婚約破棄された氷の王女、前世で結婚の約束をした幼馴染と再会する

 聞いた話によると、聖女ココレーヌ様は平民の少女で、両親の商売の都合で公国にやってきたという。
 三年前に聖女の御力に目覚めてからは公国に仕える聖女として城に迎えられたらしい。公城住まいの聖女様はイオル殿下と接する機会も多かったのだろう。

 いつしか二人は恋仲になり、私の存在が煩わしくなったのだと察せられる。



「エルフリーデ、本当にココがどこに居るか知らないのか?」

「先程も申し上げた通り、存じません」

「ま……万が一ココに何かあったら、お前のせいだからな!お前が紛らわしいことをするからだ!!」

「それは違います。聖女様の身柄は公国預かりとなっているので、何かあった場合の責任はアルベール公におありでしょう。もしくは恋仲でありながら聖女様の動向を把握しておらず、私が犯人だと思い込み行方不明から三日も捜索せずにいたイオル殿下ご自身に責任があるのではないでしょうか」



 私の発言にイオル様は顔を真っ赤にしてこちらを睨みつける。心底そんなことをしている場合ではないと思うのだけど。



 愛する相手のためなら何でも出来るものだと少女向けの物語本には書いてあったけど、そんなのは物語の中だけのことなのだろうか。私にはよくわからない。



 ここまで愚かになる程誰かを愛するのは、果たして幸せなことなのか。立場がある人間がそれを擲ってでも己を貫くのは、周囲に迷惑をかけるし本人しか得をしないと思う。



「ココが見付かるまでお前は拘束する!ついてこい!!」

「イオル殿下、おやめください」

「黙れ!女騎士ふぜいが偉そうに、俺に指図をするな!!」

「主を守るのが護衛騎士の役目。相手が誰であろうと引きません!」

「ぐっ……」



 私の護衛騎士のルカーシャは怒り心頭と言った様子で、イオル殿下と公国の騎士たちを睨みつけた。私としても手荒く拘束されるのは遠慮したいと思いルカーシャの背に隠れ殿下から距離を取ろうとしたとき、広間の扉が大きく開いて一人の男性が現れた。



「依子、迎えに来たぞ」




 その人物を見た瞬間、頭の中に一気に前世の記憶が流れ込んできた。

 あぁ、私はこの人を知ってる。どうして今まで忘れていたんだろう。



「……唯人」

「悪ぃ、待たせた」



◇◇◇



「貴殿は……バウス辺境伯家のユーリ殿ではないですか!」

「ルカーシャ殿、お久しぶりです。今日は王命によりここまで馳せ参じました」



 ユーリ?違う、あれは唯人だ。そして私は依子だ。

 彼の顔を見た瞬間、前世のことを一気に思い出した。



「エルフリーデ王女殿下が婚約を破棄されるようなら、次の婚約者に名乗りを上げる許可をいただいております。そしてアルベール公国が我が国の王女殿下を不当に扱うようなら、直ちに連れて帰ってくるよう仰せつかっております」

「そんな勝手なことは許さぬ!エルフリーデには公国の聖女を誘拐した罪が――」

「聖女とは、こちらの方でしょうか」



 唯人の後ろに控えていた数名の騎士の影から、コーラルピンクの長い髪を持つ小柄な女性がひょっこり顔を出した。



「ココ、無事だったのか……!おのれ、やはりバーデンの者の手に落ちていたのだな!許し難い所業……」

「違います、わたしは自分の意思でこの国を出て行ったんです!そして早々に地図を無くして食料も底を尽いて困ってたところを、ユーリ様たちに助けてもらいました」



 厳しい眼差しでイオル殿下を睨めつける聖女様の様子を見ると、この二人が恋仲だとは到底思えない。イオル殿下を物凄く嫌っていそうな表情だ。



「公国はわたしを無理やり親元から離して城に拉致しておきながら、一生を国に捧げろとか公族の誰かと結婚しろとか、勝手なんですよ!元々この国で生まれたわけじゃないし、愛着もないのにそこまでしたくありません!」

