───水族館
水族館の大きなガラス扉をくぐった瞬間、
ひんやりとした空気と、
少し湿った独特の匂いが肌を包んだ。
千歌
「うわ、涼しい。」
千歌ちゃんが明るい声を上げる。
夏奈
「牧場と真逆だね。」
「牧場ランドより、人が多いね。」
夏奈ちゃんは人の多さに、
圧倒されが肩をすくめる。
館内はゴールデンウィークらしく、
家族連れやカップルで溢れていた。
理央
「じゃ、」
「とりあえず順路通り行こ。」
理央の声で、
みんなは自然に歩き出す。
大きな水槽では、
青い光の中を魚たちがゆっくり泳いでいる。
琴音
「すご……。」
「ねぇ理央、見て!」
「凄く綺麗なお魚さんがいっぱい!」
琴音が足を止めて、
目を大きく輝かせ魚を見ていた。
俺はすぐ隣に立った。
理央
「本当だ、綺麗だ。」
「後でゆっくり見よう。」
「今は人多いし。」
琴音
「うん!」
一方で、
俺は少し後ろから全体を見るように歩いていた。
……人、多すぎるな。
水族館の順路は、
思っていた以上に狭かった。
右手には大きな水槽、
左手には説明パネル。
その間を、人が絶え間なく流れている。
千歌
「ゆっくり見るの無理そうだね。」
千歌が前を歩きながら振り返る。
理央
「みんなここは後で見よ。」
俺がそう返し、
一瞬だけ後ろを確認した。
すると琴音は、
さっきまで俺の隣りにいたはず
なのにいつの間にか少し後ろに
ろに流されていた。
晃も少し後ろに流されている。
突然、
前方で子どもが立ち止まり、
人の流れが詰まる。
理央
「……あ。」
「マジかよ……。」
その一瞬で、
人の列が二つに分かれた。
千歌と遥陽、
それを追う夏奈は、
係員に誘導される形で
右側の通路へ流される。
夏奈
「え、ちょっと……!」
私が振り返った時には、
すでに人の壁ができていた。
一方、
琴音ちゃんと晃くんは、
流れに逆らえず、左側の通路へ押し出される。
琴音
「理央……!」
琴音が俺の名前を呼ぶが、
人の肩越しに見えるのは、
知らない背中ばかり。
晃
「ちょっ…待って!」
俺は声を上げるが、
館内のざわめきにかき消される。
振り返る余裕もなく、
気づいた時には、
完全に別ルートに乗っていた。
琴音・理央は俺達の前から姿を消した。
「……はぐれた。」
立ち止まった晃の言葉は、
確信だった。
私も、周囲を見回す。
どこを見ても、
人、人、人。
人ばかりでちょっと、
息苦しい……。
知っている顔は、
晃しかいない。
「皆さっきまで、」
「すぐそこにいたのに……。」
「多分、」
「誘導で分かれたな。」
いつの間にか私の横に晃は並んでいた。
晃は冷静に言いながらも、
視線は周囲を探している。
「一回、」
「落ち着こう。」
そう言って、私と晃は
人の流れから外れ、
近くの休憩所へ向かう。
休憩所のベンチに座り、
やっと周囲の音が落ち着いた。
「私……」
「理央に電話する。」
私はバッグからスマホを出し、
理央に発信する。
何度かコールをは鳴るもの
なかなか……出ない。
「理央……出ない…。」
「マナーモード、かも。」
もう一度かけても、
同じだった。
私は、夏奈ちゃんなら
すぐ出てくれると思い
夏奈ちゃんに電話をする事にした。
「夏奈ちゃんにかけてみるね。」
夏奈ちゃんにはすぐ繋がり、
状況を説明する。
「人多いから、」
「動かず待ってて。」
「後で合流しよう。」
電話を切り、
二人きりの空間が残る。
偶然。
ただの不運。
でも、その偶然が、
この後の空気を大きく変えていくことを、
二人はまだ知らなかった。
夏奈ちゃんとの通話を終え、
私はスマホをバッグに戻した。
「夏奈ちゃん、」
「ここで動かずに待っててって。」
「了解。」
俺は短く答えたあと、
周囲を見回す。
休憩所のすぐ横には、
中規模の水槽がいくつも並び、
人の流れも比較的落ち着いている。
「……とは言っても。」
俺はそう前置きしてから、
自然な口調で続けた。
「ずっとベンチで待つのも、」
「時間もったいないだろ。」


