今日もまた、一日が始まる。教室には、シャンプーと、甘いお菓子の匂いが充満していた。いつものように自分の席に座ると、私は窓の向こうに広がる空を眺める。それが毎朝の習慣だった。
学校の、ザワザワした空気が大好きだ。誰が何を話しているかは聞き取れない。ただ大勢の気配が感じられると、自分が一人じゃないと感じられて安心する。特に誰かと話さなくてもいい。この場所にいて、大勢の気配を感じているだけで寂しい気分が薄れていく。
高校に入学して、一ヶ月が過ぎた。
五月の空は、真っ青で気持ちがいい。真っ白な飛行機雲が、空を飾っている。太陽の光が、目にしみる。今日は、珍しく少し眠い。父は昨日も帰宅しなかった。会社に泊まり込んでいて、しばらく帰ってきていない。朝が弱いから、起こしてくれる人がいないのは、わりと大変だ。
「おはよう、瑞穂!」
幼馴染の澪が笑顔を見せた。いつものように私のそばに来ると、澪は昨晩行ったライブについて話し出す。そのバンドを、私も一度だけ澪と聴きに行ったことがある。私は音楽のことはわからないけれど、あの日は楽しかった。弾けるような音の洪水に、胸がドキドキした。知らない曲ばかりだったけれど、最後に演奏されたカバー曲だけは知っている。とても昔のラブソングだ。中学に入ったころ、一度だけ母とカラオケに行ったのだが、そのときに母が歌っていた。もしかしたら母も、その曲が好きだったのかもしれない。
「あ、ゆきちゃんだ!瑞穂、また後でね」
担任のゆきちゃんが教室に入ってきた。本当の名前は、山田由紀。一つに束ねた黒い髪。白いブラウスに、グレーのタイトスカート。いつもと同じような格好だ。ゆきちゃんは綺麗な顔立ちをしているが、とても地味だ。あんなに綺麗なら、きっと化粧映えするのに。優しいけど、厳しくて、真面目。そんなゆきちゃんに好感を持っている。
いつものように朝の挨拶を済ませると、ゆきちゃんは硬い声で言った。
「突然ですが、今日の授業は中止、これからHRとなります。他のクラスもね。それが終わったら本日は終了です」
あちこちで歓声が上がる。しかし、それを無視して、ゆきちゃんは話し続けた。
「今から、警察のかたが、みなさんにお話をしてくださいます。くれぐれも騒いだりしないように。とても大事な話ですから、しっかり聞いてください。机の上には何も置かないでください。メモの必要はありません」
私たちは、慌てて教科書や筆記用具を片付けた。警察だなんて、嫌な響きだ。この近所で事件でも起こったのだろうか。廊下を見ると、黒いスーツを着た女性が立っていた。三十代後半くらいに見える。だとしたら、ゆきちゃんと同年代だろう。きちんと化粧をしているせいか派手な顔立ちに見えるけれど、ゆきちゃんのほうがずっと美人だ。女性は、手首に、とても細いブレスレットを付けている。
いつもより、ゆきちゃんの顔色が悪いように見えた。そんな様子を見たのは初めてだ。と言っても、高校に入学してから、まだ一ヶ月しか経っていないけれど。みんなの様子を確認してから、ゆきちゃんは廊下の女性に声を掛けた。
学校の、ザワザワした空気が大好きだ。誰が何を話しているかは聞き取れない。ただ大勢の気配が感じられると、自分が一人じゃないと感じられて安心する。特に誰かと話さなくてもいい。この場所にいて、大勢の気配を感じているだけで寂しい気分が薄れていく。
高校に入学して、一ヶ月が過ぎた。
五月の空は、真っ青で気持ちがいい。真っ白な飛行機雲が、空を飾っている。太陽の光が、目にしみる。今日は、珍しく少し眠い。父は昨日も帰宅しなかった。会社に泊まり込んでいて、しばらく帰ってきていない。朝が弱いから、起こしてくれる人がいないのは、わりと大変だ。
「おはよう、瑞穂!」
幼馴染の澪が笑顔を見せた。いつものように私のそばに来ると、澪は昨晩行ったライブについて話し出す。そのバンドを、私も一度だけ澪と聴きに行ったことがある。私は音楽のことはわからないけれど、あの日は楽しかった。弾けるような音の洪水に、胸がドキドキした。知らない曲ばかりだったけれど、最後に演奏されたカバー曲だけは知っている。とても昔のラブソングだ。中学に入ったころ、一度だけ母とカラオケに行ったのだが、そのときに母が歌っていた。もしかしたら母も、その曲が好きだったのかもしれない。
「あ、ゆきちゃんだ!瑞穂、また後でね」
担任のゆきちゃんが教室に入ってきた。本当の名前は、山田由紀。一つに束ねた黒い髪。白いブラウスに、グレーのタイトスカート。いつもと同じような格好だ。ゆきちゃんは綺麗な顔立ちをしているが、とても地味だ。あんなに綺麗なら、きっと化粧映えするのに。優しいけど、厳しくて、真面目。そんなゆきちゃんに好感を持っている。
いつものように朝の挨拶を済ませると、ゆきちゃんは硬い声で言った。
「突然ですが、今日の授業は中止、これからHRとなります。他のクラスもね。それが終わったら本日は終了です」
あちこちで歓声が上がる。しかし、それを無視して、ゆきちゃんは話し続けた。
「今から、警察のかたが、みなさんにお話をしてくださいます。くれぐれも騒いだりしないように。とても大事な話ですから、しっかり聞いてください。机の上には何も置かないでください。メモの必要はありません」
私たちは、慌てて教科書や筆記用具を片付けた。警察だなんて、嫌な響きだ。この近所で事件でも起こったのだろうか。廊下を見ると、黒いスーツを着た女性が立っていた。三十代後半くらいに見える。だとしたら、ゆきちゃんと同年代だろう。きちんと化粧をしているせいか派手な顔立ちに見えるけれど、ゆきちゃんのほうがずっと美人だ。女性は、手首に、とても細いブレスレットを付けている。
いつもより、ゆきちゃんの顔色が悪いように見えた。そんな様子を見たのは初めてだ。と言っても、高校に入学してから、まだ一ヶ月しか経っていないけれど。みんなの様子を確認してから、ゆきちゃんは廊下の女性に声を掛けた。

