政略妻はもう終わりにするはずが、冷酷外科医は永久溺愛で離さない

 他の患者様の報告を聞き、今後のケアについて検討していった。

 その後はデスクがある栄養管理室に戻り、書類の整理や患者様の情報を入力していく。そして一息ついた頃には、定時の十七時を回っていた。

 次々と同僚たちは荷物をまとめ始める。私もキリがいいところまでやって上がろうと思い、残りの作業を急いで進めていった。

「あら、繭子ちゃんってばまだ残っていたの?」

 いつの間に室内に入ってきたのか、四十五歳になる栄養管理室長の田口(たぐち)真紀(まき)さんに声をかけられ、心臓が飛び跳ねた。

「びっ、くりした。お疲れ様です」

 胸元を手で押さえながら言うと、真紀さんは小さく息を吐いた。

「真面目で頑張り屋なところも繭子ちゃんのいいところだけど、ほどほどにしなさいね」

「わかってます。キリがいいところで帰ろうと思っていたところなので」

 真紀さんは知識も豊富で相談にも乗ってくれる尊敬する上司だ。そして、なにかと気にかけてもらっている。

 パソコンの電源を落として、帰り支度を進めていると真紀さんから視線を感じた。

「あの、真紀さん?」

 荷物を入れたバッグを持って彼女を見ると、心配そうに瞳を揺らした。

「この一年間、同じ心配ばかりしちゃうけど、本当に大丈夫なのよね?」

 それは私が誰よりも自分自身に聞きたいことだった。でもこれ以上真紀さんを心配させるわけにはいかず、笑顔を取り繕った。

「はい、毎回言っていますが大丈夫です。噂は所詮噂でしかありませんよ? だから本当に気にしないでください」

「それならいいけど……」

 口ではそう言っているが、真紀さんはいまだに腑に落ちていない様子。

「本当、三浦先生もはっきりと態度で示せばいいのよ。いくら学生時代から切磋琢磨してきた仲間だからといったって、繭子ちゃんという愛らしい妻のいる妻帯者なのに、女性と親しい関係にあるって噂が流れること自体おかしな話なのよ!」

 徐々にヒートアップしていった真紀さんは、声に力が入っている。

「繭子ちゃん! 三浦先生、家ではちゃんと優しい?」

「もちろんですよ」

 安心させるように言った言葉に後ろめたさがあるから、少しでも気を緩めたら顔が引きつりそう。

 だけど、結婚すると報告した時からなにかと心配していた真紀さんには、事実など話せそうにない。