「奥様、大丈夫ですか? ずいぶんとうなされてましたが……」
「え?」

 急いで起き上がった。
 目の前にいるリリーは、急に起き上がった私の姿に驚きながらも心配そうに眉を下げ、不安の表情を浮かべている。
 でも、それどころではない。不思議なことにリリーの姿が、出会った時と変わっていないのだ。

(なんで、私は生きているの……?)

 間違いなく、自分は死んだはずだ。
 病気とはいえ、比較的穏やかに死んだと思っていたが今さら走馬灯でも見ているのではないかと混乱してしまう。

「奥様? どうかなさいましたか?」

 辺りを見渡しても、そこは間違いなく自室だった。
 でも、少し違った。部屋はもっと暗くて病気特有の匂いもあった。今はそんな匂いもしないし、太陽の光が入っていて明るい。
 そもそも、このように起き上がることも不可能なほどに体は衰弱していたのに。

(待って、起き上がることも?)

 慌てて自分の体を見たが手首は痩せ細っておらず、肩にかかった髪は艶もあって長さも量もある。
 痩せていない手首、姿が出会った時と変わらぬ侍女の姿。
 何より、あれだけ息をするのも苦しく、体を起こすこともできなかったというのに今の自分は健康そのものだった。

「リリー、今日は何年の何日?」

 心臓がドクドクと、大きく鳴った。
 そんなわけない。絶対にあり得ない現象だと考えているのに、どうしても心臓がうるさくなる。
 リリーは不思議そうにしながらも、今日の日付を答えた。だが、あまりにもあり得ない日付で心臓の音が体中に響くようだった。

(嘘、でしょう?)

 聞いた年月は十年も前の年月だった。
 思い出せば、公爵家に嫁いだ数ヵ月後くらいの日付だ。

(まさか、過去に戻ったというの……?)

 そんな異常現象の話など聞いたこともない。
 あまりにも信じられない状況に気絶しそうだったが、そうも言っていられない。
 
「奥様、そろそろ起きて準備をしないと朝食の時間が……」
「……わかったわ」

 ベッドから降り、リリーの手を借りながら身支度をする。
 いつものように体を拭き、着替え、化粧台の前に座った。