夜。
王都の石畳が、月明かりに照らされている。
リディアとカイルは、宿舎へ向かって歩いていた。
謁見の間での緊張が、まだ体に残っている。
リディアは、資料の入った鞄を抱えていた。
「今日は……何とか、乗り切れました」
リディアの声が、小さく震える。
カイルは、無言で頷いた。
そして、リディアの横を歩く。
大通りから、路地へ入る。
静かな、夜道。
その時。
冷たい風が、吹いた。
カイルが、立ち止まった。
「……リディア」
カイルの声が、低い。
「俺の後ろに」
リディアは、息を呑んだ。
何か、いる。
闇の中から、影が現れた。
黒装束の男たち。
五人。
刺客だ。
リディアの心臓が、激しく打った。
刺客たちが、剣を抜く。
月明かりが、刃に反射する。
カイルは、リディアを背に庇った。
そして、剣を抜いた。
「下がっていろ!」
カイルの声が、鋭く響く。
刺客たちが、襲いかかってきた。
カイルの剣が、閃いた。
金属音。
火花。
カイルは、一人を斬り伏せた。
だが、刺客は次々と襲ってくる。
リディアは、壁に背を押し付けた。
震えが、止まらない。
カイルは、二人目を蹴り飛ばした。
三人目の剣を、受け止める。
隻眼でも、動きに迷いはない。
だが。
刺客の一人が、カイルの死角に回り込んだ。
そして、リディアに向かって走る。
手に、小さな針。
毒針だ。
「リディア!」
カイルが、叫んだ。
カイルは、刺客を突き飛ばし、リディアの前に飛び込んだ。
毒針が、放たれる。
カイルは、リディアを抱きしめた。
針が、リディアの腕をかすめる。
鋭い、痛み。
リディアは、悲鳴を上げた。
カイルは、激怒した。
獣のような、咆哮。
カイルの剣が、猛烈な速さで振るわれる。
刺客の腕が、飛んだ。
悲鳴。
カイルは、容赦しない。
次の刺客の喉を、剣が貫く。
残りの刺客たちは、恐怖に震えた。
そして、逃げ出した。
カイルは、追わなかった。
振り返り、リディアを見た。
リディアは、壁に寄りかかっていた。
腕から、血が流れている。
顔色が、青白い。
「リディア……!」
カイルは、剣を捨てて駆け寄った。
リディアを抱きしめる。
「毒……です……」
リディアの声が、か細い。
視界が、霞んでいく。
体が、重い。
意識が、遠のく。
「死ぬな!」
カイルの声が、必死に響く。
「絶対に、死ぬな!」
カイルは、リディアを抱き上げた。
リディアの体が、ぐったりとカイルに預けられる。
「リディア、目を開けろ!」
カイルの声が、震えている。
リディアは、カイルの顔を見た。
隻眼が、恐怖に歪んでいる。
こんな顔、初めて見た。
「カイル……様……」
リディアの声が、途切れる。
「喋るな! 今、解毒を……」
カイルは、リディアの腕を確認した。
毒針の跡。
皮膚が、黒く変色している。
カイルの手が、震えた。
「畜生……!」
カイルは、リディアを抱きしめたまま走り出した。
宿舎へ。
「死ぬな、リディア」
カイルの声が、夜に響く。
「お前を、失うわけにはいかない」
リディアは、カイルの腕の中で意識が薄れていく。
温かい。
カイルの腕が、温かい。
ああ、また。
また、毒で死ぬのだろうか。
リディアの瞼が、重くなる。
「リディア!」
カイルの叫び声が、遠くなる。
視界が、暗転していく。
最後に見えたのは、カイルの必死な顔だった。
宿舎の扉が、開け放たれていた。
カイルは、リディアを抱えたまま立ち止まった。
部屋の中が、見える。
荒らされている。
家具が倒され、書類が散乱している。
そして。
焼け焦げた紙の臭い。
カイルは、リディアを慎重に床に降ろした。
部屋の中へ入る。
机の上に、灰。
黒く焼けた紙片が、散らばっている。
リディアの論文資料。
全て、焼失していた。
カイルは、拳を握りしめた。
手が、震えている。
「畜生……!」
カイルの声が、低く響く。
「セレナの仕業だ……!」
カイルは、灰を握りしめた。
怒りで、体が震える。
