半年後。
辺境の薬草園は、大きく変わっていた。
研究棟が、増築されている。
大きな建物。
「ヴァレンティス薬学研究所」
看板が、掲げられている。
庭には、若い薬師見習いたちが学んでいる。
薬草を、観察している。
調合を、練習している。
真剣な、顔。
リディアは、研究所の窓から外を見ていた。
微笑みながら。
「みんな、頑張っているわね」
リディアの声が、優しい。
窓の外、春の陽光が降り注いでいる。
花が、咲いている。
美しい、景色。
リディアは、自分の手を見た。
左手の薬指。
そこに、銀の指輪が輝いている。
結婚指輪。
リディアの心に、あの日の記憶が蘇る。
三ヶ月前。
辺境の大聖堂。
白いドレスを着たリディア。
緊張しながら、歩いた。
バージンロードを。
その先に、カイルが立っていた。
黒い礼服。
銀髪が、陽光に輝いている。
隻眼が、リディアを見つめている。
優しく。
リディアは、カイルの前に立った。
神官が、祝福の言葉を述べた。
「誓いますか?」
神官の声が、響いた。
カイルは、リディアの手を取った。
「誓う」
カイルの声が、力強かった。
「この女を、生涯愛し、守ることを」
リディアも、答えた。
「誓います」
リディアの声が、震えていた。
「この人を、生涯愛し、支えることを」
指輪の交換。
カイルの手が、温かかった。
「誓いのキスを」
神官の言葉。
カイルは、リディアの頬に手を添えた。
そして、唇を重ねた。
優しく。
温かく。
周囲から、拍手が響いた。
エリスが、一番大きく拍手していた。
「おめでとう、パパ! リディア先生!」
エリスの笑顔。
幸せな、瞬間。
リディアは、微笑んだ。
あの日から、三ヶ月。
リディアは、正式に「カイル侯爵夫人」になった。
「ママ!」
元気な声が、研究室に響いた。
リディアは、振り返った。
エリスが、駆け込んできた。
息を切らして。
頬が、ピンク色に染まっている。
健康そうな、顔。
「ママ、見て!」
エリスは、手に花束を持っている。
「お庭で摘んだの!」
エリスの笑顔。
無邪気な、笑顔。
リディアは、しゃがんでエリスと目線を合わせた。
「きれいね」
リディアの声が、優しい。
エリスは、リディアに花束を渡した。
「ママにあげる!」
リディアは、花束を受け取った。
「ありがとう、エリス」
エリスは、リディアに抱きついた。
「ねえ、ママ」
エリスの声が、無邪気だ。
「今日のお薬は?」
リディアは、エリスの頭を撫でた。
「もう、お薬はいらないわ」
リディアの声が、温かい。
「あなたは、元気よ」
エリスは、笑顔で頷いた。
「うん! 私、すごく元気!」
エリスは、くるくると回った。
「走れるし、跳べるし、何でもできる!」
リディアは、エリスを抱きしめた。
「そうね、あなたは本当に元気になったわ」
リディアの目に、涙が滲んだ。
嬉しさの、涙。
エリスは、リディアの顔を見た。
「ママ、泣いてるの?」
リディアは、首を横に振った。
「ううん、嬉しいだけよ」
リディアは、エリスを強く抱きしめた。
「あなたが元気で、本当に嬉しいの」
エリスは、リディアに頬を寄せた。
「私も嬉しいよ。ママがいてくれて」
二人は、しばらく抱き合っていた。
温かい、時間。
やがて、エリスが言った。
「ママ、パパが呼んでるよ」
リディアは、顔を上げた。
「パパが?」
エリスは、頷いた。
「執務室にいるって」
リディアは、立ち上がった。
「わかったわ。行ってくるね」
エリスは、手を振った。
「いってらっしゃい!」
リディアは、執務室へ向かった。
廊下を歩く。
春の風が、窓から吹き込んでいる。
心地よい、風。
リディアは、執務室の扉をノックした。
「入れ」
カイルの声が、響く。
リディアは、扉を開けた。
カイルは、机に向かって書類を読んでいた。
リディアが入ると、顔を上げた。
「リディア」
カイルの声が、優しい。
