そんなにも彼女が大事なら、私から捨てて差し上げますね~親友と婚約者に裏切られた不遇令嬢の幸せな結末~

 ディルの祖母は昔、ミフォンの祖母に命を助けられていた。というのも、ミフォンの祖母は専属の毒見役だったのだ。年が近かったため仲良くなった頃に、彼女は毒に倒れた。
 処置が早かったため命は助かったが、障害が残ってしまい、見舞いに訪れたディルの祖母は泣きながら彼女にこう言った。

『私にできることなら何でもするわ。とりあえず言ってみてちょうだい』
『奥様、わたくしはわたくしの仕事をしただけでございます』
『でも……っ』
『奥様、あなたは高位貴族なのです。下の者を切り捨てる覚悟も持つべきです』

 頭では納得できるが、やはり何かしなければ気がすまなかった。何度も何度も彼女の元へ赴き、ディルの祖母は願いを求めた。そうしなければ、自分を許すことができないのだと気がついたミフォンの祖母は、ディルの祖母にこう願った。

『わたくしの息子に男爵の爵位をいただけませんか。そして、生まれてくるであろう孫がお金に困ることのない人生を送れるようにしてほしいのです』

 ミフォンの祖母はお金のために毒見役になった。せめて、自分が生きている間は、子供や孫たちがお金に困ることなく、幸せに暮らしてほしいと願ったのだ。
 フラスト王国では高位貴族の推薦があれば、一世代限りであれば男爵の爵位を金で買うことが可能だ。ディルの祖母はすぐにその手続きをした。

 その話を聞いたリリスは、ディルに尋ねる。

「辺境伯家の妻になれば、お金に困ることがないのは理解できますが、それならディル様のお兄様との婚約しなければ意味がないのではないですか?」
「さすがに辺境伯家の嫡男の相手に男爵令嬢は駄目だろ。身分が違いすぎる。俺は父から伯爵の爵位を継がせてもらう予定だったから、それで彼女の婚約者にされたってわけだ」
「伯爵と男爵令嬢でも身分の差はあると思いますが、お祖母様の望みだから許されたのですね」
 
(お金の援助では駄目だったのかしら。別にディル様と結婚する必要はないんじゃない?)

 眉根を寄せたリリスに、彼女の疑問を感じ取ったディルが説明する。

「レーヌ男爵家は一代限りだが、俺と結婚させれば、彼女は貴族のままでいられるだろ」
「そういうことですか。でも、ディル様でなければならないという理由にはなりませんよね。他の方との縁談を進めれば良かったのでは?」

 リリスの質問に、ディルは苦虫を噛み潰したような顔になった。答えない彼の代わりにファラスが口を開く。

「一つ目の理由は、あの勘違い女が結婚相手をディルに指定したこと。二つ目の理由は彼のお祖母様は頭の中に花が咲いている女のことを気に入っているんだ」
「気に入っている?」

 ミフォンはどちらかというと女性に嫌われるタイプだ。

(ミフォンが気に入られているってどういうことなの?)

「ディルのお祖母様の頭の中もお花畑なんだ」
「……えっ!?」

 リリスが聞き返すと、ディルが慌てて否定する。

「違う。まだマシだ。脳内がお花畑とまではいかない。心が広すぎるというか」

 ディルは大きなため息を吐き、こめかみを押さえて話を続ける。

「祖母とレーヌ男爵令嬢は何度か会ったことがあるんだ。そこで気が合ったらしくて、たまに一緒に買い物にも行ってる」
「……うまく媚びているんですね」
「そういうことだ。彼女以上に俺のことを思っている素敵な女性はいないって言ってる」

 不満そうな顔のまま、ディルは「どうしてそう思えるのかまったくわからない」と付け加えた。

(ミフォンの中ではお祖母様はマウントを取りたい対象ではないのね。だから、優しい良い子を演じているんだわ。ということは、化けの皮を剥がせばいいわけよね)

 リリスは少し考えたあと口を開く。

「ディル様、私に考えがあるのですが」
「……なんだ?」
「まず、ディル様のおばあ様は自分の目で見たものは信じる方ですか?」
「どういうことだ?」
「都合の悪いものは見ないという方がいらっしゃいますので、そうではないかの確認です」
「そういう意味なら大丈夫だ。自分に都合が悪いからって目を逸らすような人ではない」
「でしたら、円満にディル様の婚約を解消できるかもしれません」

 ディルとファラスは驚いた顔でリリスを見つめたが、すぐに彼女の考えていることに気がついた。ディルがリリスに尋ねる。

「君が彼女の本性を上手く引き出すつもりか?」
「はい。私とミフォン、そしてシン様が集まれば、ミフォンは我慢できずに、おばあ様の前でもシン様に気のあるそぶりを見せるでしょう。そうなった時、おばあ様はどう思われるでしょうか」
「……純粋な人だからショックを受けるだろうな」
「まずはそこで疑いの目を向けてもらいましょう。そこでおばあ様の気持ちに変化があるのなら、浮気現場を押さえ、自分の目で確認していただきます」
「俺はありがたいけど、君にメリットはないだろう」
「……そう思いますか」

 リリスは期待を込めた眼差しでディルを見つめた。

「ああ、そういうことか。わかった。それくらいのことならお安い御用だ」

 ディルは口元に笑みを浮かべて立ち上がる。

「善は急げだ。先日のティールームでの一件を彼女に伝えてくる。俺が伝えるだけなんだから、ファラスは何もしなくてもいいだろ。自分の身内や侍女以外であの人が話を聞く気になるのは、俺かファラス、そしてリリス嬢だけだからな」
「協力していただき、本当にありがとうございます。ディル様、申し訳ございませんが、おばあ様の日程だけ押さえていただけますでしょうか」
「了解」

(うんうん。いい感じじゃないか。これであの人間の皮をかぶった非常識な生き物たちが、どんな顔をするのか今から楽しみだな)

 淡々と話を進めていく二人を見たファラスは、満足そうに微笑んだ。