リディアは、壁に寄りかかっていた。
毒が、体中に回っている。
だが、リディアは机に近づいた。
よろめきながら。
灰を、見つめる。
「証拠が……」
リディアの声が、震える。
「全部……」
リディアは、膝をついた。
涙が、頬を伝う。
何週間もかけて書いた論文。
前世の知識を、全て注ぎ込んだ資料。
セレナの罪を証明する、唯一の証拠。
全て、灰になった。
「ああ……」
リディアの声が、絶望に沈む。
カイルは、リディアの元へ駆け寄った。
肩を抱く。
「もういい」
カイルの声が、低く響く。
「お前の命の方が、大事だ」
カイルは、リディアの顔を見た。
青白い顔。
汗が、額を濡らしている。
毒が、進行している。
「辺境に戻るぞ」
カイルの声が、命令口調だ。
「今すぐに」
リディアは、首を横に振った。
「でも……証拠が……」
「証拠など、どうでもいい!」
カイルの声が、怒鳴るように響く。
「お前が死んだら、意味がない!」
リディアは、カイルを見た。
隻眼が、恐怖に震えている。
リディアは、唇を噛んだ。
そして、よろめきながら立ち上がった。
部屋の隅に、薬箱がある。
荒らされた部屋の中で、唯一無事だったもの。
リディアは、薬箱を開けた。
手が、震える。
「リディア、何を……」
「解毒薬……作ります……」
リディアの声が、途切れ途切れだ。
リディアは、薬草を取り出した。
白い根草。
青い花弁。
前世の知識が、蘇る。
毒の成分。
解毒の方法。
リディアは、震える手で薬草を砕いた。
乳鉢に入れ、すり潰す。
涙が、乳鉢に落ちる。
リディアは、震える手で解毒薬を調合した。
涙を拭いながら。
薬草を混ぜる。
水を加える。
前世の知識が、手を導く。
やがて、緑色の液体ができた。
リディアは、それを飲み干した。
苦い。
喉が、焼けるように痛い。
だが、毒の進行が止まる。
リディアは、深く息を吐いた。
「……大丈夫、です」
リディアの声が、か細い。
カイルは、リディアを抱き上げた。
ベッドに、横たえる。
「休め。明日、辺境に戻る」
リディアは、天井を見つめた。
涙が、まだ流れている。
窓の外、月が雲に隠れていく。
全て、失った。
証拠も。
希望も。
リディアは、目を閉じた。
「前世と……同じ……」
リディアの呟きが、闇に消える。
カイルは、ベッドの縁に座った。
リディアの手を、握る。
冷たい手。
まだ、毒が残っている。
リディアは、天井を見つめたまま動かない。
涙が、静かに流れている。
「リディア」
カイルの声が、優しく響く。
リディアは、カイルを見た。
隻眼が、自分を見つめている。
「お前は、何も失敗していない」
カイルの声が、力強い。
リディアは、首を横に振った。
「失敗しました……証拠を……守れなかった……」
リディアの声が、震える。
「前世でも……今世でも……私は……」
涙が、溢れる。
カイルは、リディアを抱き起こした。
そして、強く抱きしめた。
「生きているだけで、勝ちだ」
カイルの声が、リディアの耳元で響く。
「お前が、生きている」
カイルは、リディアの背中を撫でた。
「それだけで、十分だ」
リディアは、カイルの胸に顔を埋めた。
「でも……証拠が……」
リディアの声が、泣き声に変わる。
「真実を……証明できない……」
リディアは、カイルの服を握りしめた。
「また……誰も……信じてくれない……」
リディアは、声を上げて泣き崩れた。
全てが、崩れ去った。
何週間もの努力が。
希望が。
未来が。
全て、灰になった。
カイルは、リディアを抱きしめ続けた。
そして、静かに言った。
「俺が、証人だ」
カイルの声が、低く響く。
リディアは、泣きながらカイルを見上げた。
カイルの隻眼が、まっすぐリディアを見つめている。
「お前の薬が、何百人を救ったことを」
カイルは、リディアの涙を拭った。
「俺が、証明する」
カイルの声が、誓いの言葉のように響く。
「辺境の領民たちが、証人だ」
カイルは、リディアの頬に手を添えた。
