「長年懸想って言うけど、唯人の記憶はいつ戻ったの?エルフリーデが依子だっていつ気付いたの?」
「戻るもなにも、俺は最初から唯人だったよ。依子は違ったん?」
「最初って……赤ちゃんの頃からってこと?」
「ハッキリ自覚したのは三歳くらいのときだったかな。俺はあの日事故に巻き込まれて死んで、この世界に前世の記憶を持ったまま生まれ変わったんだなって」
依子と唯人は同じマンションに住む幼馴染で、保育園から中学まで一緒だった。別々の高校に進学し、たまに見掛ける唯人はかなりチャラい感じに成長していて、見るたびに髪の色が違うわガラの悪そうな大人と一緒にいるわで、近寄りがたい感じになっていた。
それが一転したのは成人式の後、一旦帰って振袖からワンピースに着替えて中学の同窓会に向かおうとしたところ、マンションのエントランスで唯人が待ち構えていた。
「依子、一緒にいこーぜ」
「なんで私と?男子は男子同士でつるんでなよ」
「だってお前そのかっこで行くんでしょ?可愛いから、アツシとかケータとか絶対声掛けに来るじゃん。今のうちに俺が確保しとかんと」
「確保ってなによ。私ってば知らないうちに賞金首にでもなったの?」
「それいいな、それでいこう。俺の心を奪った罪ということで一つ」
「はぁ!?」
「俺と付き合ってよ、依子。彼氏はまだいないっておばちゃんから聞いたし、唯人くんなら大歓迎だってさ」
「ちょっと、何私に言うより先にお母さんに言ってるワケ!?」
距離は置いていたけど、いつだって視界に入れば目が離せないし、時々会う唯人のお母さんや妹から唯人の話は聞いていた。学校でめちゃくちゃモテてるのに彼女は作らずに趣味の写真にのめり込んでいること。
高校の頃、一度だけマンションのエレベーター前で鉢合わせしたときに、私の写真を一枚だけ撮ってくれた。そして、その写真がコンテストで入選したことも全部知っていた。
いつだって唯人の事が頭から離れなかった。
だから私は、その日は唯人と手を繋いで同窓会に向かった。
◇◇◇
公城の庭園でようやく落ち着いて二人きりになれた。城の方で騒動があった影響か人気がなかったので、ここでなら前世の話も出来ると思ったら唯人は相変わらずマイペースだった。
「な、今度こそ結婚しよ。お前んちも俺んちも金あるし、式は盛大にやろうな」
「お前んちって……言い方!今の私は王族なんだよ?唯人……ユーリ様にだってお立場があるでしょう?」
「二人きりの時は唯人って呼んでよ。それとも昔みたいにゆいくんって呼んどく?よりちゃん」
「~~~~っ、だからほんと、そーゆーとこ!」
お互い大学を卒業して就職し、三年経った頃に実家マンションの一つ下の階にちょうどいい間取りの空き部屋が出たので、そこを借りて同棲を始めた。うちはお父さんが小さい頃に亡くなっていて持病のあるお母さんと二人暮らしだったから、実家を出ることに迷いがあったのでちょうどよかった。私の気持ちを尊重してくれた唯人に感謝しているし、結婚するならそんな唯人がよかった。
だけどある日、二人で遠出をした帰りに大きな事故に遭い、依子としての人生はそこで途切れた。あのまま死んでしまったのだろう。そこを深く考えると酷い悲しみに襲われそうなので、今は考えないようにしておく。
「あのさ唯人、私さっき思い出したばっかりでまだ混乱してるの。ちょっと色々待ってくれる?」
「は?さっき?まじで??」
「大マジよ。唯人が私を依子って呼んだからかな?それで一気に思い出した」
「そっか、なら納得だわ」
「なにが?」
「俺も婚約を申し込んだのに、俺のこと蹴ってアホ公太子と婚約しちゃったじゃん。国王陛下に言われて断れなかったんかなとか、俺より公太子の方を好きになったんかなって、ずっと気になってた」
私がイオル殿下と婚約したのは、二年前の15歳の時。デビュタント後に複数名から婚約の申し入れがあった際に父から意見を求められたが、まるで興味が持てなかった私は全てお任せしますと丸投げした結果、隣国の公妃になると定められた。
「横着するなって俺にいつも言ってたクセに、自分は丸投げかよ!」
「だ、だって全然興味が湧かなかったし!国益になるような結婚が出来ればいいわって思ってたから!」
「……あー、俺も甘かった。婚約さえ申し込めば依子は絶対俺を選ぶって思ってたから、まさかそれ以前の問題だったなんて」
その頃の私に前世の記憶があれば間違いなく唯人を選んだし、婚約者候補の肖像画を見たら記憶を取り戻して唯人だと気付いたかもしれないけど、いかんせん私は王女なのだ。父は一応私の意見を聞いてくれたけど、その上で私の希望より国益優先でお相手が決まる可能性もあったのだ。危うすぎる。
