(ああ、もう。なんでこんな所にやって来るのよ)
分かっている。これが八つ当たりに違いないことを。
けれど誰も居ないと思い込んでいたから胸に閉まっていた本音を無防備に口から出した気恥ずかしさからどうにも感情が荒れ狂い、早く立ち去って欲しいと願ったが、どういう訳かその人物は立ち去ることなく、あろうことかわたしの隣に腰を下ろす。
(なんで立ち去らないの!)
せっかく顔を膝に埋めて、乱入者に気付いていないフリをしているのに、その人物もただ黙って座り込むものだから、どうしたら良いのか分からなくて唇を強く噛む。
(……それにしても一体いつから此処に居たのかしら?)
自分の発言を聞かれたかもしれない危うさに背筋に冷たい汗が流れる。
だって先程わたしが口走ったのはーー『殿下と友達になんてなれる訳ないのに』『わたしがミアだったら良いのに』『もう死にたくないの』の三つ。
どれを聞かれたとしてもまずい。
(こんなことならたとえ苦しくとも胸に閉まっておけば良かったわ)
冷静でなかったとはいえ、溢すべきではなかった本音を口にして聞かれてしまったかもしれないことが恐ろしくて、身体がガタガタと震えるリリーを見て、隣に座る人物は自分の羽織っていた上着を脱ぎ、彼女の肩に掛けた。
「あ、ありがとうございます」
そのまま口を閉ざしていれば良いものの人の優しさに触れたことでついリリーはお礼の言葉を口にするーーそして『彼』はそれに驚いたように口を開く。
「……大丈夫か?」
それは何についてのことだろう。
自分の身に待ち受ける難題の数々が頭に駆け巡ったが、その事実を知らないであろう彼に何を相談出来るというのか。苦悶しながら、のろのろと顔を上げた彼女は彼と視線がかち合う前に朗らかに笑ってみせた。
「ええ。殿下の優しさに触れましたもの」
王城での笑顔は身を守る鎧となる。そのことを幾度となく経験したリリーは弱みを打ち明けることなく笑うことを選択したーーしかしそれは自分の領域に踏み込ませない逃げに過ぎない。
やんわりとけれども確かな拒絶を目にしたエドワードは僅かに口端に自嘲を刻む。しかしそれは一瞬のこと。
十歳の子供らしからぬ昏い表情は刹那の間に切り替えられたことで、リリーは絶対に見逃してはいけないその表情を見逃したのだ。