「エリスが、証人だ」
カイルの声が、温かい。
「そして、俺が証人だ」
リディアは、カイルを見つめた。
涙で、視界が霞んでいる。
「侯爵様……」
リディアの声が、震える。
カイルは、眉をひそめた。
「カイルと呼べ」
カイルの声が、低い。
リディアは、息を呑んだ。
「……カイル様……」
「カイルだ」
カイルの声が、強い。
リディアは、頷いた。
「……カイル……」
カイルの隻眼が、優しく細められた。
「お前は、俺の……」
カイルの声が、止まった。
言葉を、探している。
リディアは、カイルを見つめた。
心臓が、激しく打っている。
カイルの顔が、近い。
二人の距離が、縮まる。
カイルの手が、リディアの頬に触れる。
温かい。
リディアは、目を閉じかけた。
その時。
激しい眩暈が、襲った。
「あ……」
リディアの体が、崩れる。
毒だ。
まだ、毒が残っている。
「リディア!」
カイルの声が、遠くなる。
視界が、暗転していく。
意識が、落ちていく。
カイルの腕が、リディアを支える。
「リディア、目を開けろ!」
カイルの声が、必死に響く。
だが、リディアの意識は遠のいていく。
最後に聞こえたのは。
カイルの声だった。
「必ず、守る」
低く、誓うような声。
「お前を、失わせない」
カイルの声が、闇に響く。
リディアは、その声を胸に、意識を手放した。
カイルは、リディアを抱きしめたまま動かなかった。
リディアの呼吸を、確認する。
浅いが、ある。
生きている。
カイルは、深く息を吐いた。
そして、リディアをベッドに横たえた。
毛布をかける。
カイルは、リディアの横に座った。
手を、握る。
「俺は、お前を守る」
カイルの声が、静かに響く。
「何があっても」
カイルは、リディアの髪を撫でた。
窓の外、夜が深まっていく。
月が、再び雲の隙間から顔を出す。
微かな光が、部屋を照らす。
カイルは、リディアの手を握ったまま、一晩中見守り続けた。
王都の石畳が、月明かりに照らされている。
リディアとカイルは、宿舎へ向かって歩いていた。
謁見の間での緊張が、まだ体に残っている。
リディアは、資料の入った鞄を抱えていた。
「今日は……何とか、乗り切れました」
リディアの声が、小さく震える。
カイルは、無言で頷いた。
そして、リディアの横を歩く。
大通りから、路地へ入る。
静かな、夜道。
その時。
冷たい風が、吹いた。
カイルが、立ち止まった。
「……リディア」
カイルの声が、低い。
「俺の後ろに」
リディアは、息を呑んだ。
何か、いる。
闇の中から、影が現れた。
黒装束の男たち。
五人。
刺客だ。
リディアの心臓が、激しく打った。
刺客たちが、剣を抜く。
月明かりが、刃に反射する。
カイルは、リディアを背に庇った。
そして、剣を抜いた。
「下がっていろ!」
カイルの声が、鋭く響く。
刺客たちが、襲いかかってきた。
カイルの剣が、閃いた。
金属音。
火花。
カイルは、一人を斬り伏せた。
だが、刺客は次々と襲ってくる。
リディアは、壁に背を押し付けた。
震えが、止まらない。
カイルは、二人目を蹴り飛ばした。
三人目の剣を、受け止める。
隻眼でも、動きに迷いはない。
だが。
刺客の一人が、カイルの死角に回り込んだ。
そして、リディアに向かって走る。
手に、小さな針。
毒針だ。
「リディア!」
カイルが、叫んだ。
カイルは、刺客を突き飛ばし、リディアの前に飛び込んだ。
毒針が、放たれる。
カイルは、リディアを抱きしめた。
針が、リディアの腕をかすめる。
鋭い、痛み。
リディアは、悲鳴を上げた。
カイルは、激怒した。
獣のような、咆哮。
カイルの剣が、猛烈な速さで振るわれる。
刺客の腕が、飛んだ。
悲鳴。
カイルは、容赦しない。
次の刺客の喉を、剣が貫く。
残りの刺客たちは、恐怖に震えた。
そして、逃げ出した。
カイルは、追わなかった。
振り返り、リディアを見た。
