「……シ、シン? どうしてここにいるの?」
さすがのミフォンもシンがどこに行かされたのかは知っていた。彼女にとってのシンはもう用なしで関わり合いになりたくない人物の一人だ。しかも、まるで別人のように陰気な顔になっており、昔の面影は一切見えない。ミフォンは恐ろしさを覚えて後ずさりしながら尋ねた。
「君と一緒に働けるようになったと聞いたんだ」
「一緒に働くですって?」
「ああ。君は僕と一緒に更生するための道を歩むんだ」
「更生ですって?」
ミフォンはシンに聞き返したあと、リリスに顔を向ける。
「一体、どういうことなのよ! あなた、シンにわたしを押し付けるつもりなの!?」
叫ぶミフォンに、リリスではなくシンが答える。
「違うよ、ミフォン。君を捨てることを決めたのはロタだ。君が路頭に迷わないように、リリスが色々と段取りをしてくれたんだ」
リリスはここに来るまでに採石場の管理者だけでなく、管理者やロタ経由でシンとも連絡を取っていた。まずはシンが冷静に話せる状態かを確認してもらい、ミフォンについての話をさせた。そして彼が、未だにミフォンを思い続けていることがわかった。シンがミフォンを受け入れると決めたことを、彼の両親に伝えたところ、彼は彼女を取るか家族を取るかを迫られた。そして、彼はミフォンを選択した。このことによって彼が更生することができても、戻る場所はなくなった。彼は自分の死に場所を今いる場所に決め、ミフォンと共に生きていくことを望んだのだ。
シンが働いている採石場は更生施設も兼ねている。罰として入所するのではなく、一般として入所する場合、入所金を払わなければならないが、それはリリスがミフォンとの手切れ金と考えて支払った。最初は5年間契約で入所し、生き方の改善が見られれば期間は短くなるが、入所中に規則違反を犯せば入所期間は強制的に長くなる。
「シン! あなたはリリスに騙されているわ!」
「騙されてなんかない。いや、騙されていてもいい。僕には君しかいない。そして、今の君にはもう僕しかいないんだよ。諦めて入所するんだ」
「そんな! そんなことないわよ! わたしを助けてくれる人はたくさんいるわ!」
ミフォンが首を横に振ると、彼女を掴んでいた男が鼻で笑う。
「お前の悪行は多くの人が知っている。わざわざ助けるような馬鹿はいない。ああ、いや、いたな。そこにいる男くらいだろう」
「そんな! リリス! 助けてよ! わたしは働くなんて無理! それに、こんなことをしたらおばあさまが悲しむわよ!」
「おばあさまというのは誰のことを言っているのかわからないけれど、あなたのお祖母様は了承済みよ。サイセキさんと一緒になったほうが良いと言っていたわ」
「……お祖母様が? 嘘よ。それにサイセキさんって誰よ!」
「あなたの未来の夫のことよ」
ジョード家から除籍されたシンには姓がなくなった。そのため、採石場で働いている人として、サイセキという姓がつけられていた。
「未来の夫ですって!? 誰なのよ!?」
「僕だよ」
シンはミフォンにゆっくりと近づきながら続ける。
「僕は新しい姓と共に生まれ変わるつもりでいる。君にも生まれ変わってほしい。だけど、強制はできない。路頭に迷うのか、僕と一緒に暮らすのか選んでほしい」
「どっちも嫌に決まっているでしょうっ!」
ミフォンは叫んだあと、リリスを睨みつける。
「あんたが大人しく我慢してくれていれば良かっただけなのに! しかも、ディルまで奪うなんて本当に最低よ!」
ミフォンの言っていることは、ただの逆恨みだ。あきれ返ったリリスが言い返そうとした時、ディルが彼女の前に現れた。
「リリスはあんたから俺を奪ってなんかない。俺があんたと婚約破棄したかっただけだ」
「ディル! あなたはそこにいる性悪のリリスに騙されているわ!」
「騙されてねぇよ。大体、性悪なのはあんただろ」
ディルが答えると同時に、ファラスがリリスからシルバートレイを受け取り、縁の部分でミフォンの鼻を押し上げた。
「な、何ふんのよっ!?」
「ほう。これが俗に言う豚鼻か」
「シルバートレイでほとんど見えてねぇだろ」
ディルのツッコミに、ファラスは笑顔で答える。
(私の代わりにお兄様が攻撃してくれたのね)
