――いただきます
食事の前に日本の習慣を教えたら、二人とも目を丸くして、それから嬉しそうに真似をする。
見た目も匂いも、そして味も、私の知っている「和食」そのものだった。
しかもクレアさんの腕が良すぎて、料亭の味以上。素材の良さを引き出した繊細で優しい味に、思わず無言でおかわりしてしまう。
夕飯を抜いていたエルヴィスさんも同じらしく、気づけば二人そろってきれいに「ごちそうさま」をしていた。
お茶で一息ついた頃、エルヴィスさんが静かに話し始める。
「メシアは学園の書物によれば、過去に各二回召喚されている。どうやら、召喚には儀式が必要らしい」
「各二回? ……つまり、魔族側にもメシアがいるってことですか?」
「ああ。元凶が人間族だったり、魔族だったり――魔物だったこともある」
棚からぼた餅どころか、目から鱗な発言だった。
魔王=悪、という固定観念が音を立てて崩れていく。
たしかに、“魔王”って言うのは、魔族の王様と言うことだけ。それなのに誰が初めに魔王が悪と言い出したんだろうか?
そりゃ人間族が悪者ってパターンもあるよね。
「勉強になります。だから、私が異世界人ってことは伏せておけって言ったんですね」
「それもあるが……お前はメシアの条件に当てはまらない。それも踏まえて、信用できる旧友にステータスを調べてもらう約束を取った」
年齢の話を避けてくれてるのはありがたいけど、やっぱり少し傷つく。
でも私のためにいろいろ動いてくれてるのは事実。
「何から何までありがとうございます」
「好きでやってることだ。気にするな。……拾った以上、安全が確保されるまでは面倒を見るのが筋だ」
軽く咳払いをしながら、当然のように言ってのけるその姿に、胸がじんわり温かくなる。
――私、本当にいい人に拾われたんだな。
出会ってまだ半日なのに、もう信頼できる“お兄ちゃん”みたいな存在になってる。
「兄さんと呼んでもいいですか?」
「!? 調子に乗るな」
突然顔を真っ赤に染めて怒ると、勢いよく立ち上がり、乱暴に言い捨ててリビングを出ていってしまった。
……あ、地雷踏んだ。
凍りつく空気に変わる中、なぜかクレアさんだけが笑いを堪えている。
私は完全に石化した。
「馬鹿ですね私……さすがに甘えすぎました」
「そんなことないですよ。兄という立場が嫌だっただけかもしれません」
「私みたいな妹、欲しくないですよね? じゃあ、ご主人様って呼びます」
「それだけは絶対にダメです。旦那様が悲しみます」
――あ、今ガチで怒られる寸前だったんだ。危なかった。
クレアさんの笑顔に救われつつ、私は大きなため息をつき肩を落とす。
「分かりました。じゃあ今まで通りエルヴィスさんで。……ところで、クレアさんも一緒に出かけませんか? 二人きりはちょっと気まずいので」
「私はお仕事がありますので。旦那様なら大丈夫ですよ。楽しんできてください」
……楽しむ? 怒られた直後なんですけど?
私がどれだけ気まずくても、あの人は約束を必ず守るタイプらしい。一層なかったことにして欲しかった。
「これ以上怒られないように努力します」
自信はないけど、もう口数を減らすしかない。
「では支度をしましょう。その髪色は目立つので、旦那様と同じ色のウィッグと服を用意しました」
「黒髪って日本では普通なんですが……そんなに目立ちます?」
「はい。この世界では、緑・青・赤系の髪が普通なんです」
あまりに自然に答えられ、口を開けたまま数秒フリーズする。
この世界、本当に“ファンタジー”なんだな……。
こうして、私の異世界生活がスタートした。
……思っていた異世界転移だか転生の展開とはまったく違うんだけど、ちゃんとやっていけるんだろうか、私?
