そんなにも彼女が大事なら、私から捨てて差し上げますね~親友と婚約者に裏切られた不遇令嬢の幸せな結末~

 さすがのミフォンもシンに付き添ってもらうことは、リリスたちに余計に不信感を与える行為だということはわかっていた。
 だから、別々に出てきたのだが、シンの演技が下手すぎてバレバレだということに、ミフォンは気がついていなかった。開放されていた中庭でシンと落ち合うと、ミフォンは辺りを見回す。不自然なくらいに人がおらず、見張りの姿さえも見えない。人に見られないように注意しながら移動し、外灯に照らされたベンチを見つけたミフォンは、シンをそこに連れていって座らせた。
 不安そうな顔をしているシンに訴える。

「最悪だわ! このままじゃ、ディルとの婚約が無しになっちゃう! そんなの駄目。わたしは彼と結婚するんだから!」
「ミフォン、それなら僕とこんな所に来ちゃ駄目なんじゃないのか? 絶対に怪しんでいると思うよ。リリスたちが後を追ってきている可能性だってある」

 シンが小声で注意を促すと、ミフォンも小声になって答える。

「ええ。そうよ。よくわかってるじゃない。だから、あなたのせいにしてほしいの」
「え? ぼ、僕のせい? どういうことだよ」
「よく聞いてね。わたしはあなたに脅されているの。浮気まがいのことをしたけれど、それはあなたに無理やりさせられたのよ」

 全てシンのせいにして、自分は全面的に被害者だと訴えるつもりだった。シンに脅されて浮気に見えるようなことをしてしまったと言い張るつもりらしい。
 そのことに気がついたシンは、何度も首を横に振る。

「そ、そんな! そんなことを言ったら僕が罰されるじゃないか! それなら素直に僕らの愛を認めて婚約をお互いに解消しよう!」
「駄目よ! わたしはリリスの親友なのよ? 親友の婚約者を奪うなんてできない!」
「……ミフォン、君は優しすぎるよ」
「優しくなんかないわ。あなたとこうやって二人で会っていることもリリスを傷つける行為よ。わたしは最低な人間よね!」

 ミフォンは両手で顔を覆い、泣き真似を始めた。

「ああ、ごめんなさい、リリス。わたしがシンと仲良くしなければ、あなたは悲しむ必要はなかったわよね。やっぱり、わたしはシンと一緒にいてはいけないわっ!」
「ミフォン、泣かないでくれ。わかった。僕のせいだと言うよ」
「……ありがとう!」

 ミフォンは両手を顔から離し、笑顔でシンにすり寄った。

「でもさ、僕が無理強いしたってことで、リリスは僕との婚約を破棄しようとするかもしれないよ」
「そんなことになったら困るわ。あなたの家は伯爵家でしょう。相手は子爵家なんだから言うことは聞いてもらって。あなたが無理なら、おじ様たちに何とかしてもらって! そうじゃないと」
「……そうじゃないと?」
「何度も言っているけど、わたしはあなたとの関係を切らないといけなくなるわ」
「そんな……っ」

 シンは昔からミフォンのことが好きだった。彼女のことを知ったのは、彼の両親が辺境伯家との縁を繋ぎたいと考え、ミフォンの両親に近づいたからだ。
 会ってすぐに、その外見の愛らしさに夢中になった。婚約者がいるとわかっていた。だから、何度も忘れようとした。だが、忘れられなかった。彼の中でのミフォンは友人思いの優しい子だ。それに比べて、婚約者のリリスは褒めてくれることもあるが、明らかにマナー違反の時は小言を言うため、いちいちうるさい女だと正直疎ましく感じていた。
 小言を言うのは、彼のためだということに気がついていないのだ。
 ミフォンは自分の悪い所も受け入れてくれる。彼女が自分の人生の中にいなくなったら、どうなってしまうのか、そんなことを考えるだけで恐ろしかった。

 シンが頭を抱えた時、少し離れた場所でリリスとディル、ファラスとステラが彼らの話を聞いていた。警備についていた騎士たちにはミフォンたちが話をしやすいように、今だけは持ち場を離れてもらっている。

(シン様は本当に自分だけが悪いと言うつもりなのかしら)

「あの女狐め、本当に自分のことしか考えていないな」

 ファラスが呟くと、ステラが不満そうな顔で話す。

「今日は浮気しないつもりなんだろうか?」
「わかりません。警戒していることは確かですが」

 ファラスが言葉を濁した時、リリスが動いた。近くに立っていた騎士に小声で話しかけたのだ。

「見回りのふりをして彼女たちの所に行ってください。そこで、もう一度言ってほしいのです」

 頼まれた騎士は「言うとは?」とリリスに聞き返した。すると、リリスではなくディルが答える。

「リリス嬢を褒める発言のことだろう」
「それから私が二人を必死になって探していたと二人に聞こえるように話をしてほしいのです」
「承知いたしました」 

 リリスの願いに二人の騎士は頷いて返事をすると、ミフォンたちがいるベンチに向かって歩きながら話し始める。

「今日のリリス様は本当にお綺麗だな」
「ああ。以前から珍しい瞳が美しいと思っていたけれど、それだけじゃなかったんだな」

 騎士たちは大きな声で話し、自分たちがミフォンたちのいる場所に近づいていることを知らせた。話し声を聞いたミフォンとシンは動きを止めて、聞き耳を立てる。

「リリス様は婚約者を探して必死になっていたな」
「ああ。よっぽど心配なんだろう。早く二人を見つけて、リリス様を安心させてあげよう」

 その話を聞いたミフォンは、彼らに見つからないように、シンを連れて素早く移動を開始した。

(リリスったら、興味がないふりをして、やっぱりシンのことが好きなのね!)

「ミフォン、探していると言っていたし、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
「……そうね」

 ミフォンは頷きながらも、シンを道から外れた木々の間に連れて行く。

「……ミフォン、どこに行くつもりなんだ?」
「シン、あなたはわたしの言うことを聞いてくれるのよね? なら、ご褒美をあげなくちゃ」

 そう言ってミフォンはシンに抱きついた。驚いたシンだったが、すぐに感激した様子でミフォンを抱きしめる。

「ミフォン! 本当に愛してる!」
「ありがとう、シン!」

 シンと抱き合ったミフォンは、心の中で叫ぶ。

(リリス! あなたは必死にシンを探しているみたいだけど、彼はわたしに夢中よ! あなたがシンと結婚したあとも、あなたやディルにバレないようにこの関係を続けてあげるわ)

 ミフォンの口元に笑みがこぼれた時だった。

「体調が悪いと言っていたけど、元気になったみたいで本当に良かったわ」
「「……え?」」

 そう簡単には見つからない場所に隠れたつもりだった。だが、隠れる所を見られていれば意味がない。

 抱き合ったままのミフォンとシンが視線を向けた先には、ランタンとシルバートレイを手にしたリリスが立っていた。