リリー・スペンサーの人生は呪われた。


 今宵リリーは王太子殿下の婚約者として出席していた。
 二人の結婚の日取りを(みな)に報告する為に王家が正式に取り仕切った夜会は絢爛豪華で、見るに眩いその会場は自国の栄華を誇示した煌びやかさに輝いている。

 そしてこのパーティに参加出来る程の人物は国内でも限られており、周辺諸国からも要人達を招いているゆえにこそ、警備は万全の厳戒態勢であった。
 ……国の威信を懸けたこの場で、今夜の主役とも言えるリリーが刺されるだなんて、きっと誰しも想像もしていなかったことだろう。


 犯人は王家に恨みを持つ人物でも、スペンサー家をやっかむ人物でもない――まだあどけさの残る愛らしい一人の少女である。

 彼女の名前はミア・スペンサー。リリーの実の妹だ。結婚を祝う言葉を掛けにきたのだといえば誰も疑わない程に、可憐で無垢な表情を二人に向けていた。
 

「なんでお姉様がっ……!」

 にこにこと愛想の良い笑みを反転させたのは一瞬のこと。鬼の形相と化した彼女は胸元に隠し持ったナイフを取り出し、あろうことか王太子であるエドワードを狙ったのだ。
 ギラリと不気味な程に妖しく光る切先を目にしたリリーは前に出て彼を庇う。腹部からはじわじわと血が滲み、花嫁衣装のような純白のドレスを赤く染め上げる。

 刺された鈍痛で呻きながらリリーは倒れる直前、自分の視界の端に映ったのは屈強な騎士団の男達に連行されていかれ、どんどん小さくなる妹の背。
 どうしてこんなことをしたのか、と手を伸ばそうとすれば、グラリと視界が反転し、倒れた先に映るシャンデリアの光が妙に眩しく、つい眼を瞑ると必死に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


「リリー。リリー! どうして僕を庇ったんだ! 僕なんか見捨てれば良かっただろう」

 自分を抱き抱えて外聞もなく捲し立てる彼の声に力の入らなくなった首を弱々しく横に振る。

「殿下。これで、少しは……お役に、立て、た……で、しょうか?」

 それは掛け値なしの彼女の本音……。
 『あること』がキッカケで分不相応に王太子殿下であるエドワードと婚約を結ばれたことを彼女はずっと気にしていたがゆえに、自分が彼に『何か』出来ないかずっと考えてきたのだ。

「お前はそんなことの為に……!」

 痛切な彼の叫びにリリーは死の間際、自分が何かボタンを掛け違えたのではないかと思ったがもう遅い(・・・・)
 苛立たしげに怒鳴られ、容赦なく肩に爪を食い込ませられると、萎縮した心がひび割れ、最後に自分の気持ちを伝える為のなけなしの勇気すら萎んでいく。


(……エドワード様、ずっとお慕いしておりました)
 
 彼が自分の妹を好いていることを知っていた。だからこそずっとこの想いを心の奥底で燻らせ、彼に気持ちを押し付けないようにひたすらに隠してきた――否、本当は彼に自分を拒絶されることが怖かっただけだ。


 命の灯火が尽きる寸前まで臆病で卑怯者だったリリー・スペンサー。

 そんなことだから彼女は呪われるのだ。