「リリー、旦那様にお願いしてもらいたことがあるんだけど……」
「なんなりと、奥様」

 リリーは、アメリアの専属侍女だ。
 平民出身である彼女は十代前半から侍女として働いており、侍女の経験は比較的長い。
 そのため、ウィリアムが雇ってくれた彼女はアメリアと年齢が近いのにも関わらず侍女歴は長く、仕事も早くて的確だった。

「本を注文したいの」
「本……ですか?」
「ええ、小説本が欲しいわ。種類は満遍なくほしいと伝えて」
「かしこまりました」

 リリーは戸惑いを見せながらも、しっかりとアメリアの願いを聞いてウィリアムの方へと出向いた。
 ここに来て数ヶ月、アメリアがウィリアムに何かをお願いしたことはない。しかも、小説本が欲しいとなればリリーが戸惑うのも仕方ない。
 新聞同様、女が文学を嗜むことは少ない。貴族であれば文字を習うが平民であれば文字を読める人も少なく、小説本は娯楽としてあまり浸透していない。
 ブラウン家にいた時もアメリアは小説を読んでいた。両親からは「女が本を読むなんておかしい」と言われていたが、本を読んでいる時だけは本の中の世界に入り込める感覚が好きでしょっちゅう読んでいた。
 娯楽小説であれば読む女性も多いのに、と思ったが、両親は私を蔑む理由が欲しいだけ。何をしたところで何か言われてしまうのだ。

(……この家に来てから、一回も読んでなかったけど)

 前の人生でも、ウォーカー家に来てから本を読むことはなかった。
 彼に何かを買ってほしいとお願いをするのもなんとなく避けていたし、仮にお願いをしたとしても「女が本を読むだなんて」と思われるのが怖かった。
 でも、今世は悔いを残したくない。
 
「なんでも、やってみるしかない」

 同じ繰り返しにならないように、今度こそやりたいことをやってやる……!
 アメリアは決意をし、引き続きあまり理解のできない新聞を読み続けた。