「具合が悪いのであれば、わざわざゲストルームまで行かぬとも木陰にあるベンチで休ませてはどうじゃ?」
凛とした声に皆(みな)が注目し、振り返る。なんの断りもなく王子であるエドワードの会話に割って入ったのは単純にこの国での地位がエドワードよりも上だからだ。
彼女の名はエリザベス・レヴィア……王妃にしてエドワードの義母である。
(どうして、この方が……?)
その場に居る誰もが彼女の行動に注視する。
もしわたしであれば動くことも躊躇う程の視線の雨。しかし王妃にとっては注目されることはただの日常であり、当たり前のこと。だから軽やかに微笑んでみせるのだ。
「おもてを上げよ。なに、其方の具合が悪いのじゃから堅苦しい挨拶は省こう」
閉じた扇がわたしの顎に掛け、強制的に視線を上向かされる。後ろに居たミアも彼女の言葉に従うようにわたしから一歩離れた場所で顔を上げたようだった。
印象的なのは彼女の強い意志を表すかのような鳶色の瞳。長い睫毛に縁取られ、少し釣り上がったアーモンド型の瞳はにんまりと面白そうに目を細める。
「……母上。今日はお茶会に参加される予定ではないとお聞きしておりますが?」
「思いの外、公務が早う終わったからな。しかし、参加して正解じゃ。面白いモノが見れた」
「面白いモノにございますか?」
「ああ。普段は自分と同じ年頃の娘に興味のない其方が自分から声を掛けたのは、それだけこの娘に『可能性』が秘めておるのじゃろう」
あでやかに口の端を上げ、快活に笑うその様はまさに上機嫌である。しかし、対峙するリリーは彼女が笑えば笑う程に獰猛な獣に舌舐めずりされているような気分になり、ますます顔を青褪めさせた。
「のう、リリー・スペンサー伯爵令嬢」
「わたしの名前をご存知で……?」
「王妃であるのだから貴族の名前を一人一人覚えるくらい当たり前のことであろう」
たやすく言ってのけるが彼女は隣接の国の生まれである。言葉も違うこの国で一から人名を覚えるのはそれなりの苦労があった筈だ。
けれどそんな努力をおくびに出さないのは彼女の誇り高い矜持ゆえか――ぼんやりとそのようなことを考えていると彼女は細やかな腕で持っていた扇でわたしの首を擽るように下ろしていく。
「……ぁ」
「リリー。妾はエドワードが興味を持ったお主に興味がある。良ければ、あちらのベンチで話そうぞ?」
耳元で囁かれた秘密の提案は間違いなく、命令に違いない。しかし支配者が持つ特有の逆らえない不思議な魅力に惑わされたわたしは、まるで催眠術に掛かったようにしてコクリと首を縦に振って恭順の意を表したのだった。