リディアは、カイルに近づいた。
「呼んだ?」
カイルは、書類を置いた。
そして、リディアを見つめた。
隻眼が、温かい。
「ああ、ただ顔が見たくなった」
カイルの声が、穏やかだ。
リディアは、微笑んだ。
「それだけ?」
カイルは、立ち上がった。
そして、リディアの手を取った。
「お前がいてくれて」
カイルの声が、静かに響く。
「俺は、救われた」
カイルの隻眼が、リディアを見つめる。
「エリスも、元気になった」
カイルの声が、感情を帯びる。
「領民たちも、笑っている」
カイルは、リディアの手を握りしめた。
「全て、お前のおかげだ」
リディアは、首を横に振った。
「いいえ、あなたがいてくれたから」
リディアの声が、優しい。
「私は、ここまで来れました」
カイルは、リディアを抱き寄せた。
「共に、歩んでくれて感謝している」
カイルの声が、リディアの耳元で響く。
リディアは、カイルの胸に顔を埋めた。
「私こそ、感謝しています」
リディアの声が、温かい。
二人は、しばらく抱き合っていた。
窓の外、鳥が鳴いている。
春の、陽光。
穏やかな、時間。
幸せな、時間。
数週間後。
王都から、使者が訪れた。
「リディア・ヴァレンティス侯爵夫人」
使者の声が、響く。
「国王陛下より、召喚の命です」
リディアは、驚いた。
「召喚……ですか?」
使者は、頷いた。
「表彰式が、執り行われます」
使者は、続けた。
「夫人の功績を、讃えるために」
リディアは、カイルを見た。
カイルは、微笑んだ。
「行こう」
カイルの声が、優しい。
「お前の功績を、認めてもらう時だ」
数日後。
王宮の謁見の間。
リディアとカイルは、玉座の前に立っていた。
周囲には、多くの貴族たち。
そして、下級薬師たち。
マリも、そこにいた。
国王が、玉座に座っている。
「リディア・ヴァレンティス」
国王の声が、厳かに響く。
「前に出よ」
リディアは、一歩前に出た。
緊張で、心臓が高鳴る。
国王は、続けた。
「お前の功績は、計り知れない」
国王の声が、謁見の間に響く。
「お前の医療改革により」
国王は、リディアを見た。
「王国中の医療が、変わった」
国王は、手を広げた。
「お前の前世……いや、お前の知識により」
国王の声が、力強い。
「新しい薬が、生まれた」
国王は、続けた。
「魔力に依存しない薬」
国王の声が、感嘆を帯びる。
「誰もが使える、安全な薬」
貴族たちが、頷いている。
「その薬は、今や王国中で使われている」
国王の声が、響く。
「貧しい者も」
「病弱な者も」
「全ての民が、恩恵を受けている」
国王は、立ち上がった。
「よって、お前に功労賞を授与する」
侍従が、クッションに乗せた勲章を持ってきた。
金色に、輝いている。
国王は、勲章をリディアの胸に付けた。
「リディア・ヴァレンティス」
国王の声が、厳かだ。
「お前の功績を、讃える」
謁見の間に、拍手が響いた。
温かい、拍手。
リディアは、涙が溢れそうになった。
「ありがとうございます、陛下」
リディアの声が、震える。
国王は、微笑んだ。
「礼を言うのは、こちらの方だ」
国王の声が、優しい。
「お前が、この国を救った」
リディアは、頭を下げた。
表彰式が、終わった。
リディアが謁見の間を出ようとした時。
下級薬師たちが、駆け寄ってきた。
マリを先頭に。
「リディア様!」
マリの声が、明るい。
他の薬師たちも、口々に言う。
「おめでとうございます!」
「本当に、素晴らしいです!」
一人の老薬師が、前に出た。
「リディア様」
老薬師の声が、感慨深い。
「あなたのおかげで、薬学が変わりました」
老薬師は、深々と頭を下げた。
「私たちのような下級薬師も」
老薬師の声が、震える。
「今では、人を救えるようになりました」
別の若い薬師が、言った。
「魔力がなくても」
若い薬師の声が、希望に満ちている。
「あなたの知識があれば、薬が作れます」
