俺はまだ若く、そして、
世の中をななめに見ているきらいがあった。
俺が初めて編集者を担当した20代前半の同い年の小説家は、家ではいつもくたびれてつぎの当たった着物を着て猫背で文机に向かっていた。
今年の冬はことさらに寒く、火鉢にくべる炭が高騰していて、
彼はいつも寒そうにぶるぶる震えながら火のない火鉢を背負い、
つぎはぎだらけの半纏を着て、畳のけば立った6畳の部屋で小説を書いていた。
東京のはずれにある小さくて古い借家が、彼の住み家であった。
こう見えて、彼は絶世の美男子であった。
クセのある黒髪をさっぱりと短く切っている。しろいうりざね顔に太くやさしい弧を描く眉、
ぱっちりとした琥珀色の目。まつ毛はまるで墨で描いたように濃く長く、鼻は大きく高く、唇はたっぷりと厚く 紅を引いたように赤かった。
身体は細身で上背があり、しゃべる声は高くもなく低くもなく、
そして、無駄に甘いのだった。
さぞかし女性に人気があるのだろう、と思ったが、
今のところ、俺は、彼が女性に囲まれているところを一度も見たことがなかった。
その代わり、
其れなりの背広を着て近くの小学校で教鞭を取る彼は、
いつも子どもたちに囲まれていた。
「先生、先生」と高くあかるい声で呼ばれ、彼は本当にうれしそうに笑っていた。
才能のある小説家であり、慕ってくれる生徒たちもいて、おまけに美丈夫。
俺は、彼に悩みなどひとつもないのだろうな、と思っていた。
少なくとも、俺が持っているような世俗的な悩みは。
金がないだの女にもてないだの、親がしきりと見合いを勧めてくるのが鬱陶しいとか、毎日仕事ばかりだとか、景気が良くないとか今度いつゆっくりと本屋をめぐれるのか、とか。
彼にはどこか浮世離れしたところがあった。
世の中をななめに見ているきらいがあった。
俺が初めて編集者を担当した20代前半の同い年の小説家は、家ではいつもくたびれてつぎの当たった着物を着て猫背で文机に向かっていた。
今年の冬はことさらに寒く、火鉢にくべる炭が高騰していて、
彼はいつも寒そうにぶるぶる震えながら火のない火鉢を背負い、
つぎはぎだらけの半纏を着て、畳のけば立った6畳の部屋で小説を書いていた。
東京のはずれにある小さくて古い借家が、彼の住み家であった。
こう見えて、彼は絶世の美男子であった。
クセのある黒髪をさっぱりと短く切っている。しろいうりざね顔に太くやさしい弧を描く眉、
ぱっちりとした琥珀色の目。まつ毛はまるで墨で描いたように濃く長く、鼻は大きく高く、唇はたっぷりと厚く 紅を引いたように赤かった。
身体は細身で上背があり、しゃべる声は高くもなく低くもなく、
そして、無駄に甘いのだった。
さぞかし女性に人気があるのだろう、と思ったが、
今のところ、俺は、彼が女性に囲まれているところを一度も見たことがなかった。
その代わり、
其れなりの背広を着て近くの小学校で教鞭を取る彼は、
いつも子どもたちに囲まれていた。
「先生、先生」と高くあかるい声で呼ばれ、彼は本当にうれしそうに笑っていた。
才能のある小説家であり、慕ってくれる生徒たちもいて、おまけに美丈夫。
俺は、彼に悩みなどひとつもないのだろうな、と思っていた。
少なくとも、俺が持っているような世俗的な悩みは。
金がないだの女にもてないだの、親がしきりと見合いを勧めてくるのが鬱陶しいとか、毎日仕事ばかりだとか、景気が良くないとか今度いつゆっくりと本屋をめぐれるのか、とか。
彼にはどこか浮世離れしたところがあった。