しつこいミフォンに対してどんなに苛立っても、暴力に走ることはできない。貴族の令嬢であるリリスが、平民の女性に乱暴をしたと噂を流されては困るし、常識を疑われる可能性もある。だから、ファラスが代わりに攻撃して黙らせようとしたのだった。
「わたふぃにこんなことして、良いと思っふぇるの?」
「おお。誰かに言うのか? 誰に言うのかぜひ聞かせてほしい」
ファラスが笑顔でミフォンの鼻をぐりぐりと上に押し上げる。ミフォンは恥ずかしさで顔を背けて逃げようとしたが、彼女を拘束している男たちがそれを阻んだ。
「こんな屈辱を味わうことになるなんて!」
涙を流すミフォンを見て、ファラスがシルバートレイを押し当てるのをやめると、リリスが話しかける。
「ミフォン、サイセキさんと一緒にいることはあなたの幸せに繋がると思うわ」
「どうして? そんなわけないじゃない!」
シルバートレイの縁をハンカチで綺麗に拭いているファラスを視界に入れないようにしながら、リリスは微笑む。
「あなたはディル様に婚約破棄されただけでなく両親が悪いことをして捕まり、男爵令嬢ではなくなった。あなたの話は社交界で持ちきりよ。今の状態で伯爵令息から平民になった、サイセキさんの元に行けば、もっと注目されるんじゃないかしら」
多くの人の関心が自分に集まることは、それが悪い噂であったとしても、ミフォンにとっては自尊心を満たすものだ。ミフォンは単純なのでリリスの話に食いついた。
「嫌だと言ったらどうなるの?」
「好きに生きればいいと思うわ。ただ、あなたを守ってくれる人はいないから、住む場所もなければ食べるものも自分でも探さなければいけない。物を盗ろうものなら捕まったり、もっと酷い目にあうかもしれないわね」
「……わかったわ。シンと一緒に住むわよ!」
「そう。良かった。元気でね、ミフォン。もうあなたに会うことはないわ」
くるりと背を向けて歩き出したリリスに、ミフォンが暴言を吐こうとしたが、ディルに睨まれ、ファラスからはシルバートレイで攻撃を食らい、大人しくせざるを得なかった。
この時のミフォンは、嫌になったら逃げればいいと思っていた。だが、シンの住んでいる場所は監視付きの寮であり、更生施設でもある。自分が逃げられない場所に行くことなど想像もしていなかった。
さすがのミフォンもシンがどこに行かされたのかは知っていた。彼女にとってのシンはもう用なしで関わり合いになりたくない人物の一人だ。しかも、まるで別人のように陰気な顔になっており、昔の面影は一切見えない。ミフォンは恐ろしさを覚えて後ずさりしながら尋ねた。
「君と一緒に働けるようになったと聞いたんだ」
「一緒に働くですって?」
「ああ。君は僕と一緒に更生するための道を歩むんだ」
「更生ですって?」
ミフォンはシンに聞き返したあと、リリスに顔を向ける。
「一体、どういうことなのよ! あなた、シンにわたしを押し付けるつもりなの!?」
叫ぶミフォンに、リリスではなくシンが答える。
「違うよ、ミフォン。君を捨てることを決めたのはロタだ。君が路頭に迷わないように、リリスが色々と段取りをしてくれたんだ」
リリスはここに来るまでに採石場の管理者だけでなく、管理者やロタ経由でシンとも連絡を取っていた。まずはシンが冷静に話せる状態かを確認してもらい、ミフォンについての話をさせた。そして彼が、未だにミフォンを思い続けていることがわかった。シンがミフォンを受け入れると決めたことを、彼の両親に伝えたところ、彼は彼女を取るか家族を取るかを迫られた。そして、彼はミフォンを選択した。このことによって彼が更生することができても、戻る場所はなくなった。彼は自分の死に場所を今いる場所に決め、ミフォンと共に生きていくことを望んだのだ。
シンが働いている採石場は更生施設も兼ねている。罰として入所するのではなく、一般として入所する場合、入所金を払わなければならないが、それはリリスがミフォンとの手切れ金と考えて支払った。最初は5年間契約で入所し、生き方の改善が見られれば期間は短くなるが、入所中に規則違反を犯せば入所期間は強制的に長くなる。
「シン! あなたはリリスに騙されているわ!」
「騙されてなんかない。いや、騙されていてもいい。僕には君しかいない。そして、今の君にはもう僕しかいないんだよ。諦めて入所するんだ」
「そんな! そんなことないわよ! わたしを助けてくれる人はたくさんいるわ!」
