夜。
王宮の奥深く、人目につかない廊下。
リディアは、薬草倉庫から戻る途中だった。
手には、薬草の入った袋を持っている。
廊下は、暗い。
蝋燭の灯りが、わずかに道を照らしているだけだ。
リディアは、静かに歩いていた。
その時。
前方から、声が聞こえた。
リディアは、足を止めた。
誰かが、話している。
リディアは、壁に身を寄せた。
声の方向を、確認する。
廊下の突き当たり、小さな扉がある。
密室だ。
普段は、使われていない部屋のはずだ。
だが、今、中から声が聞こえる。
リディアは、息を潜めた。
そして、そっと扉に近づいた。
扉には、わずかな隙間がある。
リディアは、その隙間から中を覗いた。
部屋の中には、数人の人影がある。
蝋燭の光が、彼らを照らしている。
リディアは、息を呑んだ。
セレナだ。
そして、その周りに、貴族たちが座っている。
皆、王太子派閥の者たちだ。
リディアは、耳を澄ませた。
セレナが、話している。
「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」
セレナの声は、優雅だ。
だが、冷たい。
「国王陛下の病について、ご報告いたします」
貴族たちが、身を乗り出した。
「計画は、順調に進行しております」
セレナは、微笑んだ。
「陛下は、私の秘薬を毎日服用されています。そして、症状は着実に悪化しております」
貴族の一人が、問いかけた。
「あとどれくらいで、昏睡状態に?」
セレナは、冷静に答えた。
「あと数ヶ月でしょう」
貴族たちが、ざわめいた。
「数ヶ月……」
「それまでに、王太子殿下を擁立しなければ」
セレナは、頷いた。
「その通りです。陛下が昏睡状態になれば、王太子殿下が摂政となります」
セレナの目が、光った。
「そして、私が王太子妃となれば、実権は我々のものです」
貴族たちが、にやりと笑った。
だが、その時。
一人の貴族が、不安そうに言った。
「ですが、セレナ様。リディアが、余計な動きをしているようですが」
セレナの顔が、一瞬強張った。
「リディア……」
「ええ。彼女、最近妙に薬学に熱心で、何人かの病人を治したとか」
「王宮内で、評判が上がっているそうです」
別の貴族が、続けた。
「始末すべきではないでしょうか?」
セレナは、しばらく黙っていた。
そして、冷たく笑った。
「いいえ、まだ泳がせておきましょう」
「泳がせる……?」
「ええ。リディアは、所詮小娘です。何も知りません」
セレナは、優雅に扇を広げた。
「彼女が何をしようと、私たちの計画には影響ありません」
「ですが——」
「心配ありません」
セレナは、断言した。
「いずれ、彼女は追放します。その時が来るまで、放っておきましょう」
貴族たちは、渋々頷いた。
セレナは、続けた。
「それよりも、重要なのは国王陛下です。確実に、計画を進めましょう」
貴族たちが、同意した。
「わかりました、セレナ様」
「全ては、セレナ様のご指示通りに」
セレナは、満足そうに微笑んだ。
「では、今日はこれで終わりにしましょう」
貴族たちが、立ち上がり始めた。
リディアは、慌てて扉から離れた。
そして、廊下の暗闇に身を隠した。
心臓が、激しく打っている。
呼吸が、荒い。
リディアは、手で口を覆った。
音を立ててはいけない。
扉が、開いた。
貴族たちが、部屋から出てくる。
セレナも、優雅に歩いて出てきた。
彼らは、廊下を歩いて行った。
リディアとは、反対方向へ。
リディアは、暗闇の中で、じっと待った。
足音が、遠ざかる。
完全に聞こえなくなった。
リディアは、息を吐いた。
体が、震えている。
恐怖で。
セレナの計画。
国王を、毒殺する。
そして、王太子を擁立する。
全て、計画通りだと。
リディアは、眉間にしわを寄せた。
やはり、前回の人生と同じだ。
セレナは、国王を殺そうとしている。
リディアは、壁に背中を預けた。
どうすればいい。
証拠を、掴まなければ。
だが、どうやって。
リディアは、薬草の袋を握りしめた。
今は、まだ動けない。
