カツカツと、ハイヒールの高い音が教室に響く。ゆきちゃんは教壇の横に置かれたパイプ椅子に座り、代わりに女性が教壇に立った。
「みなさん、おはようございます。私は田中と申します。斎藤先生からもお話があった通り、私は警察の者です。今から非常に重要な話をします。落ち着いて聞いてくださいね。よろしくお願いします」
なんだか、声に抑揚がなさすぎて、機械みたいだ。まるで台本でも読むかのような淡々とした口調で、変な感じがする。
「さて、みなさんに大変残念なお知らせをがあります。唐突ですが、人類は、あと三年ほどで滅亡する見込みです。この時期は概算で、最低でも、という数値になります。実際には、時期が前後するかもしれません」
え?
思わず聞き返した。みんなもざわついている。まるで漫画みたいだ。いきなり言われても、どう反応したらいいのかわからない。昨日までは誰もそんな話をしてなかった。数学の先生は大学進学の話をしていたし、他の先生たちの様子も普通だったのに。急に言われても、信じられない。……田中さんはみんなが落ち着くのを待って、再び話し出した。
「あまり時間がないので、静かにお願いしますね。質問があったら、手をあげて話すようにしてください。では、問題がなければ話を続けます」
少し厳しい口調に、みんな黙り込んだ。
「この事実は、今から二十年ほど前には予想されていました。そして、これを回避するために、今も大勢の人々が寝る暇もなく研究を続けています。ただ、残念なことに、まだ回避する手段は見つかっていません」
田中さんが、言葉を区切った。すると、澪が小さく手をあげた。
「それって、恐竜みたいに、人間が絶滅しちゃうってことですか?他の生き物は大丈夫なんですか?」
「ああ、説明が不適切でしたね。人間だけではなく、生き物の大半が、死滅するでしょう。ただ、先ほども言った通り、現在も回避する術を探しているところです。だから、皆さんは自暴自棄にならないよう、くれぐれも気をつけてください。今まで情報が隠されていたのは、回避できるなら公表する必要性がないと判断されたためです。時差による違いはありますが、ちょうどこの時間、世界中の都市で同じような説明がされています。混乱を避けるために、テレビやラジオでの公表前に、学校や企業への説明を行うことになりました。まもなくテレビやラジオでも、説明が始まります。」
腕時計で時間を確認しながら、田中さんは言った。彼女があまりにも事務的に話すから、まるで現実味が湧かない。
「この発表に伴い、当面のあいだメールやインターネットなどでの発言が制限されます。この件に関する内容を含んでいる投稿は、削除の対象です。罰則などはありません。ルールが決められたのは、デマによる混乱を防ぐためです。削除されたくない場合は、メールやSNSでの投稿内容に気を付けてくださいね」
不満そうな雰囲気が漂う。確かに、これが嘘でも本当でも、まわりに話したくなるのは間違いない。しかし誰も手をあげて質問したりはしなかった。
「また、今日から、暴力や窃盗などに関する罰則が大きく変わり、理由を問わず、犯罪は処罰の対象となってしまいます。そして、逮捕されてしまった場合、シェルターの建設要員として拘束されます。釈放はありません。ですから、みなさん、くれぐれも行動には気を付けてください。詳しくは、明日のニュースで案内されますから、必ず読むようにしてくださいね」
理由を問わず、という言葉が気になる。なんだか嫌な感じだ。
「あのー。人殺しも、シェルター作りに行くんですか?なんか、そんな建設現場とか、怖いんですけど」
誰かの質問に、田中さんは首を横に振って答えた。
「いいえ。死刑になってしまう予定です。また、現在、たくさんのシェルターが建設中なのですが、犯罪に関わった場合は、いかなる理由でもシェルターに入る権利は与えられません。当面のあいだ、シェルターの場所は非公開となります。とは言っても、大きな工事ですから、きっとすぐにわかってしまうでしょうけど」
今度は私が手を上げた。
「シェルターって、悪いことさえしなかったら、全員入れるんですか?」
