若い者が集まって酒を飲めば、他愛もない話でもそこそこ盛り上がる。
授業のこと、サークルやバイト先の先輩のこと、一人暮らしや寮生活の悩み、自宅生なら「親がうるさくて」的な、ちょっとした粋がりを含んだ愚痴など、話題はいくらでもある。
インターネットもスマホもない時代だが、テレビがまだ元気だったので、ドラマやバラエティ、時にはちょっと癖の強いニュースキャスターの物まねなどを交え、げらげら笑いながら元気に飲み食いした。
***
ある日の二次会が、学校のすぐ近くに住んでいる英輔の家で行われた。
7.5畳のフローリングの部屋で、ベッドと机は別の3畳のスぺースに置かれているとのことで、6人集まってもまあまあのゆとりがあった。
「けっこう広くていい部屋だねえ」
「うん。割と古いんだけど、いい感じだよ」
ポテトチップスやナッツなどの乾きモノを肴に、おのおのがビールや缶チューハイを傾けながら、ひとしきり自分の住居事情を話した後、会話が途切れたスキを突くように、映画好きの慧がこんなことを言った。
「あ、そういえばさ。こないだ深夜番組で見たアメリカ映画の中でさ、
自分の今までの人生の中で一番の秘密を打ち明け合うってシーンが出てきたんだよ」
「あー、そういうのあるよね。私も見た。たしか……」
こういうとき、人の話に真っ先に相槌をうつ可南美が真っ先に食いついたが、具体的な映画のタイトルも言っていたので、調子を合わせただけではないようだ。
由樹子にはピンと来ない話だったので、「ふうん?」と聞きながら、(面白そうだけど、秘密、ねえ……)と、自分自身が告白するイメージは一つも湧かなかった。
居酒屋と違って、周囲にほかの客はいない。いわば身内だけの空間だ。
そんな気楽さも手伝って、慧が、くだんのゲームをやってみないかと提案した。
「え、秘密って――しゃべっちゃったら秘密じゃなくなるじゃん」と、佐恵がもっともなことを言った。
「だから、ここだけの話、ってことだよ、なあ?」
文也が助け船を出すように、慧に尋ねた。
「そういうこと。俺たち以外の誰かに言いふらさなきゃいいだろ?」
映画好きの慧も、ファンタジー好きの可南美も、この十数年後の大ヒット映画(※下記注)で「秘密というのは、みんなが知っていること」という名台詞が飛び出そうとは、知る由もなかった。
※
『ハリー・ポッターと賢者の石』
映画は2001年公開。
「地下室でクィレル教授と君の間に起きた出来事は秘密じゃ。
つまり、秘密ということは、皆が知っとる。」
What happened down in the dungeons between you and professor Quirrell is a complete secret.
So, naturally, the whole school knows.
という、ダンブルドア校長のセリフ
***
さて、秘密といっても、何か複雑な生い立ちだとか、身体的な特徴とか、実はある食べ物が(アレルギー以外の理由で)どうしても食べられないが隠しているとか、重大なものから比較的軽いものまでさまざまだ。
当然誰も「絶対に知られたくないトップシークレット」は話すはずもない。
「俺実は、小学生のときに軽いノリで万引きして、近所の駄菓子屋つぶしたことあるんだけど……そういう話?」
英輔が酔っぱらっていたのか、唐突にそんなことを言いだした。
「それはさすがにダメじゃん!どんだけ盗ったのよ!」
驚いた佐恵が絶叫に近い声を出したので、周囲がさすがに「しーっ」というしぐさをした。
「いや、俺が万引きしたのはせいぜい1回か2回だったんだけどさ」
「それじゃ倒産まではいかないんじゃない?」
「うん。だから間接的にっつうかね、同じクラスとか学年とかの連中に、何時ごろがねらい目とか、この商品は盗りやすいとかって情報出したわけよ。俺そこのばあちゃんと仲良しで、買い物しなくてもよく行っていたから」
そして面白半分というか冗談半分で、仲のいい友達にいろいろ教えていたら、本当に万引きをする小学生が増え、結果的に経営が立ち行かなくなってしまった、ということらしい。
「もちろん、子供心にも、取り返しのつかないことしちゃったなあって思ったけど、ばあちゃん体の調子崩してたから、どのみち店畳もうかって考えてたみたいだし――って、精一杯自己正当化してきた感じ」
英輔はそう言うと、うつむいて、「ばあちゃん……ごめんな……」と、少しあやしい呂律でつぶやいた。
いい話ふうに持っていくには罪深い話だが、なぜかその場の空気はしんみりとしたものだった。
そこで佐恵が手を挙げた。