まだ、準備ができていない。
リディアは、深呼吸をした。
落ち着け。
焦ってはいけない。
リディアは、廊下を静かに歩き出した。
自室へ、戻る。
心の中で、リディアは呟いた。
必ず、止める。
セレナの陰謀を、必ず止める。
リディアは、自室に戻った。
扉を閉め、鍵をかける。
リディアは、ベッドに座り込んだ。
手が、震えている。
心臓が、まだ早鐘のように打っている。
セレナの陰謀。
国王の毒殺。
リディアは、深呼吸をした。
落ち着け。
冷静に、考える。
リディアは、机に向かった。
引き出しを開け、革表紙のノートを取り出した。
前世ノート。
リディアは、ノートを開いた。
ページをめくる。
前世の記憶が、そこに書かれている。
製薬会社の、薬害事件。
リディアは、そのページを見つめた。
「利益優先——患者の命よりも、会社の利益」
「副作用隠蔽——データの改ざん、報告書の破棄」
「告発者の排除——内部告発者の左遷、脅迫」
リディアは、手が震えた。
これは——。
リディアは、新しいページを開いた。
そして、羽根ペンを手に取った。
書き始める。
「セレナの陰謀——」
「国王の毒殺——利益優先(王太子妃の座、実権掌握)」
「副作用隠蔽——秘薬の依存性を隠蔽、貴族たちを依存症に」
「告発者の排除——リディアを追放予定」
リディアは、ペンを止めた。
見つめる。
前世のページと、今のページ。
並べる。
完全に、一致している。
手口が、全て同じだ。
リディアは、息を呑んだ。
前世でも、今世でも、同じ構造だ。
利益のために、人の命を危険に晒す。
副作用を隠蔽し、真実を語る者を排除する。
リディアは、拳を握った。
前世では、リディアは負けた。
誰も信じてくれず、孤立し、左遷された。
患者たちは、苦しみ続けた。
真実は、闇に葬られた。
だが——。
今世では、違う。
リディアは、全てを知っている。
セレナの手口を。
陰謀の全貌を。
そして、前世の失敗を。
リディアは、ペンを握り直した。
書く。
「今度こそ、阻止する」
「前世の二の舞には、させない」
「患者たちを、救う」
「真実を、明らかにする」
リディアは、ノートを見つめた。
そして、新しいページを開いた。
大きく、書いた。
「セレナ打倒計画」
リディアは、その下に、箇条書きで書き始めた。
「1.証拠を掴む——セレナの秘薬のサンプルを入手し、成分を分析」
「2.被害者を記録する——国王の症状、貴族たちの依存症状を詳細に記録」
「3.味方を作る——下級薬師たち、治療した貴族たちの信頼を得る」
「4.カイルの力を借りる——辺境に逃れ、そこから反撃」
「5.真実を公表する——証拠を揃え、王宮で告発」
リディアは、リストを見つめた。
これが、リディアの戦略だ。
一つ一つ、確実に実行する。
リディアは、ノートを閉じた。
そして、窓の外を見た。
月が、浮かんでいる。
冷たい、白い光。
だが、リディアの心は、燃えていた。
前世では、負けた。
だが、今世では、勝つ。
リディアは、立ち上がった。
机の前に戻り、再びノートを開く。
セレナの秘薬について、詳細に書き始めた。
「赤い蔓草の根——依存性物質」
「月光花の花粉——神経刺激作用」
「魔晶石の粉末——魔力増幅、神経負荷」
「配合比——前世の依存性薬物と一致」
リディアは、書き続けた。
国王の症状。
「倦怠感——薬物中毒の初期症状」
「記憶障害——神経系の破壊」
「意識混濁——中毒の進行」
リディアは、全てを記録した。
証拠を、積み上げる。
データを、集める。
時間が、過ぎる。
蝋燭が、短くなる。
リディアは、新しい蝋燭を灯した。
そして、書き続けた。
夜が、更けていく。
だが、リディアは止まらなかった。
リディアの目には、決意の光が宿っていた。
今度こそ、阻止する。
セレナの陰謀を。
前世の失敗を、繰り返さない。
リディアは、ペンを握りしめた。
ノートに、書き続けた。
静かな部屋で、一人。
だが、リディアの心は、燃えていた。
翌日。
リディアは、王宮の廊下を歩いていた。
