
 弟も、どうしても許せないという気持ちを捨てきれないものの、佐恵を責め続けるのも違うとも分かっていたのだろう。
 「もういいよ……」と言った後、ふだん家の庭いじりをしている祖母に相談し、すみっこに墓を作って手を合わせるようになった。

 弟はしばらくは落ち込んでいたが、その後、両親と一緒にペットショップに行き、ゴールデンハムスターを買ってもらっていた。
 インコなどの鳥も勧めたが、「鳥はもう嫌だ」と言ったそうだ。小さな頭が無残に切られた姿がトラウマになってしまったらしい。

「その後もカブトムシ飼ったり、毎朝早起きして犬の散歩したり、ずっと動物の世話はしてたよ。てか、今もかな」

「それだけにショックだったんだろうね」

 英輔の万引きの話のときは口を開かなかった由樹子が意見を言った。
 自分も、そこまで凄惨ではないが、可愛がっていた鳥を死なせてしまった(多分寿命だったのだろうが)経験があるので、じわっと弟の悲しみに共感できたのだろう。
 
「うん。なぜかかツンちゃんへの思い入れが半端じゃなかったからね。今も鳥だけは飼う気がしないって言ってる」

 ひとしきりしんみりした後、文也がぽつりと、「でもそれ、“秘密”なのか?」と言った。

 確かに佐恵は、特定の誰かに罪をなすりつけたわけではない。
 いろいろと悪手を打ってしまったものの、けっきょく事故といえば事故だ。
 「何も知らない弟」に隠し続けているわけでもなかったし、わだかまりを少しずつ溶かして、今はごく普通の関係らしい。

「私にはネタっていうか、隠し球っていうか、そういうのないんだよね。思いついたのがこれくらいで」

 何にせよ、小学生の女の子には心の修羅場的なものだったろうから、「まあいいか、合格(・・)」と文也がジャッジした。

 「え、合格とか不合格とかあったの?」と、可南美が思わず突っ込んだ。

 「そういうわけじゃないけど、ノリだよ、ノリ」と、軽い調子で答える文也。

 いずれにしても、この後は聞き手の期待値が上がることになりそうだと、残りの4人はそれぞれに、あれこれとネタ探しを強いられることになった。