薬を大量生産することが決まったとき、国から予算が出た。おかげで、古くなっていた設備を、大幅に新しく変えることができた。しかし、すべてではない。フル稼働のおかげで、あちこち、毎日のようにトラブルが起きる。そのため現在は、二十四時間体制での工場監視をして、管理している。もう全員がボロボロだ。

 比較的まとまりが良く、笑いのたえない部署だが、最近みんな余裕がない。この状態は最低でも、あと一年は続く見込みだ。そろそろ全員に、まとまった休みを与えなくてはならないだろう。納期には余裕を持っているつもりだが、現在の頻度でトラブルが続くなら、また設備の入れ替えを検討する必要がある。しかし、いま最優先するべきは、全員の健康だろう。過労やストレスで倒れないようにしなくては。考えることは山のようにあって、どれもこれも深刻だった。

 職場で過ごす時間が余りにも長いため、各自に仮眠室を用意してもらった。とは言っても、使っていない部屋を簡単に改造しただけだ。私に割り振られたのは、古い備品庫を少し片付けた狭い部屋だ。どこかカビくさく、何年経っても慣れない。部屋に入ると、パイプベットに横たわり、目を閉じた。

 肩も、腰も、悲鳴を上げている。最近は痛くない場所を探すほうが早い。耳鳴りが何時間も続いているのも不快だった。チーム全員、それほど若くない。たぶん、つらいだろう。それでもみんな、たいした愚痴を言うこともなく働いている。それは家族や、自分や、愛する人のために。

 正直なところ、人類滅亡の真相などわからない。ただ、もしも本当に、いつか自分たちの仕事が役に立つかもしれないと思うと、やはり投げ出せなかった。シェルターの話がなかったとしても、たぶん今回の話は引き受けていただろう。

 自分たちはヒーローではないから、決して人類を救うことはできない。むしろ、作っているのは、その真逆の薬だ。安楽死を望まない人にとっては、悪魔の薬かもしれない。それでも、あの薬を使うことで、恐ろしいものを見たり、痛い思いをしたりせずに済むかもしれない人がいるならば、やはり必要なのだろうと思う。少しでも誰かの役に立てるなら、価値はあるはずだ。

 まだ先の話で、すべてが想像でしかない。いずれにせよ、使うも使わないも、個人の自由だ。薬を使わず、最後の瞬間ぎりぎりまで、生きる術を探すのも悪くないだろう。しかし数が足りなければ、選ぶことすらできなくなってしまう。だから、必ず納期に間に合わせる。その部分に関しては、みんな共通の認識だ。だからハードな状況でも、力を合わせて働いていられるに違いない。

 小さなガラス窓の向こうに月が見える。柔らかな光が部屋の中をぼんやりと照らしている。

 綺麗な光だ。

 いつか、遠くない未来にこの光を見られなくなるなんて、妙な気分だ。何年も前から聞かされているのに、いまだ実感が湧かない。

 誰もが、死ぬ日は来る。それはわかっているが、まさかこんな形でタイムリミットが来るなんて、誰も思わなかったに違いない。

 幼いころから、私には小さな夢があった。ささやかすぎて、誰にも話したことはない。自分の家族を持ち、穏やかに暮らすこと。そんな、とてもささやかな夢だった。

 とりあえず叶えることは、できた。ただ、長く持続させることはできなかったけれど。妻は去り、生活も穏やかとは言えない。しかし、まだ瑞穂がいる。近くにいることはできないけれど、まだ、してやれることがある。シェルターで暮らすことが幸せかは、まだわからない。どんな施設かも知らないが、生きてさえいれば、瑞穂が幸せになれる可能性はある。普段なら考え事をしはじめると、なかなか寝付けないが、珍しく、すぐに瞼が重くなってきた。かなり長時間働いたせいかもしれない。

 明日こそ、瑞穂に電話をしよう。月明かりのなかで、そう心に決めて私は目を閉じた。