「半年前に国王陛下から直々に話があったんだよ。エルフリーデに一番いい相手だと信じて、小さいけど豊かな公国に嫁がせることを決めたけど、間違いだったかもしれない……ってさ」
「お父様が?いつの間にそんなこと……」
「アルベールの公太子が第三王女殿下をないがしろにして聖女に熱を上げているようだって、バウス辺境伯家が独自に得た情報を陛下に報告したんだ。ここまで俺の計画通り」
「そんなことしてたの!?」
「してたしてた。んで、それがキッカケで陛下はエルフリーデ王女殿下の婚約解消を視野に入れはじめた。「ユーリ殿がまだ婚約者を定めていないのは娘を諦めていないからであれば、改めて婚約を申し入れてくれないか」って頭を下げられたよ。いい父さんだな」
今の唯人ことユーリは、国防の要であるバウス辺境伯家の嫡男で近衛騎士たちも一目置く腕の持ち主だ、とルカーシャが話しているのを聞いたことがある。私より二つ年上の19歳で、王都での社交にはほとんど顔を出さないけどその名と功績は知られていて、同年代の貴族たちから慕われ一目置かれる存在だと記憶している。
「いやー諦めなくてよかった!聖女が来てから公国の内部がかなりごたついてるって聞いたから、それも含めて国王陛下に報告したかいがあった。ココにも感謝だな!」
「ココって聖女ココレーヌ様のことよね。どうして一緒にいたの?」
「あぁ、俺らが公国に向かってる最中に森で拾ったんだよ。一人で獣道を突き進んでいく女の子が居るから危ないと思って声掛けたら、間諜が描いた聖女の似顔絵にそっくりで」
「獣道って……そんな危ないところにいたの!?」
「あのままだと今頃森の獣たちのエサになってたかもな。こっちの事情を話したら嬉々として公国の内部事情をリークしてくれた上に、イオル殿下に一発喰らわせたいから同行させてくれって頼んできたわ。めちゃくちゃ面白かったから右ストレートの手ほどきしたけど、上手くできたかなー」
「そうだったのね……」
「依子?」
今まで私は、何にも心が動かなかった。自分自身に起こっていることもいつだって他人事のようで、身体の周りが冷たい氷の壁に覆われているような感覚が常にあった。楽しいことも辛いことも、心の底からそうだと感じることは出来なかった。人間として欠陥があるのだと諦めて開き直り、何もかも他人事だと思って生きてきた。
その間にも唯人は私を見付けてくれて、こうして迎えに来るために努力を重ねてくれた。聖女様だって、自分の望みを掴み取るため必死に行動して見事に勝ち取った。それだけじゃなく、お父様だって私のことを思って縁談を沢山用意してくれて、丸投げした私を叱ることなく最善の相手を選ぼうとしてくれた。一人で凍えていないで、早く手を伸ばせばよかったのかもしれない。
「あ、もしかしてココに嫉妬してる?全然そういうのじゃないし、俺、依子以外眼中にないから」
「……違う!そういう話じゃない!!」
「ほんとに違う?まったくさっぱり?かけらもない?」
「ない!!!!!」
「そーかそーか、ちょっとはあるのか」
「ぐっ………」
「依子のことは顔見ればわかるよ俺。だからいつでも顔が見れるように、早く結婚しないとな」
ニコニコ笑う唯人は、なんだか子供みたいだ。私のことでこんな顔をしてくれるなら、なんだってしてあげたいと思ってしまう。エルフリーデとして生まれてからこんなに心が動くのははじめてで、なんだか落ち着かない。
今ならハッキリとわかる。
私の心が動かなかったのは、唯人がいなかったから。唯人に焦がれるあまり、唯人がいない人生なんて耐えられなくて、無意識に前世の記憶と心を閉ざしていたのだ。
「あのさ、唯……」
「姫様ーーーーーっ!」
「ユーリ様!やってやりましたよ私!!伝授してもらった右ストレートをお見舞いしてきたのでこんな国はもうおさらばですーーーー!!!」
唯人に話し掛けようとしたら、ルカーシャと聖女様の呼び声が遠くから聞こえた。護衛騎士から逃げてしまうなんて、ルカーシャには申し訳ないことをした。謝らなきゃと思いそちらへ大きく手を振ろうとしたら、唯人にその手を掴まれ引き寄せられ、そのままキスされた。
「んっ……」
「依子、口あけて」
「やっ……こんなところで……」
「だいじょーぶ、あんな遠くからじゃ見えないよ」
エルフリーデとしてはファーストキスだというのに唯人はなかなか解放してくれず、ルカーシャと聖女様がやってくる頃にはすっかり腰が砕けてしまった。
