悠真に押され病室に入った瞬間、
白い光と笑い声がふわりと溢れてきた。

黒薔薇メンバーは、まるで遠足後の教室みたいに和気あいあいとしていた。

碧はパソコンを開き、
遼は片手を包帯で吊りながらスマホゲーム、
玲央は優雅にコーヒーを飲んでいた。

その端の、窓際に椿がいた。

黒髪が光を受けてところどころ透き通って見える。
怪我をしているのに、どこか王様みたいな雰囲気は変わらなくて。

椿は美羽に気づくと、
ちらりとだけ視線を向け――

ゆっくり、低く言った。

「遅かったな。……"寄り道"でもしてたのか?」

その言葉に、美羽の心臓はドクン、と大きく跳ねた。

(ひ、ひえぇぇぇ!!なんでそんな鋭いの!?


美羽「えっ!?えっと、その……
みんなのお見舞いの品何がいいか迷っちゃって!あははは!」

苦し紛れの笑いに、椿はじっと目を細め――

「……そうか。」

その一言だけ。
でも、その裏にある“疑ってるだろ絶対これ”みたいな気配に、美羽の背中がぶるっとした。

ちょうどその時、トイレから悠真が戻ってきた。

「美羽ちゃーん!!待ってたよぉ!!」

美羽は慌ててゼリーや洋菓子が入った紙袋を皆のベッドへ配った。

悠真「わーい!マドレーヌだ!
さすが美羽ちゃん!!僕の趣味わかってるぅ~!」

玲央「……ふむ。フィナンシェは美味だな。」

遼「これ、うまいね~美羽ちゃん。ありがと!」

碧「ラングドシャですか。甘くておいしい……。
エネルギー補給に完璧ですね。早く勝負したくなってきました!」

美羽「よかった♪あ、椿くんは甘すぎるのダメって聞いてたから、
あっさりめの紅茶クッキーにしてみたの。どうかな?」

椿はそのクッキーを指でつまみ、
ひょいと口に入れ――

「……あぁ、うまい。サンキュ。」

その素直な言葉に、美羽の胸がふわっと温かくなる。

「そっか!よかったよかった。
あ、私ちょっと花瓶の水替えてくるね!」

言い残して、美羽は逃げるように病室を出た。

椿は、その背中を無言で目で追う。

悠真「う~ん……美羽ちゃん、なんか様子変じゃなかった?
なんかあったのかな?」

「そうか?」
玲央はフィナンシェを優雅に食べ続ける。

遼はゼリーを頬張りながら
「確かに変だったな~。なんか顔赤かったし?」

碧はニコニコしながら「椿くん……今にも爆発しそうな目してますね。」と言った。

椿は頬杖をつき、
窓の外を見ながら深く息を吐いた。

(美羽……何か隠してんな……)




病棟の廊下ではーー。

花瓶を抱えた美羽は、ため息をひとつ。

(どうしよ……秋人くんのこと、椿くんに言うべきだよね……
言わないのはよくないし……でも、椿くん絶対怒る……?
いや怒るどころじゃないよね…!?)

蛇口から落ちる水音がやけに大きく響いた。

花瓶の水を替えたあと、小さく深呼吸する。

「よし……とりあえず、椿くんに言うタイミングを……」

その瞬間。

「――俺が何だって?」

美羽「!?」

背後で椿の声がして、
美羽は花瓶を取り落としそうになった。

振り向くと、壁にもたれかかる椿。
松葉杖を片手に、ゆるい姿勢なのに異様に絵になる。

美羽「つ、椿くん!?松葉杖って……歩いて大丈夫なの?」

椿「何ともねぇよ。それより――
俺に話、あんだろ?」

ニヤッ。

その表情が色気ありすぎて、
美羽はまた顔が赤くなる。

美羽「う、うん……」

二人はデイルームのソファへ移動して向かい合う。

美羽は深呼吸し、
ついに秋人との出来事を打ち明けた。

話し終えると、椿は一瞬固まり――

「は?」

次の瞬間、眉間に深いシワ。

美羽「あ、あのね!?その……友達としてかもしれないし!?
別に告白じゃないかも!?だって私、椿くんの彼女だよ!?」

椿「いや、告白だろ。それ以外ねぇよ。」

美羽「えっ!?」

椿「で?ちゃんと断ったんだよな?」

美羽「そ……それが……
秋人くん、すぐいなくなっちゃって……
断れなかったというか…言う、タイミングを逃してしまって…」

椿の顔からみるみる気配が消える。

美羽「(ひ、ひぃぃぃ……!)
だっ、だってぇ……っ!!」

何か言われる、と思った次の瞬間――

唇を塞がれた。

美羽「――っ!?」

病院の静けさの中で、
椿のキスは熱くて、少し震えていて。

唇が離れると、
椿が低く、少し荒い声で言った。

「……うるせぇ。
美羽は俺の女だ。
誰にも渡さねぇ。」

ぎゅう、と抱きしめられる。

美羽は顔を真っ赤にして、
でも嬉しくて――

「……うん。私も好きだよ、椿くんしか見てない。」

美羽もゆっくりと腕を回し、椿を抱きしめ返した。




二人は病室へ戻ると、

ドアを開けた瞬間。

碧「……あれ?椿くん、さらにイライラしてません?」

悠真「えぇぇ~!?
椿だけ美羽ちゃん独占するのズルい~~!!」

ベッドでゴロゴロする悠真。

「……るせぇ。」

椿は眉間に皺を寄せてそっぽを向いていた。


「(あははは…、)」

美羽は苦笑しながら、
でもなんだか胸の奥が甘く満たされていた。

(……椿くん、やっぱり嫉妬するんだなぁ)

病室の窓には、
夕暮れの光が金色に差し込んでいた。