由樹子はとある私立大学の文学部に入学した。

 「大学(がっこう)の近くに住むと、たまり場にされるので注意」

 毎月買っていた大学受験生向けの雑誌で、そんな一文を見たことがあった。
 ユキコが高校まで住んでいた町にも大学があり、周辺には単身用のアパートや下宿屋も多かったので、「学校の近くに住むなんて、すごくフツーのことじゃないの?」とピンと来なかったため、逆に印象に残った。

 結局、都内に住んでいる親戚にも協力してもらい、大学の最寄り駅(私鉄)から3駅離れたところに手ごろなアパートを見つけた。
 3駅()離れているのに所要時間が10分程度であることと、1時間の間に何本も電車が来ることに驚いて、それを率直に口に出すと、

「ユッコちゃんのそういうとこ、純朴っぽくてかわいいけど、いちいち驚かないほうがいいよ?」と、少し年上の従兄(いとこ)に笑われた。

 はっきりとは言っていないが、「田舎者(かっぺ)だと思われそうなことは慎め」という意味だろうと由樹子にも分かる。

 親戚とはいえ、すっきり垢抜けした男前にそう言われてちくっと胸が痛んだが、「はい、気をつけま~す」と笑顔を作って返した。

 特にパッとはじけよう(・・・・・)とか、大学デビューとかを考えているわけではない。
 ただ、何かにつけて田舎者扱いされたり、笑われたりするのは、由樹子としてもやはり本意ではない。

 といっても、まずはひとり暮らしと大学に慣れることが第一だ。
 自分プロデュースにまで頭が回らない。

***

 由樹子が入学した大学は共学で、どちらかというと男子学生が多い。
 文学部とはいえ、学科のせいか意外に男性優勢に見えた。

 特にオシャレなイメージもなく、どちらかというとバンカラ気質だと見なされる校風だし、住んでいるアパートのある町も、田舎から出てきた由樹子から見たら十分「都会」ではあるが、野菜畑もぼちぼちあるような、のどかな風景も見られた。
 そんな環境ではあるが、しゃれた高価な服に身を包み、海外ブランドのバッグを持っている学生も珍しくはない。

 由樹子自身は、ファッション誌を少しだけ参考にしつつ、手持ちの服を無難に組み合わせて登校した。
 化粧はあまり得意ではなかったので、軽く肌の色味を整え、色つきのリップクリームを塗る程度にした。

 目も眉も全くいじっていないので、垢抜けからは程遠いが、「素朴で感じのいい子」だと好印象を持ち、男女ともに声をかけてくる学生はそれなりにいる。

 同じクラスで何となく気が合うメンツは2、3カ月で何となく定まってきた。

 「飲みにいこうよ!」と誘われたときは、ひょっとして自分以外はみんな成人しているのか?と本気で思い、「じゃ、タメ(ぐち)利かないほうが……」などと気を回して、特に仲のいい佐恵(さえ)に、恐る恐る尋ねてみた。

「え?どういう意味?」
「だってお酒って……未成年……じゃないんですか(・・・・・・)?」
「あー、そういう……やっぱユッコちゃん、かわいいねー」

 佐恵を初めとする男女5、6人のグループに軽く背中を押され、学校の最寄り駅近くの居酒屋に連れていかれた由樹子は、最初はカリカリに焼かれたせんべいのようなピザや、「生臭いが何となくおいしい」小鉢をアテにコーラを飲んでいたが、勧められてごく薄い柑橘系のサワーをグラス半分だけ飲んだ。

「どう?初めてのお酒、だよね?」
「うん……悪くないね」
「わあ、言うじゃん!」

 それは別に《《利いたふうなこと》》を言うつもりはなく、由樹子のごく素直な感想だった。
 しかし、またもグループ内ではからかいの種にされてしまった。
 とはいえ、その場の雰囲気と、由樹子自身がほろ酔いだったことも手伝って、そのからかいも「へへっ」と流せる程度のものだと捉えられた。

 幸いだったのは、不慣れな由樹子を酔いつぶそうというような悪人が、グループ内には存在しなかったことだろう。基本的にみんな気のいい若者である。

 由樹子は学生で満員御礼の安い居酒屋の喧騒も含め、「飲み会」という場に好印象を持つことができた。
 それは彼女のスケールで測れば、十分に大学デビュー的な出来事だったかもしれない。