「戻るもなにも、俺は最初から唯人だったよ。依子は違ったん?」
「最初って……赤ちゃんの頃からってこと?」
「ハッキリ自覚したのは三歳くらいのときだったかな。俺はあの日事故に巻き込まれて死んで、この世界に前世の記憶を持ったまま生まれ変わったんだなって」
依子と唯人は同じマンションに住む幼馴染で、保育園から中学まで一緒だった。別々の高校に進学し、たまに見掛ける唯人はかなりチャラい感じに成長していて、見るたびに髪の色が違うわガラの悪そうな大人と一緒にいるわで、近寄りがたい感じになっていた。
それが一転したのは成人式の後、一旦帰って振袖からワンピースに着替えて中学の同窓会に向かおうとしたところ、マンションのエントランスで唯人が待ち構えていた。
「依子、一緒にいこーぜ」
「なんで私と?男子は男子同士でつるんでなよ」
「だってお前そのかっこで行くんでしょ?可愛いから、アツシとかケータとか絶対声掛けに来るじゃん。今のうちに俺が確保しとかんと」
「確保ってなによ。私ってば知らないうちに賞金首にでもなったの?」
「それいいな、それでいこう。俺の心を奪った罪ということで一つ」
「はぁ!?」
「俺と付き合ってよ、依子。彼氏はまだいないっておばちゃんから聞いたし、唯人くんなら大歓迎だってさ」
「ちょっと、何私に言うより先にお母さんに言ってるワケ!?」
距離は置いていたけど、いつだって視界に入れば目が離せないし、時々会う唯人のお母さんや妹から唯人の話は聞いていた。学校でめちゃくちゃモテてるのに彼女は作らずに趣味の写真にのめり込んでいること。
高校の頃、一度だけマンションのエレベーター前で鉢合わせしたときに、私の写真を一枚だけ撮ってくれた。そして、その写真がコンテストで入選したことも全部知っていた。
いつだって唯人の事が頭から離れなかった。
だから私は、その日は唯人と手を繋いで同窓会に向かった。
◇◇◇
公城の庭園でようやく落ち着いて二人きりになれた。城の方で騒動があった影響か人気がなかったので、ここでなら前世の話も出来ると思ったら唯人は相変わらずマイペースだった。
「な、今度こそ結婚しよ。お前んちも俺んちも金あるし、式は盛大にやろうな」
「お前んちって……言い方!今の私は王族なんだよ?唯人……ユーリ様にだってお立場があるでしょう?」
「二人きりの時は唯人って呼んでよ。それとも昔みたいにゆいくんって呼んどく?よりちゃん」
「~~~~っ、だからほんと、そーゆーとこ!」
お互い大学を卒業して就職し、三年経った頃に実家マンションの一つ下の階にちょうどいい間取りの空き部屋が出たので、そこを借りて同棲を始めた。うちはお父さんが小さい頃に亡くなっていて持病のあるお母さんと二人暮らしだったから、実家を出ることに迷いがあったのでちょうどよかった。私の気持ちを尊重してくれた唯人に感謝しているし、結婚するならそんな唯人がよかった。
だけどある日、二人で遠出をした帰りに大きな事故に遭い、依子としての人生はそこで途切れた。あのまま死んでしまったのだろう。そこを深く考えると酷い悲しみに襲われそうなので、今は考えないようにしておく。
「あのさ唯人、私さっき思い出したばっかりでまだ混乱してるの。ちょっと色々待ってくれる?」
「は?さっき?まじで??」
「大マジよ。唯人が私を依子って呼んだからかな?それで一気に思い出した」
「そっか、なら納得だわ」
「なにが?」
「俺も婚約を申し込んだのに、俺のこと蹴ってアホ公太子と婚約しちゃったじゃん。国王陛下に言われて断れなかったんかなとか、俺より公太子の方を好きになったんかなって、ずっと気になってた」
私がイオル殿下と婚約したのは、二年前の15歳の時。デビュタント後に複数名から婚約の申し入れがあった際に父から意見を求められたが、まるで興味が持てなかった私は全てお任せしますと丸投げした結果、隣国の公妃になると定められた。
「横着するなって俺にいつも言ってたクセに、自分は丸投げかよ!」
「だ、だって全然興味が湧かなかったし!国益になるような結婚が出来ればいいわって思ってたから!」
「……あー、俺も甘かった。婚約さえ申し込めば依子は絶対俺を選ぶって思ってたから、まさかそれ以前の問題だったなんて」
その頃の私に前世の記憶があれば間違いなく唯人を選んだし、婚約者候補の肖像画を見たら記憶を取り戻して唯人だと気付いたかもしれないけど、いかんせん私は王女なのだ。父は一応私の意見を聞いてくれたけど、その上で私の希望より国益優先でお相手が決まる可能性もあったのだ。危うすぎる。
