由樹子(ゆきこ)は19年間、髪の毛を「いじった」ことがない。

 もちろんシャンプーもコンディショナー(リンス)も使うし、定期的に美容院でカットしてもらってもいる。
 だから野放図に伸ばし放題とか、一度も()かしたこともないような状態でもない。

 ただ、髪をブリーチしたり、染めたり、パーマををかけたりすることが一度もなかった、という意味だ。

 ショートが似合う顔立ちだと言われ、自分自身でも「そうかな」程度には思っていたので、カット自体は積極的に行っていたが、最後の仕上げでブロウされるのが苦手だった。
 人気アイドルのヘアスタイルを何となくなぞっているのが分かるが、それが「良い」とは思えない。

 「いかがですか?」と鏡越しに話しかけられると、「ステキですね」と愛想笑いをした。
 そして精算をして外に出て、店舗から数十メートル離れたところで、左手指を髪に差し入れ、わしゃわしゃっと崩すのが、何となく癖になっていた。

 最初から「乾かすだけでブロウはいいです」と言えばいいのだが、その一言が何となく言えない。

 多分、ブロウを前提にカットされていて、切りっぱなしだとみっともないのかな?と素人なりに分かる。
 「いいです」といったところで、「そういうわけには……」と流されるのが目に見えていた。

 清潔感があり、こざっぱりとしているので、大抵の人に好印象を与えるが、どちらかというと地味な印象のため、見る人によってはあか抜けない、ダサいとみなされることもある。

 田舎町で中学、高校と特に校則違反も犯さず、信号無視程度の違反もせず、友達同士の外泊すらしたことがない。

 自分では「そういうもの」と思っていた生活態度は、からかい気味に「真面目チャン」と言われることもあったけれど、それに反発するでもなく過ごしてきた。

 純粋培養というほどではないが、適度に厳しい親や祖父母に反抗したこともない。

 正確にはたった一度だけ猛反発をしたことがあった。
 それは由樹子にとっては大事件だったが、世間的に見たら、せいぜいコップの中の嵐だった。
 逆にそのときの経験が、彼女を従順なティーンにしたのかもしれない。
 この辺の事情は後に機会があれば触れたいと思う。

 そんな少女だったので、高校卒業後、都心の大学に進学してひとり暮らしとなったとき、父親は「男子禁制の寮とかのほうがいいんじゃないか?」と言い、母や祖父母は「あの子はしっかり(・・・・)しているから大丈夫だよ」と理解を示した。

 親の庇護(みまもり)下では、言いつけをキチンと守る子ほど、単純に賢くてしっかりしているとみなされることがよくあるが、これは実はかなり危険ではないだろうか――というのはともかく。

 由樹子は大学進学のため、単身で華やかな街に出ることになった。