一年ちょっとの庶民生活はエドワードの手によってあっさりと幕を閉じる。
他の人生では国外逃亡したり、修道院に入ったりとあの手この手で逃れようとしていた時期もあったけれど、それらも全て彼が自ら指揮を執って見つけ出された。
恐ろしいのはわたしが計画を立てた段階で気付かれてしまう時すらあることだ。
(きちんと計画を練らないと屋敷から逃げだすのは却って立場を危うくするわ)
庶民としての生活は問題ないとはいえ、この先下手にエドワードに勘繰られることは避けたい。
エドワードはわたしに傷を付けることを極端に嫌う為、捕まっても痛いことはされないが、神経質にわたしを言葉と快楽で嬲りたがる。
彼のことが好きだからこそ傷付くし、言われる前に逃げ出したい。
グルグルと思考の渦に囚われていると客室の扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「失礼致します。エドワード殿下の指示により、リリー様がゆったりと休める為の着替えを持って参りました」
「ありがとう。ではお願いしても良いかしら?」
深々と頭を下げた年若い二人の侍女に身を任せ脱がせて貰うと、途中ピタリと彼女らの動きが止まる。
「どうかした?」
「……あのリリー様。背中に傷があるようですが?」
彼女の言葉にハッとする。きっとそれはミアがお茶会でわたしの背中をガリガリと引っ掻いていた傷だからだ。
そのことが表沙汰になるのは醜聞的に宜しくはない。第一、ミアがわたしを傷付けただなんてきっと誰も信じてはくれないのだ。であれば無駄に騒ぎになるのは避けたい。
「虫に刺されて痒くなってしまったものだから、つい自分で引っ掻いてしまったの」
「そう、ですか」
下手な言い訳だが、所詮今のわたしは『エドワードの婚約者』ではなく、ただの『宿泊人』だ。
たった一日泊まるだけの子供に王家に仕える侍女が深入りすることもないだろう。
現に彼女達はまたテキパキとわたしを仕立てていく。無駄のない流麗な動きにぼんやりとしていれば、医師を呼んでくる間ベッドでお休みくださいと通達された。
そうしてベッドに転がると過去を思い出した疲れも相まって、とろりと眠気が押し寄せるーーこの時わたしは背中の傷が王妃とエドワードに報告されるだなんて夢にも思わなかったのだ。
