そんなにも彼女が大事なら、私から捨てて差し上げますね~親友と婚約者に裏切られた不遇令嬢の幸せな結末~

 鐘の音が鳴り終わると、ステラが彼女の兄である王太子と共に、会場の奥にある階段を下りてきた。話を続けるわけにはいかず、リリスたちは口を閉じてステラたちに集中する。

「今日は私のワガママに付き合ってくれてありがとう。みながここに集まってくれただけで、私は幸せだ。今日の料理は王城のシェフだけでなく、王都の有名店のシェフやパティシエが集まって用意してくれている。食事や歓談など思い思いに楽しんでくれ」

 今日の夜会の目的は、親交を深めるためのものと言われているため、本当の目的を知らない貴族たちは、ステラのスピーチが終わると、いそいそと料理が並ぶコーナーへと足を運び始める。

 王都の有名店と聞いてリリスも心が惹かれるものがあったが、今はそれどころではなかった。ミフォンたちとのこともあるが、ステラがこちらに近づいてきたからだ。

「やあ、ディル! 今日は騎士の姿ではないのだな! 正装姿も似合っているぞ!」

 ステラはまず、普段から付き合いのあるディルに話しかけた。

「ありがとうございます。殿下は変わらずお美しいですね」
「だろう?」

 ステラはにこりと微笑むと、リリスとファラスに顔を向ける。

「久しぶりだな。二人とも元気にしていたか?」

 手紙で何度もやり取りはしているのだが、会うのは久しぶりだったためリリスもファラスも笑顔で答える。

「お久しぶりです。ステラ様にお会いできて光栄ですわ」
「ご無沙汰しております。ステラ殿下にお会いできて光栄です」

 リリスがカーテシーをし、ファラスが一礼すると、ステラは整った眉を顰める。

「ファラス、私のことを殿下と呼ぶのはやめろと言っただろう」
「殿下は殿下ですから」
「今は公式の場ではないのだから、ステラと呼べ」
「……お会いできて光栄です、ステラ様」

 ファラスが観念した様子でため息を吐いてそう言った時、黙って様子を見守っていたミフォンがステラに話しかける。

「はじめまして、ステラ様! わたし、ミフォン・レーヌと申します! リリスの親友です! よろしくお願いいたします!」

 カーテシーはしたものの、一国の王女に初対面で馴れ馴れしく話しかける人間はいない。しかもミフォンは男爵令嬢であり、一世代だけのものだ。王女の存在はミフォンにとっては雲の上の存在に近い。

(学園で位が上の人に接する時のマナーは教わったはずなんだけど、絶対に覚えてないわね)
 
 呆れ返ったリリスだったが我に返ってミフォンを窘めようとすると、ディルが口を開く。

「レーヌ男爵令嬢、王女殿下に対して無礼だぞ」
「無礼? そんなことはないですよねぇ?」

 リリスに親し気にしているということは、自分も大丈夫だと勘違いしたらしいミフォンは、小首を傾げてステラに尋ねた。すると、ステラはきっぱりと答える。

「無礼に決まっているだろう。私は親しい人間以外には殿下と呼ばせている。勝手にステラ様と呼ばれるのは不愉快だ」
「で、では、仲良くなってください! 私はリリスの親友ですからステラ様とも仲良くなれるはずです」
「いい加減にしろ!」
「いい加減にしなさい!」

 ステラが口を開く前に、ディルとリリスのミフォンを叱責する声が重なった。さすがのシンもミフォンに味方する勇気はないらしく、苦言を呈する。

「ミフォン、駄目だって言われているんだから言っちゃ駄目だ。すぐに謝るんだ」
「……どうしてリリスは良いのに、わたしは駄目なのよ」
「リリスが許してもらえているんだ。君だって何度か話せば許してもらえるさ」
「わかったわ」

 ミフォンは不満そうに呟き、渋々といった様子でステラに頭を下げた。ステラは何も言わないが、リリスが注意する。

「何なのよ、その態度。ミフォン、あなたどうかしてるわ。相手は王女殿下なのよ?」
「でも、王女殿下とリリスは仲良さげにしているじゃない。わたしとリリスは同じ立場でしょう?」
「同じなわけないでしょう! あなた、自分の言っていることわかってる?」
「同じよ! ああ、わかった。リリス、あなた、わたしに全て奪われると思って怖いのね?」
「意味がわからないわ。あなたは何が言いたいの?」
「わたしが王女殿下と親しくなることが怖いんでしょう?」

(ああ、もうイライラする! どうしたらこの子とまともに会話できるの!?)

 にやにやと笑うミフォンに、一から説明するしかないのかと諦めた時、ステラがミフォンを指さして断言する。

「私はお前が好きじゃない。だから仲良くしない」
「な、なんですって?」
「ああ、安心しろ。私は王女だ。お前が嫌いだからってわざと嫌なことをしたりしないし、助けねばならない時は助ける。一応、お前もこの国の国民だからな」
「……それなら良かったですけど」
「だが、仲良くはならないということは忘れるな。お前のような無礼な奴と親しくなることなどありえない」

 さすがのミフォンも自分の行動が行き過ぎたことを察したのか、大人しく口を閉じたのだが、妹を馬鹿にされたファラスがこれで終わらせるはずがなかった。

「ステラ様、この女、ディルという婚約者がいるというのに、リリスの婚約者と浮気しています」
「なんだと?」

 ステラに睨みつけられたミフォンとシンはびくりと体を震わせると、慌ててリリスの後ろに隠れた。

(茶番を始めるのはかまわないんだけど、どうして二人とも私の後ろに隠れるのよ!)

 リリスは大きく息を吐いて質問する

「ミフォン、シン様、やはり二人は浮気をしているということで間違いないですね?」
「違う!」
「違うわ!」

 シンとミフォンは同時に否定したが、二人ともに嘘をついていることに違いはない。ミフォンは口裏を合わせるためにシンをここから連れ出そうと考えた。

「ああ、なんだか気分が悪くなってきたわ!」
「どうしたんだよ、ミフォン!」
「俺が付き添おうか」

 さすがのシンも心配するだけにとどめたためディルが形式上申し出ると、ミフォンは何度も首を横に振る。

「い、いいの! ディルは王女様と話をしてちょうだい! ああ、気分が悪い! 倒れそうだわ!」

 ミフォンは体調不良とは思えないほど大きな声で言いながら、シンのほうをちらりと見て歩き出した。すると、シンがポンと手を打つ。

「ご、ごめん。ステラ殿下にお会いして緊張してお腹が痛くなってきた。リリス、ここで待っていてくれないか」

 リリスが何か言う前に、シンは急いで会場を出て行く。

(もう少しマシな嘘がつけないのかしら)

「浮気する人間は賢くないと思っていたが、あいつ、やっぱり馬鹿だな。あ、人間じゃないから仕方がないのか」
「人間じゃないかどうかはわからないが、あいつ、馬鹿だな」

 遠い目をするファラスと呆れ顔のディルを促し、リリスはミフォンたちの後を追った。