その質問にも、田中さんは首を振った。
「全員は、無理でしょう。しかし、一人でも多くを収容したいと政府は考えています。シェルターに関しては、のちほど詳細が明らかになる予定です」
私は、ゆきちゃんを見た。ゆきちゃんは、いつ知ったんだろうか。まっすぐ前を向いているゆきちゃんの目には、涙が溜まっている。それに気付いたとき、初めて、これは嘘じゃないんだろうな、と思った。
「私の話は、以上です。難しいでしょうが、皆さんはできるかぎり今までの生活を続けてください。絶対に犯罪に加担してはいけません。シェルターもあって、まだ希望は残されています。これからは今まで以上に日々を大切に過ごしてくださいね。私からの話は、以上です」
最後だけ、田中さんの口調が優しかった。田中さんだけが落ち着いているように見える。みんな、動揺していた。もちろん私も。でも、誰も、もう質問する様子はなかった。知りたいことがたくさんあるようにも思うけれど、混乱しすぎて、あとは何を聞いたらいいのかわからない。ゆきちゃんに簡単な挨拶をすると、田中さんは来たときと同じようにヒールの音を響かせて帰って行った。
今日は帰っていい、と疲れた声でゆきちゃんは言った。他のクラスへの説明も、ほぼ同じタイミングで終わったようで、廊下には大勢の生徒がいて、みんな今の説明について話している。
急に話したくなって、父に電話をした。しかし、電源が入っていないようだ。何度かけても、アナウンスが流れるだけ。製薬会社で働いている父は、仕事ばかりで家に帰ってこない。ずっと会社に泊まりこんでいる。母は、二年前に新しい恋人を作り出て行った。とても優しい人だったが、父が帰らなくなってから一年ほどすると、いきなり無口になり、笑顔も消えた。きっと、とても寂しかったんだろう。今はどこにいるのかもわからない。母が出て行ったのはつらかった。母のせいで、今度は私が、いつも寂しい。ほとんど一人暮らしみたいなものだ。メールや電話をしても、父とはあまり連絡がつかない。父は高校の入学式に来てくれたけれど、会場に入って二十分ほどで仕事に戻った。あれきり、父は留守にしている。
「みなさん、おはようございます。私は田中と申します。斎藤先生からもお話があった通り、私は警察の者です。今から非常に重要な話をします。落ち着いて聞いてくださいね。よろしくお願いします」
なんだか、声に抑揚がなさすぎて、機械みたいだ。まるで台本でも読むかのような淡々とした口調で、変な感じがする。
「さて、みなさんに大変残念なお知らせをがあります。唐突ですが、人類は、あと三年ほどで滅亡する見込みです。この時期は概算で、最低でも、という数値になります。実際には、時期が前後するかもしれません」
え?
思わず聞き返した。みんなもざわついている。まるで漫画みたいだ。いきなり言われても、どう反応したらいいのかわからない。昨日までは誰もそんな話をしてなかった。数学の先生は大学進学の話をしていたし、他の先生たちの様子も普通だったのに。急に言われても、信じられない。……田中さんはみんなが落ち着くのを待って、再び話し出した。
「あまり時間がないので、静かにお願いしますね。質問があったら、手をあげて話すようにしてください。では、問題がなければ話を続けます」
少し厳しい口調に、みんな黙り込んだ。
「この事実は、今から二十年ほど前には予想されていました。そして、これを回避するために、今も大勢の人々が寝る暇もなく研究を続けています。ただ、残念なことに、まだ回避する手段は見つかっていません」
田中さんが、言葉を区切った。すると、澪が小さく手をあげた。
「それって、恐竜みたいに、人間が絶滅しちゃうってことですか?他の生き物は大丈夫なんですか?」
「ああ、説明が不適切でしたね。人間だけではなく、生き物の大半が、死滅するでしょう。ただ、先ほども言った通り、現在も回避する術を探しているところです。だから、皆さんは自暴自棄にならないよう、くれぐれも気をつけてください。今まで情報が隠されていたのは、回避できるなら公表する必要性がないと判断されたためです。時差による違いはありますが、ちょうどこの時間、世界中の都市で同じような説明がされています。混乱を避けるために、テレビやラジオでの公表前に、学校や企業への説明を行うことになりました。まもなくテレビやラジオでも、説明が始まります。」
