そんなにも彼女が大事なら、私から捨てて差し上げますね~親友と婚約者に裏切られた不遇令嬢の幸せな結末~

 リリスの提案をロタが受けると言ったため、一度、彼を解放することにした。
 何があったかリリスに確認するため、ディルは騒がせた分のお詫び金の代わりに宝石を購入するから場所を借りたいと話すと、店長は笑顔で快諾した。
 元々、部屋の用意は王女からの依頼でもあったし、宝石を買ってもらえることもメリットではあるが、ここで恩を売っておけば、店の評判は良くなり、これからの売上にも繋がるからだ。
 このメリットを考えれば、ロタ一人を出禁にするくらい痛くも痒くもなかった。

 リリスが先ほどまでいた部屋に通してもらってすぐ、ディルが彼女に尋ねる。

「ケガはないか?」
「はい。大丈夫です」
「嫌なことは言われなかったか?」
「心配していただきありがとうございます。傷ついたりしていませんのでお気遣いなく」
「それならいいけど」

 ディルはホッとしたような顔をして、頷くと話題を変える。

「で、何か欲しいものはあったか?」
「い、いえ。まだ見ているところでして……」

 ミフォンが欲しがった、ディルの瞳の色と同じ宝石の原石でアクセサリーを作りたいという願望があったが、値段のことを考えると、さすがに口には出せなかった。
 
「ノルスコット子爵令嬢、先ほど、こちらを見ておられましたがいかがですか?」

 ちょうど良いタイミングで店員が、先程の原石を持ってきた。

「これって……」

 原石を見たディルは、驚いた顔をしてリリスに目を向けた。目を合わせたリリスは頬を染めて答える。

「ディル様の瞳の色なのでほしいなと思ったのですが、ミフォンもほしがっていたので、一気にほしい気持ちが冷めたと言いますか」
「なんであいつがこれをほしがるんだ」
「まだディル様のことを諦めていないみたいです」
「どうしたら諦めてくれるんだよ」

 ディルは小さく息を吐いたあと、二人のやり取りを笑顔で見守っていた店員に声を掛ける。

「これを買うことにする。それから加工もお願いしたいんだが」
「お買い上げありがとうございます! 加工でございますね。では早速、カタログをお持ちいたします!」

 店員は弾んだ声でそう答えると、満面の笑みを浮かべて部屋から出ていく。

 値段も見ずに買うことを決めたディルに、リリスは失礼だとわかっていながらも問いかける。

「結構なお値段でしたけど、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、俺は騎士だから金がないんじゃないかって心配してくれてるのか?」
「私の勉強不足で騎士の方のお給料の目安を知らないんです。ディル様は辺境伯令息でもありますから、お金に困ることはないとわかってはいるのですが……」
「王家直属の騎士団の騎士の給料は別格なんだよ。それに、リリスの前でカッコ悪いことをするつもりはねぇから心配すんな」
「……ありがとうございます」

 頬を撫でられたリリスは、恥ずかしくなってシルバートレイで顔を隠した。

(嬉しくて顔がにやけそう。にやけたら酷い顔になりそうだし、ディル様には絶対に見せられない)

「どうして顔を隠すんだ?」
「ふふふ。なんだ仲良くなっているじゃないか」
 
 不思議そうに尋ねたディルだったが、すぐに視線を扉のほうに向けた。ディルの問いかけに答える前に、ステラの声が聞こえ、リリスはシルバートレイを下ろした。

 ステラは気配を消していたらしく、いつの間にか部屋に入っており、二人の様子を眺めていた。
 リリスは慌ててシルバートレイをソファに置いてカーテシーをした。ディルは眉根を寄せてステラに話しかける。

「悪趣味ですよ。普通はノックをして返事があってから入るものでしょう」
「ノックはした。お前たちがイチャイチャしていて気づかなかっただけだ」
「音を立てて扉を開けてくださいよ」
「どうせディルは気づいていたんだろう?」
「リリスが驚くから言っているんです」
「ああ、いいなあ! 私も愛しの彼とイチャイチャしたい!」

 店員も近くにいるため、ステラはファラスの名を挙げずに叫んだ。

(お兄様がイチャイチャなんて、あまり想像できないわね)

 リリスの心の声をディルが代弁する。

「そういうのは嫌がるタイプだと思いますけどね」
「ディルができるんだからできるだろう!」
「俺と愛しの彼を一緒にしないでください」
「するわけがない! 彼は私の運命の人だからな!」

 ステラはきっぱりと答えると、リリスの隣にやって来て微笑む。

「さあ、リリス。待たせてすまなかったな。宝石を選ぼうか」
「ありがとうございます。ですが、ディル様に買っていただくことにしたんです」
「婚約者に贈り物を贈るのは当たり前の行為だ。だから、私からの贈り物とは別だ。さあ、一緒に選ぼうか」

 ステラは笑顔でリリスにそう促したあと、厳しい表情に切り替えて、ディルたちに命令する。

「私たちはここで楽しんでおく。最小限の見張りだけ残して、他はミホンたちの動きを確認してくれ」
「承知いたしました」

 ディルを含む護衛騎士が声を揃えて返事をすると、部屋から出ていった。その後、騎士同士で話をして、ディルは表には出ず、店内で様子を見ることになった。ディルが他の騎士と共に店の出入り口付近までやって来た時、ミフォンの声が聞こえてきた。

「私はまだ帰りたくない! リリスに会わなくちゃいけないのよ!」
「君はもう平民なんだ。子爵令嬢と簡単に話すことができるなんて思わないでほしい」
「友達なのよ! 貴族も平民も関係ないわ!」

 自分が罰されることはなさそうだと安心したミフォンは、調子に乗って叫んでいた。今までのロタなら好きなようにさせていたが、今の彼は違った。

「馬車に乗らないなら置いていく」
「ちょっと、それはやめてよ!」
「なら帰ろう」

 リリスとの約束を果たすためには、彼はもう少しだけミフォンを屋敷に置いておかねばならない。
 嫌々ながらも馬車に乗り込んだミフォンを見て、ロタは安堵の息を吐いた。

 ミフォン自身が自分のやってきたことを後悔する日が近づいてきていた。