「奪うって言っただろ。」
「冗談じゃない。」
「琴音が、」
「これ以上泣くようなことがあったら、」
「その時は……」
視線が、一切逸れない。
「俺は、迷わない。」
理央の胸の奥で、
何かが崩れる音がした。
怒り……
焦り……
嫉妬……
そして……恐怖。
失うかもしれない。
その現実が、
初めて、はっきりと形を持った。
「……晃。」
声が、わずかに揺れる。
「俺は……」
「琴音を、手放す気はない。」
「そんな事は知ってる。」
晃は静かに答えた。
そして、手を離し一歩、下がる。
「中途半端な覚悟で、」
「琴音の隣に立つな。」
そう言い残し、カバンを手に取って
晃は玄関へ向かった。
ドアを開ける前、
晃は一度だけ振り返る。
「俺は……」
「琴音が笑ってるなら、」
「何番目でもよかった。」
「でも……。」
ほんの一瞬、表情が歪む。
「泣いてるなら、」
「俺が、琴音の一番になる。」
「そう言う事だからよろしく。」
そう吐き捨て晃がドアを閉めた。
そしてドアが閉まる音が、
部屋中に鳴り響く。
静まり返った部屋に、俺だけが残された。
ソファーに座り込み、
天井を仰ぐ。
もう後戻りはできない。
晃の覚悟を、
真正面から突きつけられて。
俺は、初めて本当の意味で理解した。
この喧嘩は、
ただの意地の張り合いじゃない。
琴音の未来を賭けた、
分岐点だということを。
意地を張っている場合ではない……。
晃が去ったあと、
部屋に残された静けさの中で、
理央はしばらく動けずにいた。
胸の奥が、
ずっとざわついている。
晃の言葉。
琴音の顔。
そして――
自分がしてきたこと。
「……俺は、何を守ってたんだ。」
そう呟いた瞬間、
俺はスマホを掴んでいた。
迷いは、もうなかった。
画面に表示された
”琴音”の名前。
コール音が、
今日はやけに長く感じる。
――出てくれ。
そう願った次の瞬間、
通話が繋がった。
「……琴音?」
電話の向こうから聞こえたのは、
息を吸い込む音と、かすかに震える声。
2日振りの琴音の声は、
小さくてどこかに消えてしまいそうな
静音をしていた。
「……理央……?」
その一声で、胸が締めつけられた。
泣いている……
はっきり分かる。
「今から、そっちに行く。」
一切、言い訳はしなかった。
説明もしない。
「話す。」
「ちゃんと、顔見て。」
「えっ?」
返事を待たずに、俺は続ける。
「待ってて!」
「えっ!?理央……まっ」
そして、
一方的に通話を終えた。
自分勝手だと分かっていた。
でも、今はそれでもいい。
走り出さなきゃ、
取り返しがつかなくなる。
そう感じたんだ……。