また別の薬師が、涙を流していた。
「私の娘が、薬師を目指すと言いました」
薬師の声が、喜びに満ちている。
「あなたのような、薬師になりたいと」
リディアは、涙が止まらなくなった。
「いいえ」
リディアの声が、震える。
「私一人では、何もできませんでした」
リディアは、薬師たちを見回した。
「みんなの力です」
リディアの声が、優しい。
「あなたたちが、協力してくれたから」
リディアは、マリの手を取った。
「マリが、証拠を持ってきてくれたから」
リディアの涙が、頬を伝う。
「みんながいてくれたから」
「私は、ここにいます」
薬師たちも、涙を流した。
みんなで、抱き合った。
温かい、時間。
カイルは、少し離れたところで見守っていた。
微笑みながら。
その後、数日間。
リディアの元に、手紙が届き続けた。
毎日、何通も。
全て、セレナの被害者たちからだった。
リディアは、一通一通読んだ。
「リディア様、私の依存症が治りました。ありがとうございます」
「夫が、正気を取り戻しました。家族に、笑顔が戻りました」
「娘の人格崩壊が、回復に向かっています。希望が見えました」
一通一通が、感謝に満ちていた。
リディアは、手紙を読みながら涙を流した。
「やっと……」
リディアの声が、震える。
「やっと、救えた……」
カイルが、リディアの肩を抱いた。
「お前は、多くの人を救った」
カイルの声が、優しい。
「誇りに思え」
リディアは、カイルを見上げた。
「前世では、できなかったこと」
リディアの涙が、溢れる。
「今世で、やっと成し遂げられました」
リディアは、手紙を胸に抱いた。
「これで、前世の私にも」
リディアの声が、温かい。
「報告できます」
カイルは、リディアを抱きしめた。
「お前は、よくやった」
二人は、しばらく抱き合っていた。
窓の外、夕日が沈んでいく。
温かい、光。
希望の、光。
リディアの心は、満たされていた。
表彰式の翌日。
リディアは、王宮の庭園を歩いていた。
一人で。
春の花が、咲いている。
美しい、庭園。
リディアは、花を見つめた。
「ここも、変わらないわね」
リディアの声が、静かに呟く。
以前、婚約者として歩いた庭園。
あの頃は、孤独だった。
だが、今は違う。
リディアは、微笑んだ。
その時。
「リディア……」
声が、聞こえた。
リディアは、振り返った。
アルヴィンが、立っていた。
痩せこけた、姿。
頬が、こけている。
目の下に、隈ができている。
かつての華やかさは、ない。
リディアは、息を呑んだ。
「アルヴィン……殿下……」
アルヴィンは、首を横に振った。
「もう、殿下ではない」
アルヴィンの声が、か細い。
「王子の位を、剥奪された」
アルヴィンは、リディアに近づいた。
ゆっくりと。
「リディア……」
アルヴィンの声が、震える。
「俺は……間違っていた」
アルヴィンは、立ち止まった。
リディアの前で。
「お前を、見る目がなかった」
アルヴィンの目に、涙が滲んでいる。
「お前は……こんなに素晴らしい人だったのに」
アルヴィンの声が、後悔に満ちている。
「俺は……セレナに騙されて」
アルヴィンは、拳を握りしめた。
「お前を……傷つけた」
アルヴィンは、深々と頭を下げた。
「許してくれとは、言わない」
アルヴィンの声が、震える。
「だが……謝らせてくれ」
アルヴィンの涙が、地面に落ちる。
「本当に……済まなかった」
リディアは、しばらく黙っていた。
複雑な、気持ち。
怒りも。
悲しみも。
だが、それ以上に。
憐れみが、あった。
リディアは、静かに言った。
「顔を上げてください」
リディアの声が、優しい。
アルヴィンは、ゆっくりと顔を上げた。
涙で、顔が濡れている。
リディアは、アルヴィンを見た。
「過去は、変えられません」
リディアの声が、穏やかだ。
「あなたが私を傷つけたことも」
リディアは、続けた。