「じゃ次、私いいかな?」
授業のこと、サークルやバイト先の先輩のこと、一人暮らしや寮生活の悩み、自宅生なら「親がうるさくて」的な、ちょっとした粋がりを含んだ愚痴など、話題はいくらでもある。
インターネットもスマホもない時代だが、テレビがまだ元気だったので、ドラマやバラエティ、時にはちょっと癖の強いニュースキャスターの物まねなどを交え、げらげら笑いながら元気に飲み食いした。
***
ある日の二次会が、学校のすぐ近くに住んでいる英輔の家で行われた。
7.5畳のフローリングの部屋で、ベッドと机は別の3畳のスぺースに置かれているとのことで、6人集まってもまあまあのゆとりがあった。
「けっこう広くていい部屋だねえ」
「うん。割と古いんだけど、いい感じだよ」
ポテトチップスやナッツなどの乾きモノを肴に、おのおのがビールや缶チューハイを傾けながら、ひとしきり自分の住居事情を話した後、会話が途切れたスキを突くように、映画好きの慧がこんなことを言った。
「あ、そういえばさ。こないだ深夜番組で見たアメリカ映画の中でさ、
自分の今までの人生の中で一番の秘密を打ち明け合うってシーンが出てきたんだよ」
「あー、そういうのあるよね。私も見た。たしか……」
こういうとき、人の話に真っ先に相槌をうつ可南美が真っ先に食いついたが、具体的な映画のタイトルも言っていたので、調子を合わせただけではないようだ。
由樹子にはピンと来ない話だったので、「ふうん?」と聞きながら、(面白そうだけど、秘密、ねえ……)と、自分自身が告白するイメージは一つも湧かなかった。
居酒屋と違って、周囲にほかの客はいない。いわば身内だけの空間だ。
そんな気楽さも手伝って、慧が、くだんのゲームをやってみないかと提案した。
「え、秘密って――しゃべっちゃったら秘密じゃなくなるじゃん」と、佐恵がもっともなことを言った。
「だから、ここだけの話、ってことだよ、なあ?」
文也が助け船を出すように、慧に尋ねた。
「そういうこと。俺たち以外の誰かに言いふらさなきゃいいだろ?」
映画好きの慧も、ファンタジー好きの可南美も、この十数年後の大ヒット映画(※下記注)で「秘密というのは、みんなが知っていること」という名台詞が飛び出そうとは、知る由もなかった。
※
『ハリー・ポッターと賢者の石』
映画は2001年公開。
「地下室でクィレル教授と君の間に起きた出来事は秘密じゃ。
つまり、秘密ということは、皆が知っとる。」
What happened down in the dungeons between you and professor Quirrell is a complete secret.
So, naturally, the whole school knows.
という、ダンブルドア校長のセリフ
***
さて、秘密といっても、何か複雑な生い立ちだとか、身体的な特徴とか、実はある食べ物が(アレルギー以外の理由で)どうしても食べられないが隠しているとか、重大なものから比較的軽いものまでさまざまだ。
当然誰も「絶対に知られたくないトップシークレット」は話すはずもない。
「俺実は、小学生のときに軽いノリで万引きして、近所の駄菓子屋つぶしたことあるんだけど……そういう話?」
英輔が酔っぱらっていたのか、唐突にそんなことを言いだした。
「それはさすがにダメじゃん!どんだけ盗ったのよ!」
驚いた佐恵が絶叫に近い声を出したので、周囲がさすがに「しーっ」というしぐさをした。
「いや、俺が万引きしたのはせいぜい1回か2回だったんだけどさ」
「それじゃ倒産まではいかないんじゃない?」
「うん。だから間接的にっつうかね、同じクラスとか学年とかの連中に、何時ごろがねらい目とか、この商品は盗りやすいとかって情報出したわけよ。俺そこのばあちゃんと仲良しで、買い物しなくてもよく行っていたから」
そして面白半分というか冗談半分で、仲のいい友達にいろいろ教えていたら、本当に万引きをする小学生が増え、結果的に経営が立ち行かなくなってしまった、ということらしい。
「もちろん、子供心にも、取り返しのつかないことしちゃったなあって思ったけど、ばあちゃん体の調子崩してたから、どのみち店畳もうかって考えてたみたいだし――って、精一杯自己正当化してきた感じ」
英輔はそう言うと、うつむいて、「ばあちゃん……ごめんな……」と、少しあやしい呂律でつぶやいた。
いい話ふうに持っていくには罪深い話だが、なぜかその場の空気はしんみりとしたものだった。
そこで佐恵が手を挙げた。
「じゃ次、私いいかな?」



