数週間後。
リディアは、研究棟で論文の最終確認をしていた。
セレナの秘薬についての、詳細な分析。
国王の症状との、照合。
全て、完璧だ。
リディアは、満足そうに頷いた。
その時。
扉をノックする音がした。
「どうぞ」
扉が開き、カイルが入ってきた。
カイルは、真剣な顔をしている。
「リディア、話がある」
リディアは、立ち上がった。
「はい」
カイルは、リディアの前に立った。
「年次王宮報告会がある」
リディアは、息を呑んだ。
王宮報告会。
辺境の領主たちが、王宮で一年の成果を報告する会だ。
カイルは、続けた。
「お前を、同行させる」
リディアは、驚いた。
「私を……?」
「ああ」
カイルは、頷いた。
「お前の成果を、発表しろ。辺境での医療改革を、王宮に報告する」
リディアは、動揺した。
王宮。
セレナがいる。
アルヴィンがいる。
リディアを追放した、あの場所。
リディアは、震えた。
「ですが……セレナとアルヴィンに会うのは……」
カイルは、冷徹に言った。
「だからこそだ」
リディアは、カイルを見た。
カイルの目が、鋭い。
「お前を侮辱した者たちに、お前の価値を見せつけろ」
カイルの声が、低い。
「それが、復讐だ」
リディアは、息を呑んだ。
復讐。
カイルは、リディアの復讐を、後押ししている。
カイルは、続けた。
「お前は、辺境で何百人もの患者を救った。お前の薬学は、この領地を変えた」
カイルは、リディアの目を見つめた。
「それを、あいつらに見せつけろ。お前が、どれほど価値のある人間か。あいつらが、どれほど愚かだったか」
リディアは、拳を握りしめた。
カイルは、正しい。
リディアは、もう王宮から追放された弱い令嬢ではない。
リディアは、辺境で実績を上げた薬師長だ。
だが——。
リディアは、不安だった。
セレナは、危険だ。
もし、リディアが王宮に行けば、セレナは何かを仕掛けてくるかもしれない。
リディアは、唇を噛んだ。
その時。
扉が開いた。
エリスが、駆け込んできた。
「パパ! リディア先生!」
エリスは、笑顔で二人を見た。
「何のお話?」
カイルは、エリスを見た。
「リディア先生と、王宮に行く話だ」
エリスは、目を輝かせた。
「わあ! 王宮!」
エリスは、リディアに近づいた。
「リディア先生、大丈夫だよ!」
エリスは、無邪気に言った。
「パパが、リディア先生を守ってくれるから!」
エリスは、カイルを見た。
「ねえ、パパ?」
カイルは、わずかに微笑んだ。
「ああ。俺が、守る」
エリスは、リディアの手を取った。
「だから、大丈夫だよ!」
リディアは、エリスの純粋な笑顔を見た。
そして、胸が温かくなった。
エリスは、信じてくれている。
カイルも、守ってくれると言っている。
リディアは、もう一人ではない。
リディアは、深呼吸をした。
そして、カイルを見た。
「わかりました」
リディアの声が、震えている。
「行きます」
カイルは、頷いた。
「よく言った」
リディアは、震える手を握りしめた。
爪が、掌に食い込む。
痛い。
だが、その痛みが、リディアを現実に引き戻す。
リディアは、覚悟を決めた。
王宮に、行く。
セレナと、対峙する。
アルヴィンに、自分の価値を見せつける。
そして、真実を明らかにする。
リディアは、拳を握った。
「準備をします」
カイルは、リディアの頭を撫でた。
「恐れるな」
カイルの声が、優しい。
「俺が、そばにいる」
リディアは、涙が込み上げた。
だが、こらえた。
もう、泣かない。
リディアは、戦う。
リディアは、頷いた。
「はい」
エリスは、嬉しそうに跳ねた。
「頑張って、リディア先生!」
リディアは、エリスを抱きしめた。
「ありがとう、エリスちゃん」
リディアは、決意した。
王宮への、準備を始める。