「私が苦しんだことも、全て、事実です」
アルヴィンは、唇を噛んだ。
リディアは、微笑んだ。
「でも」
リディアの声が、温かくなる。
「あなたも、前を向いてください」
リディアは、アルヴィンの目を見た。
「過去に囚われず」
リディアの声が、優しい。
「これから、どう生きるか。それが、大切です」
アルヴィンは、目を見開いた。
「リディア……」
リディアは、続けた。
「あなたは、まだ若い」
リディアの声が、励ますように響く。
「やり直せます。私を傷つけた過去を背負いながらも、前を向いて、歩いてください」
アルヴィンは、涙が止まらなくなった。
「お前は……優しいな……」
アルヴィンの声が、震える。
リディアは、小さく笑った。
「優しくなんて、ありません」
リディアの声が、静かだ。
「ただ、もう恨みを持ちたくないだけです」
リディアは、空を見上げた。
「私には、守りたい人たちがいます」
リディアの声が、温かい。
「その人たちとの時間を、過去の恨みで、汚したくないんです」
アルヴィンは、頷いた。
「そうか……」
アルヴィンは、リディアを見た。
「お前は……幸せそうだな」
アルヴィンの声が、寂しそうだ。
リディアは、微笑んだ。
「はい、幸せです」
リディアの声が、確信に満ちている。
アルヴィンは、小さく笑った。
「良かった……」
アルヴィンは、一歩後ずさった。
「俺は……行くよ」
アルヴィンの声が、静かだ。
「もう、お前を煩わせない」
リディアは、頷いた。
「お元気で」
アルヴィンは、振り返った。
そして、歩き出した。
ゆっくりと。
庭園の奥へ。
リディアは、その背中を見送った。
小さくなっていく、背中。
リディアは、呟いた。
「さようなら」
その日の夕方。
リディアは、辺境へ戻る馬車に乗っていた。
カイルが、隣に座っている。
エリスは、リディアの膝の上。
「ママ、早く帰ろう!」
エリスの声が、明るい。
「お庭の花、見せたいの!」
リディアは、エリスの頭を撫でた。
「楽しみね」
カイルは、リディアの手を握った。
「疲れたか?」
カイルの声が、優しい。
リディアは、首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
リディアは、カイルを見た。
「あなたたちがいてくれるから」
カイルは、微笑んだ。
「俺たちも、お前がいてくれるから」
三人は、笑い合った。
温かい、笑い声。
馬車が、揺れる。
窓の外、夕日が沈んでいく。
オレンジ色の光が、空を染めている。
美しい、夕日。
リディアは、窓の外を見つめた。
「私の新しい人生は」
リディアの声が、静かに呟く。
「ここから、始まる」
リディアは、微笑んだ。
鞄の中に、前世ノートがある。
リディアは、ノートを取り出した。
そして、静かに閉じた。
もう、開くことはないだろう。
過去は、終わった。
リディアは、ノートを胸に抱いた。
「ありがとう」
リディアの声が、優しい。
「過去の私」
リディアの涙が、一筋流れた。
「あなたの無念を、晴らせました」
リディアは、ノートを鞄にしまった。
そして、カイルとエリスを見た。
二人とも、微笑んでいる。
温かい、笑顔。
リディアの心が、満たされた。
馬車は、辺境へ向かって走り続ける。
夕日が、馬車を照らしている。
希望の、光。
リディアは、カイルの肩に寄りかかった。
エリスは、リディアの膝で眠り始めた。
穏やかな、寝息。
カイルは、リディアの髪を撫でた。
馬車は、走り続ける。
夕日が、地平線に沈んでいく。
新しい夜が、始まろうとしている。
だが、リディアの心には。
朝日のような、希望があった。
新しい人生。
愛する人たちと共に。
リディアは、微笑んだ。
幸せな、微笑み。
物語は、ここで終わる。
だが、リディアの人生は、続いていく。
カイルと。
エリスと。
そして、多くの人々と共に。
希望に満ちた、未来へ。