リディアは、壁に寄りかかっていた。
腕から、血が流れている。
顔色が、青白い。
「リディア……!」
カイルは、剣を捨てて駆け寄った。
リディアを抱きしめる。
「毒……です……」
リディアの声が、か細い。
視界が、霞んでいく。
体が、重い。
意識が、遠のく。
「死ぬな!」
カイルの声が、必死に響く。
「絶対に、死ぬな!」
カイルは、リディアを抱き上げた。
リディアの体が、ぐったりとカイルに預けられる。
「リディア、目を開けろ!」
カイルの声が、震えている。
リディアは、カイルの顔を見た。
隻眼が、恐怖に歪んでいる。
こんな顔、初めて見た。
「カイル……様……」
リディアの声が、途切れる。
「喋るな! 今、解毒を……」
カイルは、リディアの腕を確認した。
毒針の跡。
皮膚が、黒く変色している。
カイルの手が、震えた。
「畜生……!」
カイルは、リディアを抱きしめたまま走り出した。
宿舎へ。
「死ぬな、リディア」
カイルの声が、夜に響く。
「お前を、失うわけにはいかない」
リディアは、カイルの腕の中で意識が薄れていく。
温かい。
カイルの腕が、温かい。
ああ、また。
また、毒で死ぬのだろうか。
リディアの瞼が、重くなる。
「リディア!」
カイルの叫び声が、遠くなる。
視界が、暗転していく。
最後に見えたのは、カイルの必死な顔だった。
宿舎の扉が、開け放たれていた。
カイルは、リディアを抱えたまま立ち止まった。
部屋の中が、見える。
荒らされている。
家具が倒され、書類が散乱している。
そして。
焼け焦げた紙の臭い。
カイルは、リディアを慎重に床に降ろした。
部屋の中へ入る。
机の上に、灰。
黒く焼けた紙片が、散らばっている。
リディアの論文資料。
全て、焼失していた。
カイルは、拳を握りしめた。
手が、震えている。
「畜生……!」
カイルの声が、低く響く。
「セレナの仕業だ……!」
カイルは、灰を握りしめた。
怒りで、体が震える。
リディアは、壁に寄りかかっていた。
毒が、体中に回っている。
だが、リディアは机に近づいた。
よろめきながら。
灰を、見つめる。
「証拠が……」
リディアの声が、震える。
「全部……」
リディアは、膝をついた。
涙が、頬を伝う。
何週間もかけて書いた論文。
前世の知識を、全て注ぎ込んだ資料。
セレナの罪を証明する、唯一の証拠。
全て、灰になった。
「ああ……」
リディアの声が、絶望に沈む。
カイルは、リディアの元へ駆け寄った。
肩を抱く。
「もういい」
カイルの声が、低く響く。
「お前の命の方が、大事だ」
カイルは、リディアの顔を見た。
青白い顔。
汗が、額を濡らしている。
毒が、進行している。
「辺境に戻るぞ」
カイルの声が、命令口調だ。
「今すぐに」
リディアは、首を横に振った。
「でも……証拠が……」
「証拠など、どうでもいい!」
カイルの声が、怒鳴るように響く。
「お前が死んだら、意味がない!」
リディアは、カイルを見た。
隻眼が、恐怖に震えている。
リディアは、唇を噛んだ。
そして、よろめきながら立ち上がった。
部屋の隅に、薬箱がある。
荒らされた部屋の中で、唯一無事だったもの。
リディアは、薬箱を開けた。
手が、震える。
「リディア、何を……」
「解毒薬……作ります……」
リディアの声が、途切れ途切れだ。
リディアは、薬草を取り出した。
白い根草。
青い花弁。
前世の知識が、蘇る。
毒の成分。
解毒の方法。
リディアは、震える手で薬草を砕いた。
乳鉢に入れ、すり潰す。
涙が、乳鉢に落ちる。
リディアは、震える手で解毒薬を調合した。
涙を拭いながら。
薬草を混ぜる。
水を加える。
前世の知識が、手を導く。
やがて、緑色の液体ができた。
リディアは、それを飲み干した。
苦い。
喉が、焼けるように痛い。
だが、毒の進行が止まる。
リディアは、深く息を吐いた。
「……大丈夫、です」
リディアの声が、か細い。
カイルは、リディアを抱き上げた。