「半年前に国王陛下から直々に話があったんだよ。エルフリーデに一番いい相手だと信じて、小さいけど豊かな公国に嫁がせることを決めたけど、間違いだったかもしれない……ってさ」
「お父様が?いつの間にそんなこと……」
「アルベールの公太子が第三王女殿下をないがしろにして聖女に熱を上げているようだって、バウス辺境伯家が独自に得た情報を陛下に報告したんだ。ここまで俺の計画通り」
「そんなことしてたの!?」
「してたしてた。んで、それがキッカケで陛下はエルフリーデ王女殿下の婚約解消を視野に入れはじめた。「ユーリ殿がまだ婚約者を定めていないのは娘を諦めていないからであれば、改めて婚約を申し入れてくれないか」って頭を下げられたよ。いい父さんだな」
今の唯人ことユーリは、国防の要であるバウス辺境伯家の嫡男で近衛騎士たちも一目置く腕の持ち主だ、とルカーシャが話しているのを聞いたことがある。私より二つ年上の19歳で、王都での社交にはほとんど顔を出さないけどその名と功績は知られていて、同年代の貴族たちから慕われ一目置かれる存在だと記憶している。
「いやー諦めなくてよかった!聖女が来てから公国の内部がかなりごたついてるって聞いたから、それも含めて国王陛下に報告したかいがあった。ココにも感謝だな!」
「ココって聖女ココレーヌ様のことよね。どうして一緒にいたの?」
「あぁ、俺らが公国に向かってる最中に森で拾ったんだよ。一人で獣道を突き進んでいく女の子が居るから危ないと思って声掛けたら、間諜が描いた聖女の似顔絵にそっくりで」
「獣道って……そんな危ないところにいたの!?」
「あのままだと今頃森の獣たちのエサになってたかもな。こっちの事情を話したら嬉々として公国の内部事情をリークしてくれた上に、イオル殿下に一発喰らわせたいから同行させてくれって頼んできたわ。めちゃくちゃ面白かったから右ストレートの手ほどきしたけど、上手くできたかなー」
「そうだったのね……」
「依子?」
今まで私は、何にも心が動かなかった。自分自身に起こっていることもいつだって他人事のようで、身体の周りが冷たい氷の壁に覆われているような感覚が常にあった。楽しいことも辛いことも、心の底からそうだと感じることは出来なかった。人間として欠陥があるのだと諦めて開き直り、何もかも他人事だと思って生きてきた。
その間にも唯人は私を見付けてくれて、こうして迎えに来るために努力を重ねてくれた。聖女様だって、自分の望みを掴み取るため必死に行動して見事に勝ち取った。それだけじゃなく、お父様だって私のことを思って縁談を沢山用意してくれて、丸投げした私を叱ることなく最善の相手を選ぼうとしてくれた。一人で凍えていないで、早く手を伸ばせばよかったのかもしれない。
「あ、もしかしてココに嫉妬してる?全然そういうのじゃないし、俺、依子以外眼中にないから」
「……違う!そういう話じゃない!!」
「ほんとに違う?まったくさっぱり?かけらもない?」
「ない!!!!!」
「そーかそーか、ちょっとはあるのか」
「ぐっ………」
「依子のことは顔見ればわかるよ俺。だからいつでも顔が見れるように、早く結婚しないとな」
ニコニコ笑う唯人は、なんだか子供みたいだ。私のことでこんな顔をしてくれるなら、なんだってしてあげたいと思ってしまう。エルフリーデとして生まれてからこんなに心が動くのははじめてで、なんだか落ち着かない。
今ならハッキリとわかる。
私の心が動かなかったのは、唯人がいなかったから。唯人に焦がれるあまり、唯人がいない人生なんて耐えられなくて、無意識に前世の記憶と心を閉ざしていたのだ。
「あのさ、唯……」
「姫様ーーーーーっ!」
「ユーリ様!やってやりましたよ私!!伝授してもらった右ストレートをお見舞いしてきたのでこんな国はもうおさらばですーーーー!!!」
唯人に話し掛けようとしたら、ルカーシャと聖女様の呼び声が遠くから聞こえた。護衛騎士から逃げてしまうなんて、ルカーシャには申し訳ないことをした。謝らなきゃと思いそちらへ大きく手を振ろうとしたら、唯人にその手を掴まれ引き寄せられ、そのままキスされた。
「んっ……」
「依子、口あけて」
「やっ……こんなところで……」
「だいじょーぶ、あんな遠くからじゃ見えないよ」
エルフリーデとしてはファーストキスだというのに唯人はなかなか解放してくれず、ルカーシャと聖女様がやってくる頃にはすっかり腰が砕けてしまった。