辺境の薬草園は、大きく変わっていた。
研究棟が、増築されている。
大きな建物。
「ヴァレンティス薬学研究所」
看板が、掲げられている。
庭には、若い薬師見習いたちが学んでいる。
薬草を、観察している。
調合を、練習している。
真剣な、顔。
リディアは、研究所の窓から外を見ていた。
微笑みながら。
「みんな、頑張っているわね」
リディアの声が、優しい。
窓の外、春の陽光が降り注いでいる。
花が、咲いている。
美しい、景色。
リディアは、自分の手を見た。
左手の薬指。
そこに、銀の指輪が輝いている。
結婚指輪。
リディアの心に、あの日の記憶が蘇る。
三ヶ月前。
辺境の大聖堂。
白いドレスを着たリディア。
緊張しながら、歩いた。
バージンロードを。
その先に、カイルが立っていた。
黒い礼服。
銀髪が、陽光に輝いている。
隻眼が、リディアを見つめている。
優しく。
リディアは、カイルの前に立った。
神官が、祝福の言葉を述べた。
「誓いますか?」
神官の声が、響いた。
カイルは、リディアの手を取った。
「誓う」
カイルの声が、力強かった。
「この女を、生涯愛し、守ることを」
リディアも、答えた。
「誓います」
リディアの声が、震えていた。
「この人を、生涯愛し、支えることを」
指輪の交換。
カイルの手が、温かかった。
「誓いのキスを」
神官の言葉。
カイルは、リディアの頬に手を添えた。
そして、唇を重ねた。
優しく。
温かく。
周囲から、拍手が響いた。
エリスが、一番大きく拍手していた。
「おめでとう、パパ! リディア先生!」
エリスの笑顔。
幸せな、瞬間。
リディアは、微笑んだ。
あの日から、三ヶ月。
リディアは、正式に「カイル侯爵夫人」になった。
「ママ!」
元気な声が、研究室に響いた。
リディアは、振り返った。
エリスが、駆け込んできた。
息を切らして。
頬が、ピンク色に染まっている。
健康そうな、顔。
「ママ、見て!」
エリスは、手に花束を持っている。
「お庭で摘んだの!」
エリスの笑顔。
無邪気な、笑顔。
リディアは、しゃがんでエリスと目線を合わせた。
「きれいね」
リディアの声が、優しい。
エリスは、リディアに花束を渡した。
「ママにあげる!」
リディアは、花束を受け取った。
「ありがとう、エリス」
エリスは、リディアに抱きついた。
「ねえ、ママ」
エリスの声が、無邪気だ。
「今日のお薬は?」
リディアは、エリスの頭を撫でた。
「もう、お薬はいらないわ」
リディアの声が、温かい。
「あなたは、元気よ」
エリスは、笑顔で頷いた。
「うん! 私、すごく元気!」
エリスは、くるくると回った。
「走れるし、跳べるし、何でもできる!」
リディアは、エリスを抱きしめた。
「そうね、あなたは本当に元気になったわ」
リディアの目に、涙が滲んだ。
嬉しさの、涙。
エリスは、リディアの顔を見た。
「ママ、泣いてるの?」
リディアは、首を横に振った。
「ううん、嬉しいだけよ」
リディアは、エリスを強く抱きしめた。
「あなたが元気で、本当に嬉しいの」
エリスは、リディアに頬を寄せた。
「私も嬉しいよ。ママがいてくれて」
二人は、しばらく抱き合っていた。
温かい、時間。
やがて、エリスが言った。
「ママ、パパが呼んでるよ」
リディアは、顔を上げた。
「パパが?」
エリスは、頷いた。
「執務室にいるって」
リディアは、立ち上がった。
「わかったわ。行ってくるね」
エリスは、手を振った。
「いってらっしゃい!」
リディアは、執務室へ向かった。
廊下を歩く。
春の風が、窓から吹き込んでいる。
心地よい、風。
リディアは、執務室の扉をノックした。
「入れ」
カイルの声が、響く。
リディアは、扉を開けた。
カイルは、机に向かって書類を読んでいた。
リディアが入ると、顔を上げた。
「リディア」
カイルの声が、優しい。
リディアは、カイルに近づいた。
