若い者が集まって酒を飲めば、他愛もない話でもそこそこ盛り上がる。

 授業のこと、サークルやバイト先の先輩のこと、一人暮らしや寮生活の悩み、自宅生なら「親がうるさくて」的な、ちょっとした粋がりを含んだ愚痴など、話題はいくらでもある。

 インターネットもスマホもない時代だが、テレビがまだ元気だったので、ドラマやバラエティ、時にはちょっと癖の強いニュースキャスターの物まねなどを交え、げらげら笑いながら元気に飲み食いした。

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 ある日の二次会が、学校のすぐ近くに住んでいる英輔(えいすけ)の家で行われた。
 7.5畳のフローリングの部屋で、ベッドと机は別の3畳のスぺースに置かれているとのことで、6人集まってもまあまあのゆとりがあった。

「けっこう広くていい部屋だねえ」
「うん。割と古いんだけど、いい感じだよ」

 ポテトチップスやナッツなどの乾きモノを肴に、おのおのがビールや缶チューハイを傾けながら、ひとしきり自分の住居事情を話した後、会話が途切れたスキを突くように、映画好きの(さとし)がこんなことを言った。

「あ、そういえばさ。こないだ深夜番組で見たアメリカ映画の中でさ、
自分の今までの人生の中で一番の秘密を打ち明け合うってシーンが出てきたんだよ」

「あー、そういうのあるよね。私も見た。たしか……」

 こういうとき、人の話に真っ先に相槌をうつ可南美(かなみ)が真っ先に食いついたが、具体的な映画のタイトルも言っていたので、調子を合わせただけではないようだ。

 由樹子にはピンと来ない話だったので、「ふうん?」と聞きながら、(面白そうだけど、秘密、ねえ……)と、自分自身が告白するイメージは一つも湧かなかった。

 居酒屋と違って、周囲にほかの客はいない。いわば身内(・・)だけの空間だ。
 そんな気楽さも手伝って、慧が、くだんのゲームをやってみないかと提案した。

 「え、秘密って――しゃべっちゃったら秘密じゃなくなるじゃん」と、佐恵がもっともなことを言った。

「だから、ここだけの話、ってことだよ、なあ?」

 文也(ふみや)が助け船を出すように、慧に尋ねた。

「そういうこと。俺たち以外の誰かに言いふらさなきゃいいだろ?」

 映画好きの慧も、ファンタジー好きの可南美も、この十数年後の大ヒット映画(※下記注)で「秘密というのは、みんなが知っていること」という名台詞が飛び出そうとは、知る由もなかった。



『ハリー・ポッターと賢者の石』
映画は2001年公開。

「地下室でクィレル教授と君の間に起きた出来事は秘密じゃ。
つまり、秘密ということは、皆が知っとる。」
What happened down in the dungeons between you and professor Quirrell is a complete secret.
So, naturally, the whole school knows.

という、ダンブルドア校長のセリフ

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 さて、秘密といっても、何か複雑な生い立ちだとか、身体的な特徴とか、実はある食べ物が(アレルギー以外の理由で)どうしても食べられないが隠しているとか、重大なものから比較的軽いものまでさまざまだ。
 当然誰も「絶対に知られたくないトップシークレット」は話すはずもない。

「俺実は、小学生のときに軽いノリで万引きして、近所の駄菓子屋つぶしたことあるんだけど……そういう話?」

 英輔が酔っぱらっていたのか、唐突にそんなことを言いだした。

「それはさすがにダメじゃん!どんだけ()ったのよ!」

 驚いた佐恵が絶叫に近い声を出したので、周囲がさすがに「しーっ」というしぐさをした。

「いや、俺が万引きしたのはせいぜい1回か2回だったんだけどさ」
「それじゃ倒産まではいかないんじゃない?」
「うん。だから間接的にっつうかね、同じクラスとか学年とかの連中に、何時ごろがねらい目とか、この商品は盗りやすいとかって情報出したわけよ。俺そこのばあちゃんと仲良しで、買い物しなくてもよく行っていたから」

 そして面白半分というか冗談半分で、仲のいい友達にいろいろ教えていたら、本当に万引きをする小学生が増え、結果的に経営が立ち行かなくなってしまった、ということらしい。

「もちろん、子供心にも、取り返しのつかないことしちゃったなあって思ったけど、ばあちゃん体の調子崩してたから、どのみち店(たた)もうかって考えてたみたいだし――って、精一杯自己正当化してきた感じ」

 英輔はそう言うと、うつむいて、「ばあちゃん……ごめんな……」と、少しあやしい呂律(ろれつ)でつぶやいた。
 いい話ふうに持っていくには罪深い話だが、なぜかその場の空気はしんみりとしたものだった。

 そこで佐恵が手を挙げた。

「じゃ次、私いいかな?」