昨夜、ほとんど眠れなかった。
セレナの陰謀が、頭から離れない。
リディアは、何とかしなければと焦っていた。
その時。
前方から、アルヴィンが歩いてきた。
リディアは、足を止めた。
アルヴィン。
セレナに操られている、傀儡。
だが、もしかしたら——。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
リディアは、意を決した。
「アルヴィン様」
リディアは、アルヴィンを呼び止めた。
アルヴィンは、面倒そうに立ち止まった。
「何だ、リディア」
リディアは、アルヴィンに近づいた。
周囲に、人がいないことを確認する。
そして、小声で言った。
「お話ししたいことが、あります」
アルヴィンは、眉をひそめた。
「手短に頼む。忙しい」
リディアは、深呼吸をした。
そして、言った。
「セレナ様は、危険です」
アルヴィンの顔が、強張った。
「何?」
「陛下の病は、セレナ様の薬が原因かもしれません」
アルヴィンの目が、鋭くなった。
「リディア、お前、何を言っている」
リディアは、続けた。
「セレナ様の秘薬には、依存性物質が含まれています。陛下は、その薬で中毒になっているのです」
アルヴィンの顔が、赤くなった。
「黙れ」
「アルヴィン様、お願いです。信じて——」
「黙れと言っている!」
アルヴィンは、怒鳴った。
リディアは、震えた。
アルヴィンは、リディアを睨みつけた。
「お前、これは婚約者の嫉妬か?」
「嫉妬……?」
「そうだろう。お前は、セレナ様が俺に近いことが気に入らないのだろう」
リディアは、首を振った。
「違います! これは事実です!」
「事実? 証拠はあるのか?」
リディアは、言葉に詰まった。
証拠。
まだ、確たる証拠がない。
アルヴィンは、冷たく笑った。
「ないのだろう。お前は、ただセレナ様を侮辱したいだけだ」
「違います!」
リディアは、必死に訴えた。
「私は、証拠を集めます。それまで、待ってください」
「待つ?」
アルヴィンは、鼻で笑った。
「お前の妄想に、付き合う時間はない」
「妄想ではありません!」
リディアの声が、大きくなった。
「セレナ様は、陛下を毒殺しようとしているのです!」
アルヴィンの顔が、さらに赤くなった。
そして、リディアの肩を掴んだ。
「リディア、もう一度言ってみろ」
アルヴィンの声が、低く、怒りに満ちている。
リディアは、アルヴィンの目を見た。
その目には、怒り、そして——セレナへの盲目的な信頼があった。
リディアは、悟った。
アルヴィンは、完全にセレナに取り込まれている。
もう、何を言っても無駄だ。
リディアは、唇を噛んだ。
「……すみませんでした」
アルヴィンは、リディアを離した。
そして、冷たく言った。
「お前との婚約は、失敗だった」
リディアは、息を呑んだ。
アルヴィンは、続けた。
「お前は、俺にとって何の価値もない」
「セレナ様を侮辱し、根拠のない妄想を語る」
「お前は、婚約者として失格だ」
アルヴィンは、リディアに背を向けた。
「二度と、俺の前でセレナ様の悪口を言うな」
アルヴィンは、そう言い残し、歩いて行った。
リディアは、その場に立ち尽くした。
廊下に、一人残された。
リディアは、拳を握った。
爪が、掌に食い込む。
痛い。
だが、心の痛みの方が大きい。
アルヴィンは、完全にセレナの側だ。
リディアの言葉を、一切信じない。
リディアは、顔を上げた。
廊下の向こう、アルヴィンの背中が見える。
リディアは、心の中で呟いた。
もう、彼には期待しない。
アルヴィンは、セレナの傀儡だ。
救う価値はない。
リディアは、自分で戦う。
一人で。
たとえ、誰も信じてくれなくても。
たとえ、孤独でも。
リディアは、セレナを止める。
国王を、救う。
真実を、明らかにする。
リディアは、拳を握りしめた。
そして、歩き出した。
アルヴィンとは、反対方向へ。
リディアの心は、決まっていた。
もう、迷わない。
もう、誰かに頼らない。
リディアは、自分の力で戦う。
