ファミレスの窓際席は春の光を受けて明るく、
テーブルに置かれたパフェのガラスがきらりと輝いていた。

「ん~~っ、幸せ……!!」

 鈴がストロベリーパフェを夢中で食べている。
その向かいで美羽はチョコバナナパフェのアイスを掬いながら微笑んでいた。

 久しぶりの再会ということもあって、話題はいくらでも湧いてくる。
息をするように喋る鈴に、美羽も引き込まれていた。

「そういえばさ、美羽ちゃん!」

 フォークを持った鈴が、にっこり悪戯っぽく笑う。

「お兄ちゃんと最近どーなの?カレカノなんでしょ?」

「ぶっ……!」

 美羽はほぼ噴き出しそうになった。
脳内に、先日の「口元についたチョコを椿が舐めた事件」がフラッシュバックする。

(きゃーー!やめてやめてやめて!!思い出させないで私!!)

「えぇ、ど、どうって……!べつに、なにも……!」

「うわっ、美羽ちゃん顔真っ赤ぁ!
 あ~?もしかしてキスでもした?」

「し、してないっ!!してないからっ!」

「えー?絶対した顔じゃん。
 きゃ~お兄ちゃんやるねぇ、美羽ちゃん食べられてんじゃん♪」

「た、食べられてない!!何その言い方!!」

 鈴は机を叩いて笑っていた。

「だってさ、お兄ちゃんに聞いても教えてくれないんだもん。
 『関係ねぇだろ』って無表情で返されるだけだし!つまんなーい!」

(その返し、めっちゃ椿くんらしい……)

 美羽は内心ため息をつく。

 すると鈴が急に、ふっと優しい顔になった。

「でもね。
 美羽ちゃんの話すると、お兄ちゃん……すっごく柔らかい顔するの。」

「え……」

「うん。あれはね、完全に恋してる顔だよ。
 今までお兄ちゃん、誰にもそんな顔したことなかったもん。
 本当に美羽ちゃんが好きなんだね。よかったね、美羽ちゃん。私も嬉しいよ!」

 その言葉に、美羽の心臓が上下左右に暴れ始めた。

(好き?……椿くんそんな顔……するんだ………)

 胸の奥があたたかく溶けていくようだった。

 照れ隠しにパフェを口に押し込み、
「ん~~っ!」と意味不明な声でごまかすと、
鈴は「ほんと美羽ちゃん可愛い~!」と笑っていた。

「まーでもさ。男の人はすぐ狼になるから、気をつけてね?」

「……狼?」

「え!?ほんとに分かってないの!?
 うわ~~……お兄ちゃん、本気で大事にしてんだね……先が思いやられる!」

「ど、どういう意味!?ちょ、待って…もしかして…!」

 美羽の脳が数秒遅れで意味を理解し、
真っ赤を通り越して茹でダコになった。

「狼って……え、えぇ……!?」

「美羽ちゃん!?ねぇ大丈夫!?顔すっごいことになってるけど!?」

「だ、大丈夫……」

 目をくるくる回す美羽に鈴がお冷を差し出す。

 なんとか落ち着いたところで、美羽は疑問を口にした。

「ねぇ……そういう鈴ちゃんって、恋愛……豊富だったりするの?」

「えへへー……まぁね!今まで10人くらいと付き合ったかなー?
 あ、お兄ちゃんには言わないでね~!」

「じゅ、十人!?!?」

 ファミレスの天井が回った。

(さすが北条兄妹……底が知れない……)

「でもね、安心して。
 お兄ちゃんは慎重派だから。
 美羽ちゃんの嫌がること、絶対しないと思うよ。
 ……あ、でもお兄ちゃんの家には行かないほうがいいかもね!り、理性が!きゃーー!!」
わざとらしく顔を隠す鈴をみて、美羽はまた顔を赤くした。

「い、行かないわよ!?
 ……(いや、ちょっとは……行ってみたいけど……!!え、でもどうしよう!?心の準備が……!!)」

 美羽の心臓が忙しい。
鈴はそんな美羽を見てまたくすくす笑っていた。



 食事を終え、
鈴の入学祝いを買いにショッピングモールへ。

「きゃー!かわいい!!」

 鈴が飛びついたのは、
淡いブルーとシルバーが組み合わさった小さなブレスレット。

「これ、鈴ちゃんにぴったりだと思う!」

「美羽ちゃん、お揃いにしよ?」

「え、いいの?」

「もちろん!」

 二人は同じブレスレットを買い、
腕につけて見せ合いながら笑い合った。

「美羽ちゃん、ありがとう!
 ぜったい大事にするね!」

「うん!」

 駅前で手を振り合い、
二人は別れた。



 ぽつ、ぽつ。

 美羽の髪に水滴が落ちる。

「つめたっ……雨……?」

 折り畳み傘を取り出して広げ、
家までの道を急ぐ。

 空は鈍色に染まり、雨脚は少しずつ強まっていく。

 そんな中――。

 公園横のベンチに、ひとつの影があった。

(え……?誰か、倒れてる……!?)

 美羽は迷わず駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」

 薄汚れたグレーのパーカー。
フードの影に隠れた顔。
口元には小さなアザ。
肩は雨に濡れて震えている。

 美羽が声をかけると、ゆっくり瞼が開いた。

 濡れた睫毛の奥から、琥珀のような光が揺れた。

「……天使……?」

「え?あ、あの、起きれますか?大丈夫?」

 美羽は慌てて鞄からハンカチを取り出し、
青年の濡れた頬と口元をそっと拭った。

 その瞬間、青年の指が美羽の手首を掴む。

 少し冷たくて、でも熱がこもった手。

「……ありがと。
 天使さん……」

(いや、天使じゃないんだけどっ!?)

「あの、病院……行ったほうが…?」

「いらない。」

「でも……雨も強いし、風邪引いちゃいますよ?
 よかったら、この傘使ってください。返さなくていいから!」

 青年は、美羽の差し出した傘を見つめる。

「……そんなこと、言う人……初めてだよ……」

「ちゃんと帰って、お風呂で温まってくださいね!」

 美羽はほほえみ、急ぐように家へ走っていった。

「ま、待って……天使さん……!」

 青年の声は雨に消えた。

 俯いた彼の手の中には、美羽が置いていったハンカチ。

 その足元に、小さな定期券が落ちているのに気づいた。

 拾い上げて裏を向ける。

《雨宮美羽》

「……まさか……雨宮美羽……
 “戦血姫”の……?」

 青年――神楽怜は、雨粒の中で目を見開いた。

 これは、銀狼トップと美羽の“始まり”だった。