数日後。
リディアは、研究棟で報告資料を作成していた。
羊皮紙に、丁寧に文字を書き込む。
「ヴァレンティス侯爵領 医療改革報告」
リディアは、タイトルを書いた。
そして、内容を書き始めた。
「新薬の開発——魔力に依存しない化学合成型治療薬」
「治療実績——慢性疼痛患者300名、全員回復」
「領民の健康状態——改善率95%」
リディアは、データを丁寧にまとめた。
グラフも描いた。
患者数の推移。
回復率の統計。
全て、正確に記録した。
リディアは、資料を見直した。
完璧だ。
これなら、誰が見ても、リディアの実績がわかる。
リディアは、満足そうに頷いた。
その日の午後。
リディアは、自室にいた。
荷物をまとめている。
論文、報告資料、前世ノート。
全て、鞄に詰める。
その時。
扉をノックする音がした。
「どうぞ」
扉が開き、使用人が入ってきた。
手には、大きな箱を持っている。
「リディア様、カイル様からです」
使用人は、箱をベッドに置いた。
「これは……?」
「ドレスだそうです」
リディアは、驚いた。
使用人は、箱を開けた。
中には、美しいドレスが入っていた。
深い青色。
高級な布地。
繊細な刺繍。
リディアは、息を呑んだ。
「こんなに……立派な……」
使用人は、微笑んだ。
「カイル様が、特別に用意されました。お召しになってください」
使用人は、リディアを手伝った。
ドレスを着せ、髪を整える。
鏡の前に、リディアを立たせる。
リディアは、鏡を見た。
そして、驚いた。
鏡に映っているのは、自分だ。
だが、違う。
深い青色のドレスが、リディアの体を包んでいる。
髪は、丁寧に結い上げられている。
顔は、凛としている。
リディアは、もう地味な令嬢ではない。
凛とした、薬師に見える。
リディアは、自分の姿を見つめた。
涙が、込み上げた。
「私……変わった……」
使用人は、微笑んだ。
「とてもお似合いです、リディア様」
その時。
扉が開いた。
エリスが、駆け込んできた。
「リディア先生!」
エリスは、リディアを見て、目を輝かせた。
「わあ! きれい!」
エリスは、リディアの周りを跳ね回った。
「リディア先生、とってもきれい!」
リディアは、微笑んだ。
「ありがとう、エリスちゃん」
エリスは、扉の方を見た。
「ねえ、パパも見て!」
リディアは、扉の方を見た。
カイルが、そこに立っていた。
カイルは、無表情だ。
だが、リディアを見つめている。
リディアは、頬が熱くなった。
カイルは、ゆっくりとリディアに近づいた。
そして、リディアの前に立った。
カイルは、リディアを見つめた。
しばらく、沈黙が続いた。
そして、カイルは口を開いた。
「お前は、俺の領地の代表だ」
カイルの声が、低い。
「みすぼらしい格好は、許さん」
リディアは、頷いた。
「ありがとうございます……」
カイルは、穏やかな笑顔を見せた。
「お前は、美しい」
リディアは、驚いた。
カイルが、褒めている。
カイルは、続けた。
「自信を持て」
カイルの目が、優しい。
「お前は、誰よりも価値がある」
リディアは、涙が溢れた。
「カイル様……」
エリスが、笑った。
「パパ、嬉しそう!」
カイルは、微笑んだ。
「……そうかもしれない」
カイルは、リディアの肩に手を置いた。
「明日、出発する。準備をしておけ」
リディアは、頷いた。
「はい」
カイルは、部屋を出て行った。
エリスも、後を追った。
リディアは、一人残された。
リディアは、再び鏡を見た。
深い青色のドレス。
凛とした、自分の姿。
リディアは、微笑んだ。
もう、恐れない。
リディアは、王宮に行く。
堂々と。
自信を持って。
リディアは、拳を握った。
準備は、整った。
翌朝。
馬車が、カイル邸を出発した。