王宮の奥深く、人目につかない廊下。
リディアは、薬草倉庫から戻る途中だった。
手には、薬草の入った袋を持っている。
廊下は、暗い。
蝋燭の灯りが、わずかに道を照らしているだけだ。
リディアは、静かに歩いていた。
その時。
前方から、声が聞こえた。
リディアは、足を止めた。
誰かが、話している。
リディアは、壁に身を寄せた。
声の方向を、確認する。
廊下の突き当たり、小さな扉がある。
密室だ。
普段は、使われていない部屋のはずだ。
だが、今、中から声が聞こえる。
リディアは、息を潜めた。
そして、そっと扉に近づいた。
扉には、わずかな隙間がある。
リディアは、その隙間から中を覗いた。
部屋の中には、数人の人影がある。
蝋燭の光が、彼らを照らしている。
リディアは、息を呑んだ。
セレナだ。
そして、その周りに、貴族たちが座っている。
皆、王太子派閥の者たちだ。
リディアは、耳を澄ませた。
セレナが、話している。
「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」
セレナの声は、優雅だ。
だが、冷たい。
「国王陛下の病について、ご報告いたします」
貴族たちが、身を乗り出した。
「計画は、順調に進行しております」
セレナは、微笑んだ。
「陛下は、私の秘薬を毎日服用されています。そして、症状は着実に悪化しております」
貴族の一人が、問いかけた。
「あとどれくらいで、昏睡状態に?」
セレナは、冷静に答えた。
「あと数ヶ月でしょう」
貴族たちが、ざわめいた。
「数ヶ月……」
「それまでに、王太子殿下を擁立しなければ」
セレナは、頷いた。
「その通りです。陛下が昏睡状態になれば、王太子殿下が摂政となります」
セレナの目が、光った。
「そして、私が王太子妃となれば、実権は我々のものです」
貴族たちが、にやりと笑った。
だが、その時。
一人の貴族が、不安そうに言った。
「ですが、セレナ様。リディアが、余計な動きをしているようですが」
セレナの顔が、一瞬強張った。
「リディア……」
「ええ。彼女、最近妙に薬学に熱心で、何人かの病人を治したとか」
「王宮内で、評判が上がっているそうです」
別の貴族が、続けた。
「始末すべきではないでしょうか?」
セレナは、しばらく黙っていた。
そして、冷たく笑った。
「いいえ、まだ泳がせておきましょう」
「泳がせる……?」
「ええ。リディアは、所詮小娘です。何も知りません」
セレナは、優雅に扇を広げた。
「彼女が何をしようと、私たちの計画には影響ありません」
「ですが——」
「心配ありません」
セレナは、断言した。
「いずれ、彼女は追放します。その時が来るまで、放っておきましょう」
貴族たちは、渋々頷いた。
セレナは、続けた。
「それよりも、重要なのは国王陛下です。確実に、計画を進めましょう」
貴族たちが、同意した。
「わかりました、セレナ様」
「全ては、セレナ様のご指示通りに」
セレナは、満足そうに微笑んだ。
「では、今日はこれで終わりにしましょう」
貴族たちが、立ち上がり始めた。
リディアは、慌てて扉から離れた。
そして、廊下の暗闇に身を隠した。
心臓が、激しく打っている。
呼吸が、荒い。
リディアは、手で口を覆った。
音を立ててはいけない。
扉が、開いた。
貴族たちが、部屋から出てくる。
セレナも、優雅に歩いて出てきた。
彼らは、廊下を歩いて行った。
リディアとは、反対方向へ。
リディアは、暗闇の中で、じっと待った。
足音が、遠ざかる。
完全に聞こえなくなった。
リディアは、息を吐いた。
体が、震えている。
恐怖で。
セレナの計画。
国王を、毒殺する。
そして、王太子を擁立する。
全て、計画通りだと。
リディアは、眉間にしわを寄せた。
やはり、前回の人生と同じだ。
セレナは、国王を殺そうとしている。
リディアは、壁に背中を預けた。
どうすればいい。
証拠を、掴まなければ。
だが、どうやって。
リディアは、薬草の袋を握りしめた。
今は、まだ動けない。