「そんな!ココ、どうしてしまったんだい?君はいつだって笑顔で、どんな相手にも優しく接していて、まさに聖女の鑑だったじゃないか!」

「そりゃあわたしを頼って来てくれる怪我人や病人には親切にしますよ。この国の数少ないいいところは、聖女の癒しを貴賤なく誰にでも与える判断をしたところです。まぁそのお陰で毎日神力がすっからかんになるまで酷使されましたけど!」



 乾いた笑い声をあげながらイオル様を糾弾する聖女様の腕はか細く、顔色も冴えない。それでも深く澄んだ海のような青い瞳には強い意志が宿っていて、イオル殿下の思い通りにはならないという彼女の思いが伝わってくる。



「わたし、公族に嫁ぐのはまっぴらごめんです。ユーリ様の従者の方が家族を迎えに行ってくれたので、一家でバーデン王国に移住します。今までお世話になりました!」

「目を覚ましてくれココ!公妃になれば君は誰からも敬われる至高の存在として、僕に並び立てる唯一無二の聖女になれるんだよ?エルフリーデとの婚約は解消したし、これからは君を誰よりも何よりも、国を挙げて大事にすると誓おう!だから僕と……」

「うるさーーーーーーーい!!!人の決意に口を挟むなーーーーーーーー!!!!!」



 可愛らしい雰囲気の方だけど、かなりの迫力だ。自分の道を自分で切り開く力強さを感じ、カッコいいなと思う。あと唯人の妹に少し似ている。



「聖女ココレーヌは公国籍ではなく、西方にあるブレンダン王国の出身だと聞いてます。ご両親と弟妹は既に保護してバーデンに向かわせているので、落ち着いたら正式にバーデン国籍を取得していただきましょう」

「ま、待ってくれ!バウス辺境伯家の令息よ、ここは穏便に……」



 イオル殿下と聖女様のやり取りを震えながら見ていたアルベール公がようやく我に返り、慌てて口を開いたが唯人はバッサリと切り捨てた。



「ご令息の王女殿下へのなさりようは、いかがなものかと。そちらが穏便に婚約解消を申し入れていればこのような手段は取らなかったというのに……どのツラ下げて穏便に、だぁ?」



 途中までは貴族の令息らしい振る舞いだったけど、最後の方は完全に唯人の喋り方だ。めちゃくちゃ怒っているのがわかる。ガラが悪い。



「依子、こっち」

「ひゃっ!」



 私にだけ聞こえるよう耳元でささやいた唯人は、腰に手を回しぐっと私を引き寄せた。



「というわけで、エルフリーデ王女殿下は我々とこのまま帰国します。後日改めて今回の件について話し合いの場を設けますので、またお会いしましょう」



 そう宣言した唯人は私を抱き上げ、誰もが呆然としている中堂々と扉の外へ向かう。最初にハッとしたルカーシャが慌てて追いかけて来た。



「ごめんなさいルカーシャ。少し彼と二人きりにして欲しいの」

「姫様!?で、ですが……」

「しゃあねぇな、このまま走るぞ」



 私の重量などものともせずに走り出した唯人は、階段を駆け下り踊り場の窓からそのまま外に向かって飛び降りた。いくら二階とはいえ両手が塞がってるというのに、唯人は華麗に着地し公城を駆け抜けた。


「ぎゃっ!!!」

「なんだ依子、王女様がそんな声出していいんか」

「バカ唯人!貴族の令息になったってあんた全っ然変わってないんだから!!いい歳してやんちゃが過ぎる!!!」

「武勇があるって言えよ。長年懸想していた王女を、愚昧な隣国の公子から搔っ攫うんだ。惚れちゃうだろ?」

「~~~~っ!」

「はは、真っ赤じゃん。かわい。氷の王女だなんて誰が呼んだんだろうな?」



ほんとに全然変わってない。私まで依子だった頃の自分に戻ったようだ。