ベッドに、横たえる。
「休め。明日、辺境に戻る」
リディアは、天井を見つめた。
涙が、まだ流れている。
窓の外、月が雲に隠れていく。
全て、失った。
証拠も。
希望も。
リディアは、目を閉じた。
「前世と……同じ……」
リディアの呟きが、闇に消える。
カイルは、ベッドの縁に座った。
リディアの手を、握る。
冷たい手。
まだ、毒が残っている。
リディアは、天井を見つめたまま動かない。
涙が、静かに流れている。
「リディア」
カイルの声が、優しく響く。
リディアは、カイルを見た。
隻眼が、自分を見つめている。
「お前は、何も失敗していない」
カイルの声が、力強い。
リディアは、首を横に振った。
「失敗しました……証拠を……守れなかった……」
リディアの声が、震える。
「前世でも……今世でも……私は……」
涙が、溢れる。
カイルは、リディアを抱き起こした。
そして、強く抱きしめた。
「生きているだけで、勝ちだ」
カイルの声が、リディアの耳元で響く。
「お前が、生きている」
カイルは、リディアの背中を撫でた。
「それだけで、十分だ」
リディアは、カイルの胸に顔を埋めた。
「でも……証拠が……」
リディアの声が、泣き声に変わる。
「真実を……証明できない……」
リディアは、カイルの服を握りしめた。
「また……誰も……信じてくれない……」
リディアは、声を上げて泣き崩れた。
全てが、崩れ去った。
何週間もの努力が。
希望が。
未来が。
全て、灰になった。
カイルは、リディアを抱きしめ続けた。
そして、静かに言った。
「俺が、証人だ」
カイルの声が、低く響く。
リディアは、泣きながらカイルを見上げた。
カイルの隻眼が、まっすぐリディアを見つめている。
「お前の薬が、何百人を救ったことを」
カイルは、リディアの涙を拭った。
「俺が、証明する」
カイルの声が、誓いの言葉のように響く。
「辺境の領民たちが、証人だ」
カイルは、リディアの頬に手を添えた。
「エリスが、証人だ」
カイルの声が、温かい。
「そして、俺が証人だ」
リディアは、カイルを見つめた。
涙で、視界が霞んでいる。
「侯爵様……」
リディアの声が、震える。
カイルは、眉をひそめた。
「カイルと呼べ」
カイルの声が、低い。
リディアは、息を呑んだ。
「……カイル様……」
「カイルだ」
カイルの声が、強い。
リディアは、頷いた。
「……カイル……」
カイルの隻眼が、優しく細められた。
「お前は、俺の……」
カイルの声が、止まった。
言葉を、探している。
リディアは、カイルを見つめた。
心臓が、激しく打っている。
カイルの顔が、近い。
二人の距離が、縮まる。
カイルの手が、リディアの頬に触れる。
温かい。
リディアは、目を閉じかけた。
その時。
激しい眩暈が、襲った。
「あ……」
リディアの体が、崩れる。
毒だ。
まだ、毒が残っている。
「リディア!」
カイルの声が、遠くなる。
視界が、暗転していく。
意識が、落ちていく。
カイルの腕が、リディアを支える。
「リディア、目を開けろ!」
カイルの声が、必死に響く。
だが、リディアの意識は遠のいていく。
最後に聞こえたのは。
カイルの声だった。
「必ず、守る」
低く、誓うような声。
「お前を、失わせない」
カイルの声が、闇に響く。
リディアは、その声を胸に、意識を手放した。
カイルは、リディアを抱きしめたまま動かなかった。
リディアの呼吸を、確認する。
浅いが、ある。
生きている。
カイルは、深く息を吐いた。
そして、リディアをベッドに横たえた。
毛布をかける。
カイルは、リディアの横に座った。
手を、握る。
「俺は、お前を守る」
カイルの声が、静かに響く。
「何があっても」
カイルは、リディアの髪を撫でた。
窓の外、夜が深まっていく。
月が、再び雲の隙間から顔を出す。
微かな光が、部屋を照らす。
カイルは、リディアの手を握ったまま、一晩中見守り続けた。