まだ、準備ができていない。
リディアは、深呼吸をした。
落ち着け。
焦ってはいけない。
リディアは、廊下を静かに歩き出した。
自室へ、戻る。
心の中で、リディアは呟いた。
必ず、止める。
セレナの陰謀を、必ず止める。
リディアは、自室に戻った。
扉を閉め、鍵をかける。
リディアは、ベッドに座り込んだ。
手が、震えている。
心臓が、まだ早鐘のように打っている。
セレナの陰謀。
国王の毒殺。
リディアは、深呼吸をした。
落ち着け。
冷静に、考える。
リディアは、机に向かった。
引き出しを開け、革表紙のノートを取り出した。
前世ノート。
リディアは、ノートを開いた。
ページをめくる。
前世の記憶が、そこに書かれている。
製薬会社の、薬害事件。
リディアは、そのページを見つめた。
「利益優先——患者の命よりも、会社の利益」
「副作用隠蔽——データの改ざん、報告書の破棄」
「告発者の排除——内部告発者の左遷、脅迫」
リディアは、手が震えた。
これは——。
リディアは、新しいページを開いた。
そして、羽根ペンを手に取った。
書き始める。
「セレナの陰謀——」
「国王の毒殺——利益優先(王太子妃の座、実権掌握)」
「副作用隠蔽——秘薬の依存性を隠蔽、貴族たちを依存症に」
「告発者の排除——リディアを追放予定」
リディアは、ペンを止めた。
見つめる。
前世のページと、今のページ。
並べる。
完全に、一致している。
手口が、全て同じだ。
リディアは、息を呑んだ。
前世でも、今世でも、同じ構造だ。
利益のために、人の命を危険に晒す。
副作用を隠蔽し、真実を語る者を排除する。
リディアは、拳を握った。
前世では、リディアは負けた。
誰も信じてくれず、孤立し、左遷された。
患者たちは、苦しみ続けた。
真実は、闇に葬られた。
だが——。
今世では、違う。
リディアは、全てを知っている。
セレナの手口を。
陰謀の全貌を。
そして、前世の失敗を。
リディアは、ペンを握り直した。
書く。
「今度こそ、阻止する」
「前世の二の舞には、させない」
「患者たちを、救う」
「真実を、明らかにする」
リディアは、ノートを見つめた。
そして、新しいページを開いた。
大きく、書いた。
「セレナ打倒計画」
リディアは、その下に、箇条書きで書き始めた。
「1.証拠を掴む——セレナの秘薬のサンプルを入手し、成分を分析」
「2.被害者を記録する——国王の症状、貴族たちの依存症状を詳細に記録」
「3.味方を作る——下級薬師たち、治療した貴族たちの信頼を得る」
「4.カイルの力を借りる——辺境に逃れ、そこから反撃」
「5.真実を公表する——証拠を揃え、王宮で告発」
リディアは、リストを見つめた。
これが、リディアの戦略だ。
一つ一つ、確実に実行する。
リディアは、ノートを閉じた。
そして、窓の外を見た。
月が、浮かんでいる。
冷たい、白い光。
だが、リディアの心は、燃えていた。
前世では、負けた。
だが、今世では、勝つ。
リディアは、立ち上がった。
机の前に戻り、再びノートを開く。
セレナの秘薬について、詳細に書き始めた。
「赤い蔓草の根——依存性物質」
「月光花の花粉——神経刺激作用」
「魔晶石の粉末——魔力増幅、神経負荷」
「配合比——前世の依存性薬物と一致」
リディアは、書き続けた。
国王の症状。
「倦怠感——薬物中毒の初期症状」
「記憶障害——神経系の破壊」
「意識混濁——中毒の進行」
リディアは、全てを記録した。
証拠を、積み上げる。
データを、集める。
時間が、過ぎる。
蝋燭が、短くなる。
リディアは、新しい蝋燭を灯した。
そして、書き続けた。
夜が、更けていく。
だが、リディアは止まらなかった。
リディアの目には、決意の光が宿っていた。
今度こそ、阻止する。
セレナの陰謀を。
前世の失敗を、繰り返さない。
リディアは、ペンを握りしめた。
ノートに、書き続けた。
静かな部屋で、一人。
だが、リディアの心は、燃えていた。
翌日。
リディアは、王宮の廊下を歩いていた。
