椿がスタートを切り出し、地面を蹴り飛び込む。
空気を裂くように、疾風の蹴りが放たれる。

最前列の手下の顎が跳ね上がった。

その瞬間、
秋人の素早い足技が横から滑り込み、
二人同時に敵をなぎ倒す。

「はっ!」

秋人の声は鋭く、
蹴りの風圧で空気が震える。

椿はその背中をすぐに利用し、
秋人の肩をステップにして跳躍。

「…っ!!」

空中から振り下ろされた踵落としが
三人まとめて叩き伏せた。

目にも止まらない連携。
一瞬の隙もない。

美羽は呆然としながら見つめた。

(……椿くんも秋人くんも……
こんなに強いんだ……)

怜はその様子を見て、
うっとりと微笑んだ。

「いいねぇ……そうじゃなくちゃ。
僕のお姫様の前で、情けない姿を見せられないもんね?」

美羽はゾクリと震える。

(……やっぱり、この人……怖い……)

だがそのとき――
目の前の光景がすべてを覆い隠すように鮮烈だった。

椿と秋人。
二人の動きは、
まるで長年積み重ねてきた絆が自然と身体で交わるようだった。

「椿、右!」

秋人の声に合わせて椿が素早く体勢を変える。

右側から飛んできた拳を椿は払い、
秋人へパスするように相手を投げた。

秋人は、空中の相手の腹部へ膝蹴りを一発。
相手は曲線を描きながら倒れ込む。

美羽の胸がドキドキと跳ねた。

(すごい……こんな二人を見るの、初めて……)

目が離せなかった。

莉子が
「お兄ちゃんはね、格闘技やってたから本気出したらめっちゃくちゃ強いんだよ!」
と嬉しそうに話していた教室の風景がふと思い出される。

(……ほんとだ……
あの時私は必死だったからわからなかったけど、こんなに強かったんだね……)

残りの手下が倒れ、
地面には呻き声だけが残った。

怜が軽く拍手する。

「へぇ…。
秋人くん、昔より少しは強くなったんじゃない?」

軽やかな声で、しかし冷たく。

その瞬間、怜は――
床に置かれていた金属バットを拾い上げた。

「じゃ、僕もそろそろ本気出すね?」

ごうっ、と空気が鳴った。
金属が風を切る音が耳を削る。

美羽は息を呑む。

(そんな……!
あんなのを椿くんが受けたら……!)

胸が苦しくなり、手が震える。

椿は前へ踏み出した。
あばらの痛みに眉を寄せながらも、
その足は一歩も揺らがない。

秋人が横から支えるように構えた。

「椿、無茶しないで。」

「言われなくても!」

怜が飛び込む。

金属バットが椿の頭を狙って降りてくる。

秋人がその軌道に腕を差し込み、
刃物を受けるように衝撃を抑えた。

キィンッッ!!

火花が散り、一筋の熱が空気を裂く。

秋人の指が震える。

怜は笑う。

「へぇ……まだ折れないんだ。
じゃあこれは?」

怜の蹴りが椿へ。
椿は寸前で避け、回し蹴りで反撃。

秋人が怜の背へ拳を叩きつける。

怜がよろめく。

美羽は目を見開く。

「すごい……
早くて……見えない……!」

怜が体勢を立て直した瞬間――
二人の拳が同時に怜の顔面に炸裂した。

ぐっ……!

怜が後方に大きく吹き飛ぶ。

床を転がりながら歯を食いしばる。

「……くっ……!
そぉぉおっっ!!」

怒声を上げ、怜は再び走り込む。

秋人は宙へ舞った。

テコンドー特有の柔らかい飛び蹴り。
身体がしなやかな軌跡を描く。

美羽は、息を呑んだ。

(秋人くん……すごい!)

怜が蹴りをまともに受け、吹き飛ばされる。

────その瞬間。

怜はポケットから、小さな光を取り出した。

「これで、終わりだぁぁあ!!」

美羽の心臓が悲鳴を上げた。

サバイバルナイフだった。

「秋人!!危ねぇっ!!」

椿の叫び。

美羽の世界が一瞬で反転した。

思考より先に身体が動く。

「だめっ……!!」

咄嗟に美羽は勢いよく走り出していた。

視界の端で怜がナイフを振りかざすのが見えた。

背筋が凍る。

美羽は地面を蹴り、身体をひねり、
スカートを翻しながら飛び込む。

脚が唸り、怜の手元へ一直線に伸びた。

ガンッ!!

ナイフは手から弾かれ、
床で歪んだ音を立てて刃先が折れた。

怜の顔が驚愕に染まる。

「なっ……!?僕のナイフが、折れただとぉぉ!?」

その隙を――
椿は見逃さない。

「これで――終わりだ!!」

全身の力を込め、怜の顎にアッパーを叩き込んだ。

怜の身体は宙に浮き、
冷たい床へ、音もなく崩れ落ちた。

動かない。

倉庫に静寂が落ちた。

椿の胸が上下する。
痛みで顔が歪む。

「あ……ぐっ……」

あばらが悲鳴をあげ、椿は片膝をついた。

美羽はすぐに駆け寄る。

「椿くん!!」

椿は美羽を見るなり、怒鳴った。

「おい……美羽!
ナイフが当たったら……どうすんだ!!」

美羽は思わず涙ぐむ。

「だ、だって……っ……!」

秋人が二人の頭をぽん、とまとめて押さえた。

「はいはい、そこまでね。
もう終わったんだ。
喧嘩しちゃだめだよ。」

二人は驚いて秋人を見る。

秋人は優しく微笑んだ。

「ラブラブだねぇ。」

美羽は、顔が真っ赤になり
椿は、耳の先まで赤くなった。

倉庫に、かすかな風が吹き込むような静けさが満ちる。

やがて――
床に倒れていた悠真が、ゆっくり目を開けた。

「……ん……?
美羽ちゃん……?」

続いて玲央、碧、遼も目を覚ます。

美羽は涙を滲ませながら叫んだ。

「みんなぁ!!」

秋人と椿は、互いの肩を支え合いながらゆっくり歩き出す。

椿が横目で秋人を見た。

「……秋人。」

「ん?」

「……ありがとな。」

秋人は驚いて瞬きをした。

「椿……?」

椿は視線をそらす。

「一度しか言わねぇ。」

秋人はふっと笑った。

「……美羽ちゃんのおかげなんだろうねぇ。
あの椿が、こんなに素直になるなんて。」

椿は真っ赤になった頬を袖で押さえ隠した。

「……るせぇ。」

秋人はくすりと笑った。

「照れてるねぇ。」

「照れてねぇ。」

二人がそんなふうに言い合う後ろ姿を見て、
美羽は胸の奥でそっと微笑んだ。

(……よかった……
本当に……よかった……)

倉庫の天窓から差し込む光が、
粉塵の中で小さな星のように揺れていた。