週末の朝。
カーテン越しに入る日差しは、春の匂いを含んでやわらかかった。

 ベッドの上でストレッチをしていた美羽のスマホが、
急にポン、と軽い音を鳴らした。

 画面を開くと、そこには弾むような絵文字と共に、見慣れた名前が躍っていた。

『美羽ちゃーん!お久しぶり!
 私も高校生デビューしたよ♪
 土曜日美羽ちゃんと遊びたいなー!!♡』

「鈴ちゃん……!」

 思わず声が漏れた。
嬉しさが一気に体の芯まで広がっていく。

(そういえば……)

 ふと、数日前の椿の言葉を思い出した。

『あいつ、弁護士目指してるらしいからな。
 俺とは次元が違ぇんだよ。』

 無自覚に自分も相当高い偏差値の学校のトップなのに、
さらっと言う椿に美羽は遠い目になった。

「いや……あなたも十分次元違うんだけど……
 恐るべし北条兄妹……」



 準備を整えながら、美羽は鏡に映る自分に満足げに頷いた。

「よしっ。今日はナチュラルメイク……完璧!」

 今日のために買った新しい白のふわふわニット。
水色チェックのミニスカ。
軽やかな黒ブーツ。
髪はハーフアップで春らしく。

 鏡に向かって一回転。

「……よしっ!今日は女の子同士のデートだもんね!」

 心が弾んで仕方がない。

 駅に向かう途中、すれ違う人々がぼんやり美羽を見つめ、
頬を赤くして振り返る。
だが当の本人はまったく気づいていなかった。



 駅の改札前。
待ち合わせ場所には、もう鈴の姿があった。

 しかし――。

「ん……?」

 空気がどこか不穏だった。

 鈴の前に立つのは、見た目ばかりチャラい男が2人。
へらへら笑いながら鈴に絡んでいる。

「ちょっと……友達と待ち合わせしてるんです!やめてください!」

「えー?ほんとにぃ?
 こんな可愛い子と会えるなんてさー、
 俺らも一緒に待ってていい~?」

 男たちは門限を破った中学生のような顔でニタニタ笑っていた。

 その瞬間――。

 美羽の中で、何かがパチンとはじけた。

 次の瞬間、鈴の背後へ無音で回り込んだ美羽は……

ドガァッ!!

 躊躇なく、男二人の背部めがけて回し蹴りをくらわせた。

「がっ!?」「うおっ!?」

 男たちは見事にうずくまり、しゃがみ込む。

 美羽は仁王立ちのまま、冷めた目線を落とした。

「その子のお友達ですが、何か?
 ……あ、もう警察に通報したから。逃げるなら今のうちよ?」

「……っち、なんだよ!くそっ!
 ってか……可愛いじゃねぇかよっ!!」

 男たちは文句を言いながら逃げていった。

(え?)
美羽は心の中で小首を傾げた。

「み、美羽ちゃん!!」

 鈴が涙目で美羽に飛びつく。

 小柄な体がぶつかってきて、美羽の胸にすっぽり収まった。

「美羽ちゃん、怖かったぁ……!」

「鈴ちゃん、大丈夫? ごめん、来るの遅れちゃって。」

「ううん!美羽ちゃんが来てくれて……ほんとよかった!
 ところで警察の人は……?」

「あ、あれ嘘だよ。」

「えぇーー!!迫真の演技だね、美羽ちゃん……!」
鈴は目を丸くして感心していた。

 そこで美羽はふわっと微笑む。

「それより、鈴ちゃん。難関高校合格、おめでとう!」

 鈴の顔はぱっと花が咲いたように嬉しそうになった。

「ありがとう……美羽ちゃん!」

 二人は笑い合い、強く手を握り合った。



 春の風が揺れる中、
二人は寄り添いながらファミレスへ向かって歩き始めた。

 白いニットが揺れ、
鈴の黒髪も春光の中できらめく。

 どこか姉妹のような二人の背中は、
暖かな春の空の下で並んでいた。