昨夜、ほとんど眠れなかった。
セレナの陰謀が、頭から離れない。
リディアは、何とかしなければと焦っていた。
その時。
前方から、アルヴィンが歩いてきた。
リディアは、足を止めた。
アルヴィン。
セレナに操られている、傀儡。
だが、もしかしたら——。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
リディアは、意を決した。
「アルヴィン様」
リディアは、アルヴィンを呼び止めた。
アルヴィンは、面倒そうに立ち止まった。
「何だ、リディア」
リディアは、アルヴィンに近づいた。
周囲に、人がいないことを確認する。
そして、小声で言った。
「お話ししたいことが、あります」
アルヴィンは、眉をひそめた。
「手短に頼む。忙しい」
リディアは、深呼吸をした。
そして、言った。
「セレナ様は、危険です」
アルヴィンの顔が、強張った。
「何?」
「陛下の病は、セレナ様の薬が原因かもしれません」
アルヴィンの目が、鋭くなった。
「リディア、お前、何を言っている」
リディアは、続けた。
「セレナ様の秘薬には、依存性物質が含まれています。陛下は、その薬で中毒になっているのです」
アルヴィンの顔が、赤くなった。
「黙れ」
「アルヴィン様、お願いです。信じて——」
「黙れと言っている!」
アルヴィンは、怒鳴った。
リディアは、震えた。
アルヴィンは、リディアを睨みつけた。
「お前、これは婚約者の嫉妬か?」
「嫉妬……?」
「そうだろう。お前は、セレナ様が俺に近いことが気に入らないのだろう」
リディアは、首を振った。
「違います! これは事実です!」
「事実? 証拠はあるのか?」
リディアは、言葉に詰まった。
証拠。
まだ、確たる証拠がない。
アルヴィンは、冷たく笑った。
「ないのだろう。お前は、ただセレナ様を侮辱したいだけだ」
「違います!」
リディアは、必死に訴えた。
「私は、証拠を集めます。それまで、待ってください」
「待つ?」
アルヴィンは、鼻で笑った。
「お前の妄想に、付き合う時間はない」
「妄想ではありません!」
リディアの声が、大きくなった。
「セレナ様は、陛下を毒殺しようとしているのです!」
アルヴィンの顔が、さらに赤くなった。
そして、リディアの肩を掴んだ。
「リディア、もう一度言ってみろ」
アルヴィンの声が、低く、怒りに満ちている。
リディアは、アルヴィンの目を見た。
その目には、怒り、そして——セレナへの盲目的な信頼があった。
リディアは、悟った。
アルヴィンは、完全にセレナに取り込まれている。
もう、何を言っても無駄だ。
リディアは、唇を噛んだ。
「……すみませんでした」
アルヴィンは、リディアを離した。
そして、冷たく言った。
「お前との婚約は、失敗だった」
リディアは、息を呑んだ。
アルヴィンは、続けた。
「お前は、俺にとって何の価値もない」
「セレナ様を侮辱し、根拠のない妄想を語る」
「お前は、婚約者として失格だ」
アルヴィンは、リディアに背を向けた。
「二度と、俺の前でセレナ様の悪口を言うな」
アルヴィンは、そう言い残し、歩いて行った。
リディアは、その場に立ち尽くした。
廊下に、一人残された。
リディアは、拳を握った。
爪が、掌に食い込む。
痛い。
だが、心の痛みの方が大きい。
アルヴィンは、完全にセレナの側だ。
リディアの言葉を、一切信じない。
リディアは、顔を上げた。
廊下の向こう、アルヴィンの背中が見える。
リディアは、心の中で呟いた。
もう、彼には期待しない。
アルヴィンは、セレナの傀儡だ。
救う価値はない。
リディアは、自分で戦う。
一人で。
たとえ、誰も信じてくれなくても。
たとえ、孤独でも。
リディアは、セレナを止める。
国王を、救う。
真実を、明らかにする。
リディアは、拳を握りしめた。
そして、歩き出した。
アルヴィンとは、反対方向へ。
リディアの心は、決まっていた。
もう、迷わない。
もう、誰かに頼らない。
リディアは、自分の力で戦う。