「呼んだ?」
カイルは、書類を置いた。
そして、リディアを見つめた。
隻眼が、温かい。
「ああ、ただ顔が見たくなった」
カイルの声が、穏やかだ。
リディアは、微笑んだ。
「それだけ?」
カイルは、立ち上がった。
そして、リディアの手を取った。
「お前がいてくれて」
カイルの声が、静かに響く。
「俺は、救われた」
カイルの隻眼が、リディアを見つめる。
「エリスも、元気になった」
カイルの声が、感情を帯びる。
「領民たちも、笑っている」
カイルは、リディアの手を握りしめた。
「全て、お前のおかげだ」
リディアは、首を横に振った。
「いいえ、あなたがいてくれたから」
リディアの声が、優しい。
「私は、ここまで来れました」
カイルは、リディアを抱き寄せた。
「共に、歩んでくれて感謝している」
カイルの声が、リディアの耳元で響く。
リディアは、カイルの胸に顔を埋めた。
「私こそ、感謝しています」
リディアの声が、温かい。
二人は、しばらく抱き合っていた。
窓の外、鳥が鳴いている。
春の、陽光。
穏やかな、時間。
幸せな、時間。
数週間後。
王都から、使者が訪れた。
「リディア・ヴァレンティス侯爵夫人」
使者の声が、響く。
「国王陛下より、召喚の命です」
リディアは、驚いた。
「召喚……ですか?」
使者は、頷いた。
「表彰式が、執り行われます」
使者は、続けた。
「夫人の功績を、讃えるために」
リディアは、カイルを見た。
カイルは、微笑んだ。
「行こう」
カイルの声が、優しい。
「お前の功績を、認めてもらう時だ」
数日後。
王宮の謁見の間。
リディアとカイルは、玉座の前に立っていた。
周囲には、多くの貴族たち。
そして、下級薬師たち。
マリも、そこにいた。
国王が、玉座に座っている。
「リディア・ヴァレンティス」
国王の声が、厳かに響く。
「前に出よ」
リディアは、一歩前に出た。
緊張で、心臓が高鳴る。
国王は、続けた。
「お前の功績は、計り知れない」
国王の声が、謁見の間に響く。
「お前の医療改革により」
国王は、リディアを見た。
「王国中の医療が、変わった」
国王は、手を広げた。
「お前の前世……いや、お前の知識により」
国王の声が、力強い。
「新しい薬が、生まれた」
国王は、続けた。
「魔力に依存しない薬」
国王の声が、感嘆を帯びる。
「誰もが使える、安全な薬」
貴族たちが、頷いている。
「その薬は、今や王国中で使われている」
国王の声が、響く。
「貧しい者も」
「病弱な者も」
「全ての民が、恩恵を受けている」
国王は、立ち上がった。
「よって、お前に功労賞を授与する」
侍従が、クッションに乗せた勲章を持ってきた。
金色に、輝いている。
国王は、勲章をリディアの胸に付けた。
「リディア・ヴァレンティス」
国王の声が、厳かだ。
「お前の功績を、讃える」
謁見の間に、拍手が響いた。
温かい、拍手。
リディアは、涙が溢れそうになった。
「ありがとうございます、陛下」
リディアの声が、震える。
国王は、微笑んだ。
「礼を言うのは、こちらの方だ」
国王の声が、優しい。
「お前が、この国を救った」
リディアは、頭を下げた。
表彰式が、終わった。
リディアが謁見の間を出ようとした時。
下級薬師たちが、駆け寄ってきた。
マリを先頭に。
「リディア様!」
マリの声が、明るい。
他の薬師たちも、口々に言う。
「おめでとうございます!」
「本当に、素晴らしいです!」
一人の老薬師が、前に出た。
「リディア様」
老薬師の声が、感慨深い。
「あなたのおかげで、薬学が変わりました」
老薬師は、深々と頭を下げた。
「私たちのような下級薬師も」
老薬師の声が、震える。
「今では、人を救えるようになりました」
別の若い薬師が、言った。
「魔力がなくても」
若い薬師の声が、希望に満ちている。
「あなたの知識があれば、薬が作れます」
