椿の瞳が揺れ、
すぐに熱をはらんだ視線に変わった。

海風が二人の距離をゼロにしようと押してくる。

そのとき――
椿がふっと悪戯っぽく笑った。

「じゃあさ、美羽――」

距離を詰め、額に軽く触れるくらい近くで。

「……お前から、キスしてみろよ?」

「え、えぇぇええ!?」
美羽の声が裏返る。

椿は更に近づいてきて、
美羽の頬を指でつつくように触れながら、

「ほら。いつも俺からだろ?たまには……な?」

夕日に照らされた椿の顔が、反則的にかっこいい。
目が合うだけで心臓から火が噴きそう。

「む、無理だよ……!恥ずかしい……!」

「いいから。逃げんな」

その言い方がもうずるい。
耳まで熱くなる。

(え……どうしよう……どうしよう……っ)

ぎゅっと胸に手を当て、
ゆっくりと顔を上げる。

椿の瞳は、美羽の一挙一動を逃すまいと静かに見つめていた。

(椿くん……)

覚悟を決めて、
つま先を少しだけ浮かせる。

椿の唇まで、
あと数センチ。
数ミリ。

美羽はぎゅっと目をつぶって、

ちゅ。

一瞬、触れるだけのキス。

ほんの一滴の勇気を振り絞った小さなキスだった。

離れると同時に、美羽は息をのみ、
顔を真っ赤にして両手で頬を覆った。

「う、うわぁぁぁ……恥ずかし……」

椿はぽかんと美羽を見つめ、
次の瞬間――ふっと笑った。

「……はは。顔、真っ赤。」

「み、見ないでぇぇ!!」

「いや、無理。可愛すぎんだろ。」

椿は照れる美羽の頭を優しく撫で、
そのまま自分の胸に引き寄せた。

海風がふたりを包み込むように流れる。

「美羽。……ありがとな。」

その声は、
夕暮れの海よりも温かかった。

「次は俺の番な?」

「えっ、まっ――」

言い終わる前に、
椿はそっと唇を重ねた。

さっきの“触れるだけ”とは違う、
深くて、温度を持ったキス。

夏の空気に混ざって、
ふたりの鼓動が溶けていった。

*

帰り道、ずっと手を繋いだまま。

「なぁ美羽」

「な、なに……?」

「夏休み、毎日会おうな。」

「えっ……毎日!?」

「当たり前だろ。
……キスの練習させろよ?」

「れ、練習って……ど、どれだけするの……!?椿くん!?」

「決まってんだろ。お前の顔が真っ赤にならなくなるまでだよ。」

「ぜ、絶対一生無理だよー!!」

椿は喉の奥で小さく笑った。

(……ほんとに、ずるい)

夏の空は高く、
その下で美羽の恋はまた少し深くなった。