腕時計で時間を確認しながら、田中さんは言った。彼女があまりにも事務的に話すから、まるで現実味が湧かない。
「この発表に伴い、当面のあいだメールやインターネットなどでの発言が制限されます。この件に関する内容を含んでいる投稿は、削除の対象です。罰則などはありません。ルールが決められたのは、デマによる混乱を防ぐためです。削除されたくない場合は、メールやSNSでの投稿内容に気を付けてくださいね」
不満そうな雰囲気が漂う。確かに、これが嘘でも本当でも、まわりに話したくなるのは間違いない。しかし誰も手をあげて質問したりはしなかった。
「また、今日から、暴力や窃盗などに関する罰則が大きく変わり、理由を問わず、犯罪は処罰の対象となってしまいます。そして、逮捕されてしまった場合、シェルターの建設要員として拘束されます。釈放はありません。ですから、みなさん、くれぐれも行動には気を付けてください。詳しくは、明日のニュースで案内されますから、必ず読むようにしてくださいね」
理由を問わず、という言葉が気になる。なんだか嫌な感じだ。
「あのー。人殺しも、シェルター作りに行くんですか?なんか、そんな建設現場とか、怖いんですけど」
誰かの質問に、田中さんは首を横に振って答えた。
「いいえ。死刑になってしまう予定です。また、現在、たくさんのシェルターが建設中なのですが、犯罪に関わった場合は、いかなる理由でもシェルターに入る権利は与えられません。当面のあいだ、シェルターの場所は非公開となります。とは言っても、大きな工事ですから、きっとすぐにわかってしまうでしょうけど」
今度は私が手を上げた。
「シェルターって、悪いことさえしなかったら、全員入れるんですか?」
その質問にも、田中さんは首を振った。
「全員は、無理でしょう。しかし、一人でも多くを収容したいと政府は考えています。シェルターに関しては、のちほど詳細が明らかになる予定です」
私は、ゆきちゃんを見た。ゆきちゃんは、いつ知ったんだろうか。まっすぐ前を向いているゆきちゃんの目には、涙が溜まっている。それに気付いたとき、初めて、これは嘘じゃないんだろうな、と思った。
「私の話は、以上です。難しいでしょうが、皆さんはできるかぎり今までの生活を続けてください。絶対に犯罪に加担してはいけません。シェルターもあって、まだ希望は残されています。これからは今まで以上に日々を大切に過ごしてくださいね。私からの話は、以上です」
最後だけ、田中さんの口調が優しかった。田中さんだけが落ち着いているように見える。みんな、動揺していた。もちろん私も。でも、誰も、もう質問する様子はなかった。知りたいことがたくさんあるようにも思うけれど、混乱しすぎて、あとは何を聞いたらいいのかわからない。ゆきちゃんに簡単な挨拶をすると、田中さんは来たときと同じようにヒールの音を響かせて帰って行った。
今日は帰っていい、と疲れた声でゆきちゃんは言った。他のクラスへの説明も、ほぼ同じタイミングで終わったようで、廊下には大勢の生徒がいて、みんな今の説明について話している。
急に話したくなって、父に電話をした。しかし、電源が入っていないようだ。何度かけても、アナウンスが流れるだけ。製薬会社で働いている父は、仕事ばかりで家に帰ってこない。ずっと会社に泊まりこんでいる。母は、二年前に新しい恋人を作り出て行った。とても優しい人だったが、父が帰らなくなってから一年ほどすると、いきなり無口になり、笑顔も消えた。きっと、とても寂しかったんだろう。今はどこにいるのかもわからない。母が出て行ったのはつらかった。母のせいで、今度は私が、いつも寂しい。ほとんど一人暮らしみたいなものだ。メールや電話をしても、父とはあまり連絡がつかない。父は高校の入学式に来てくれたけれど、会場に入って二十分ほどで仕事に戻った。あれきり、父は留守にしている。