また別の薬師が、涙を流していた。
「私の娘が、薬師を目指すと言いました」
薬師の声が、喜びに満ちている。
「あなたのような、薬師になりたいと」
リディアは、涙が止まらなくなった。
「いいえ」
リディアの声が、震える。
「私一人では、何もできませんでした」
リディアは、薬師たちを見回した。
「みんなの力です」
リディアの声が、優しい。
「あなたたちが、協力してくれたから」
リディアは、マリの手を取った。
「マリが、証拠を持ってきてくれたから」
リディアの涙が、頬を伝う。
「みんながいてくれたから」
「私は、ここにいます」
薬師たちも、涙を流した。
みんなで、抱き合った。
温かい、時間。
カイルは、少し離れたところで見守っていた。
微笑みながら。
その後、数日間。
リディアの元に、手紙が届き続けた。
毎日、何通も。
全て、セレナの被害者たちからだった。
リディアは、一通一通読んだ。
「リディア様、私の依存症が治りました。ありがとうございます」
「夫が、正気を取り戻しました。家族に、笑顔が戻りました」
「娘の人格崩壊が、回復に向かっています。希望が見えました」
一通一通が、感謝に満ちていた。
リディアは、手紙を読みながら涙を流した。
「やっと……」
リディアの声が、震える。
「やっと、救えた……」
カイルが、リディアの肩を抱いた。
「お前は、多くの人を救った」
カイルの声が、優しい。
「誇りに思え」
リディアは、カイルを見上げた。
「前世では、できなかったこと」
リディアの涙が、溢れる。
「今世で、やっと成し遂げられました」
リディアは、手紙を胸に抱いた。
「これで、前世の私にも」
リディアの声が、温かい。
「報告できます」
カイルは、リディアを抱きしめた。
「お前は、よくやった」
二人は、しばらく抱き合っていた。
窓の外、夕日が沈んでいく。
温かい、光。
希望の、光。
リディアの心は、満たされていた。
表彰式の翌日。
リディアは、王宮の庭園を歩いていた。
一人で。
春の花が、咲いている。
美しい、庭園。
リディアは、花を見つめた。
「ここも、変わらないわね」
リディアの声が、静かに呟く。
以前、婚約者として歩いた庭園。
あの頃は、孤独だった。
だが、今は違う。
リディアは、微笑んだ。
その時。
「リディア……」
声が、聞こえた。
リディアは、振り返った。
アルヴィンが、立っていた。
痩せこけた、姿。
頬が、こけている。
目の下に、隈ができている。
かつての華やかさは、ない。
リディアは、息を呑んだ。
「アルヴィン……殿下……」
アルヴィンは、首を横に振った。
「もう、殿下ではない」
アルヴィンの声が、か細い。
「王子の位を、剥奪された」
アルヴィンは、リディアに近づいた。
ゆっくりと。
「リディア……」
アルヴィンの声が、震える。
「俺は……間違っていた」
アルヴィンは、立ち止まった。
リディアの前で。
「お前を、見る目がなかった」
アルヴィンの目に、涙が滲んでいる。
「お前は……こんなに素晴らしい人だったのに」
アルヴィンの声が、後悔に満ちている。
「俺は……セレナに騙されて」
アルヴィンは、拳を握りしめた。
「お前を……傷つけた」
アルヴィンは、深々と頭を下げた。
「許してくれとは、言わない」
アルヴィンの声が、震える。
「だが……謝らせてくれ」
アルヴィンの涙が、地面に落ちる。
「本当に……済まなかった」
リディアは、しばらく黙っていた。
複雑な、気持ち。
怒りも。
悲しみも。
だが、それ以上に。
憐れみが、あった。
リディアは、静かに言った。
「顔を上げてください」
リディアの声が、優しい。
アルヴィンは、ゆっくりと顔を上げた。
涙で、顔が濡れている。
リディアは、アルヴィンを見た。
「過去は、変えられません」
リディアの声が、穏やかだ。
「あなたが私を傷つけたことも」
リディアは、続けた。
