迷いなく真っ直ぐにわたしの元にやってくるエドワードと違い、わたしの心は突然の嵐の来訪に恐れ慄き、辺りを見渡して安全地帯を探そうと震える足で後ろに下がろうとした。しかし広いとは言えない店内ではすぐに背は壁に付き、逆に自ら退路を立つ形となってしまう。
(どうして、今更やってくるの……?)
屋敷から逃げ出してもう一年も経った。その間に追っ手もなく、至って平穏に暮らしてこれたというのに、何故今になってエドワードがやって来るのか分からなかったーーそれも王族であるエドワード自らの出迎えだ。
本来高貴な身分になればなる程に、自分では動かないことが多い。
例えばプロポーズの返事なんかもそうだ。基本的にそれらが使用人を介して返事を求めるのは主の顔を万が一にも潰さない為。
よりにもよって結婚式の間際に逃げ出して彼の面子を潰してしまったわたしをエドワード『本人』がわざわざ迎えにきたのは絶対にわたしを捕まえてやるという強い意思表示をわたしに見せつける為だろう。
既に彼が手を伸ばせば触れる程に近い距離に居る。ゴクリと喉を鳴らし、ノロノロと彼を見上げれば、以前会った時よりも頬が痩け、幽鬼のようにやつれていた。
「殿下?」
「……嗚呼、キミはやはり私の名を呼ばないんだね」
そっと頬を撫でられると少し乾いた彼の手は氷のように冷たく、ついビクリと肩を跳ね上がる。彼はそれを拒絶と捉えたのか二本の腕で私をきつく抱きしめ、陰惨に口の端を歪めた。
「なに、を?」
「ねえ、リリー。本当に私から逃げられると思っていたのかい? 私から逃げて、己の役目も捨てて、自分だけが幸せに生きられると本気でそんな馬鹿なことを考えていたのか……!」
抱きしめられる腕の力は強く、逃れられない呪縛を刻まれているようだ。肌と肌が密着し、お互いの鼓動すらも聞こえる程の距離ーー荒れ狂う心音は果たしてどちらのものなのなのだろう。
抱きしめられる直前に見た彼の眼は昏く濁った紫水晶は禍々しく凶暴に光り、わたしの動向をじっと待っていた。それは空腹な肉食獣のような獰猛さであり、ギラついた瞳はわたしが下手なことを言えば何をするのか分からない程に妖しい輝きを秘めているように思った。
こんな時、ミアだったらどんな言動を取るのだろう。
わたしもミアみたいだったら良かった。
もっと要領良く、相手が何を欲しているか分かって、誰からも愛される彼女のようであれば、このようなことにならなかったのかもしれない。
(きっとミアだったらどんな状況であれ殿下に抱きしめられたら素直に彼の背に腕を回せるわ)
けれどわたしはだらんと下がった腕を彼の背中に回せる程に器用になれず、ずっと好きだった人に突然抱きしめられたという事実に混乱し、なんとか離れようと彼の胸を押してしまったのだ。