リディアは、馬車の中に座っていた。
深い青色のドレスを着ている。
鞄には、論文と報告資料が入っている。
向かい側には、カイルが座っている。
黒い礼服を着て、剣を腰に下げている。
馬車は、辺境の道を走っていた。
窓の外、緑の丘が広がっている。
リディアは、窓の外を見つめていた。
心臓が、早鐘のように打っている。
緊張だ。
王宮に、行く。
セレナと、対峙する。
リディアは、心を引き締めた。
カイルが、口を開いた。
「リディア」
リディアは、カイルを見た。
「はい」
カイルは、真剣な顔をしていた。
「お前を、危険に晒すことになる」
カイルの声が、低い。
「許せ」
リディアは、首を横に振った。
「いいえ」
リディアは、カイルの目を見た。
「これは、私の戦いです」
リディアの声が、真剣だ。
「私が、選んだ道です」
リディアは、微笑んだ。
「侯爵様には、感謝しかありません。私に、居場所をくださった。私を、信じてくださった」
リディアの目が、潤んだ。
「本当に、ありがとうございます」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
そして、深く息を吐いた。
「俺は——」
カイルの声が、震えた。
「俺は、お前を失いたくない」
リディアは、息を呑んだ。
カイルが、感情を露わにしている。
カイルは、続けた。
「お前は、娘を救った。領民を救った。そして、俺を——」
カイルは、言葉を詰まらせた。
「俺を、変えた」
カイルは、リディアの手を取った。
「お前がいなければ、俺は今でも孤独だった。娘の笑顔も、見ることができなかった」
カイルの手が、温かい。
「お前は、俺にとって……大切な人だ」
リディアは、涙が溢れた。
「カイル様……」
カイルは、リディアの手を強く握った。
「だから、お前を失いたくない。もし、お前に何かあったら——」
カイルの声が、震えた。
「俺は、耐えられない」
リディアは、カイルの手を握り返した。
「大丈夫です」
リディアの声が、優しい。
「私も……ここに居たいです」
リディアは、頬を染めた。
「カイル様と、エリスちゃんと……一緒に」
カイルは、リディアを見つめた。
そして、わずかに微笑んだ。
「ならば、必ず守る」
カイルの声が、力強い。
「何があっても、お前を守る」
リディアは、頷いた。
「信じています」
二人は、しばらく手を握り合っていた。
馬車の中、静寂が満ちる。
だが、それは心地よい静寂だった。
馬車は、数日間走り続けた。
辺境を出て、平野を越え、森を抜けた。
そして——。
王都が、見えてきた。
リディアは、窓から外を見た。
遠くに、白い城壁が見える。
王都。
リディアが、追放された場所。
リディアは、拳を握った。
緊張が、全身を包む。
心臓が、激しく打っている。
カイルは、リディアを見た。
「恐れるな」
カイルの声が、優しい。
「俺が、そばにいる」
リディアは、頷いた。
「はい」
だが、リディアの手は、震えていた。
セレナ。
アルヴィン。
そして、王宮。
全て、リディアを拒絶した場所。
だが、今は違う。
リディアは、もう弱い令嬢ではない。
リディアは、辺境で実績を上げた薬師長だ。
リディアは、証拠を持っている。
セレナの陰謀を暴く、証拠を。
リディアは、深呼吸をした。
そして、決意した。
戦う。
真実を、明らかにする。
リディアは、窓の外を見つめた。
王都の城壁が、だんだん近づいてくる。
馬車は、門をくぐった。
王都の中に、入る。
街並みが、見える。
石畳の道。
豪華な建物。
そして、遠くに見える王宮。
リディアは、王宮を見つめた。
緊張と、決意が、交錯する。
リディアは、拳を握った。
行こう。
戦おう。
勝とう。
馬車は、王宮へと向かって、走り続けた。