「私が苦しんだことも、全て、事実です」
アルヴィンは、唇を噛んだ。
リディアは、微笑んだ。
「でも」
リディアの声が、温かくなる。
「あなたも、前を向いてください」
リディアは、アルヴィンの目を見た。
「過去に囚われず」
リディアの声が、優しい。
「これから、どう生きるか。それが、大切です」
アルヴィンは、目を見開いた。
「リディア……」
リディアは、続けた。
「あなたは、まだ若い」
リディアの声が、励ますように響く。
「やり直せます。私を傷つけた過去を背負いながらも、前を向いて、歩いてください」
アルヴィンは、涙が止まらなくなった。
「お前は……優しいな……」
アルヴィンの声が、震える。
リディアは、小さく笑った。
「優しくなんて、ありません」
リディアの声が、静かだ。
「ただ、もう恨みを持ちたくないだけです」
リディアは、空を見上げた。
「私には、守りたい人たちがいます」
リディアの声が、温かい。
「その人たちとの時間を、過去の恨みで、汚したくないんです」
アルヴィンは、頷いた。
「そうか……」
アルヴィンは、リディアを見た。
「お前は……幸せそうだな」
アルヴィンの声が、寂しそうだ。
リディアは、微笑んだ。
「はい、幸せです」
リディアの声が、確信に満ちている。
アルヴィンは、小さく笑った。
「良かった……」
アルヴィンは、一歩後ずさった。
「俺は……行くよ」
アルヴィンの声が、静かだ。
「もう、お前を煩わせない」
リディアは、頷いた。
「お元気で」
アルヴィンは、振り返った。
そして、歩き出した。
ゆっくりと。
庭園の奥へ。
リディアは、その背中を見送った。
小さくなっていく、背中。
リディアは、呟いた。
「さようなら」
その日の夕方。
リディアは、辺境へ戻る馬車に乗っていた。
カイルが、隣に座っている。
エリスは、リディアの膝の上。
「ママ、早く帰ろう!」
エリスの声が、明るい。
「お庭の花、見せたいの!」
リディアは、エリスの頭を撫でた。
「楽しみね」
カイルは、リディアの手を握った。
「疲れたか?」
カイルの声が、優しい。
リディアは、首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
リディアは、カイルを見た。
「あなたたちがいてくれるから」
カイルは、微笑んだ。
「俺たちも、お前がいてくれるから」
三人は、笑い合った。
温かい、笑い声。
馬車が、揺れる。
窓の外、夕日が沈んでいく。
オレンジ色の光が、空を染めている。
美しい、夕日。
リディアは、窓の外を見つめた。
「私の新しい人生は」
リディアの声が、静かに呟く。
「ここから、始まる」
リディアは、微笑んだ。
鞄の中に、前世ノートがある。
リディアは、ノートを取り出した。
そして、静かに閉じた。
もう、開くことはないだろう。
過去は、終わった。
リディアは、ノートを胸に抱いた。
「ありがとう」
リディアの声が、優しい。
「過去の私」
リディアの涙が、一筋流れた。
「あなたの無念を、晴らせました」
リディアは、ノートを鞄にしまった。
そして、カイルとエリスを見た。
二人とも、微笑んでいる。
温かい、笑顔。
リディアの心が、満たされた。
馬車は、辺境へ向かって走り続ける。
夕日が、馬車を照らしている。
希望の、光。
リディアは、カイルの肩に寄りかかった。
エリスは、リディアの膝で眠り始めた。
穏やかな、寝息。
カイルは、リディアの髪を撫でた。
馬車は、走り続ける。
夕日が、地平線に沈んでいく。
新しい夜が、始まろうとしている。
だが、リディアの心には。
朝日のような、希望があった。
新しい人生。
愛する人たちと共に。
リディアは、微笑んだ。
幸せな、微笑み。
物語は、ここで終わる。
だが、リディアの人生は、続いていく。
カイルと。
エリスと。
そして、多くの人々と共に。
希望に満ちた、未来へ。