ミフォンが首を横に振ると、彼女を掴んでいた男が鼻で笑う。
「お前の悪行は多くの人が知っている。わざわざ助けるような馬鹿はいない。ああ、いや、いたな。そこにいる男くらいだろう」
「そんな! リリス! 助けてよ! わたしは働くなんて無理! それに、こんなことをしたらおばあさまが悲しむわよ!」
「おばあさまというのは誰のことを言っているのかわからないけれど、あなたのお祖母様は了承済みよ。サイセキさんと一緒になったほうが良いと言っていたわ」
「……お祖母様が? 嘘よ。それにサイセキさんって誰よ!」
「あなたの未来の夫のことよ」
ジョード家から除籍されたシンには姓がなくなった。そのため、採石場で働いている人として、サイセキという姓がつけられていた。
「未来の夫ですって!? 誰なのよ!?」
「僕だよ」
シンはミフォンにゆっくりと近づきながら続ける。
「僕は新しい姓と共に生まれ変わるつもりでいる。君にも生まれ変わってほしい。だけど、強制はできない。路頭に迷うのか、僕と一緒に暮らすのか選んでほしい」
「どっちも嫌に決まっているでしょうっ!」
ミフォンは叫んだあと、リリスを睨みつける。
「あんたが大人しく我慢してくれていれば良かっただけなのに! しかも、ディルまで奪うなんて本当に最低よ!」
ミフォンの言っていることは、ただの逆恨みだ。あきれ返ったリリスが言い返そうとした時、ディルが彼女の前に現れた。
「リリスはあんたから俺を奪ってなんかない。俺があんたと婚約破棄したかっただけだ」
「ディル! あなたはそこにいる性悪のリリスに騙されているわ!」
「騙されてねぇよ。大体、性悪なのはあんただろ」
ディルが答えると同時に、ファラスがリリスからシルバートレイを受け取り、縁の部分でミフォンの鼻を押し上げた。
「な、何ふんのよっ!?」
「ほう。これが俗に言う豚鼻か」
「シルバートレイでほとんど見えてねぇだろ」
ディルのツッコミに、ファラスは笑顔で答える。
(私の代わりにお兄様が攻撃してくれたのね)
しつこいミフォンに対してどんなに苛立っても、暴力に走ることはできない。貴族の令嬢であるリリスが、平民の女性に乱暴をしたと噂を流されては困るし、常識を疑われる可能性もある。だから、ファラスが代わりに攻撃して黙らせようとしたのだった。
「わたふぃにこんなことして、良いと思っふぇるの?」
「おお。誰かに言うのか? 誰に言うのかぜひ聞かせてほしい」
ファラスが笑顔でミフォンの鼻をぐりぐりと上に押し上げる。ミフォンは恥ずかしさで顔を背けて逃げようとしたが、彼女を拘束している男たちがそれを阻んだ。
「こんな屈辱を味わうことになるなんて!」
涙を流すミフォンを見て、ファラスがシルバートレイを押し当てるのをやめると、リリスが話しかける。
「ミフォン、サイセキさんと一緒にいることはあなたの幸せに繋がると思うわ」
「どうして? そんなわけないじゃない!」
シルバートレイの縁をハンカチで綺麗に拭いているファラスを視界に入れないようにしながら、リリスは微笑む。
「あなたはディル様に婚約破棄されただけでなく両親が悪いことをして捕まり、男爵令嬢ではなくなった。あなたの話は社交界で持ちきりよ。今の状態で伯爵令息から平民になった、サイセキさんの元に行けば、もっと注目されるんじゃないかしら」
多くの人の関心が自分に集まることは、それが悪い噂であったとしても、ミフォンにとっては自尊心を満たすものだ。ミフォンは単純なのでリリスの話に食いついた。
「嫌だと言ったらどうなるの?」
「好きに生きればいいと思うわ。ただ、あなたを守ってくれる人はいないから、住む場所もなければ食べるものも自分でも探さなければいけない。物を盗ろうものなら捕まったり、もっと酷い目にあうかもしれないわね」
「……わかったわ。シンと一緒に住むわよ!」
「そう。良かった。元気でね、ミフォン。もうあなたに会うことはないわ」
くるりと背を向けて歩き出したリリスに、ミフォンが暴言を吐こうとしたが、ディルに睨まれ、ファラスからはシルバートレイで攻撃を食らい、大人しくせざるを得なかった。
この時のミフォンは、嫌になったら逃げればいいと思っていた。だが、シンの住んでいる場所は監視付きの寮であり、更生施設でもある。自分が逃げられない場所に行くことなど想像もしていなかった。


