──理央の家
綾部駅の改札を抜けた瞬間、
胸の奥に溜まっていた感情が、
一気にざわついた。
夕方の空は、
昼の名残を引きずったまま、
少しだけ色を落とし始めている。
――17時。
スマホの画面に表示された時間を見て、
俺は一度、深く息を吸った。
理央の家までは、
歩いて15分ほど。
その距離が、
今日に限ってやけに長く感じる。
頭の中には、
さっきまでいた琴音の部屋の光景が
何度も、何度も蘇っていた。
泣き腫らした目。
掠れた声。
必死に”間違ってたのかな”って
自分を責める姿。
……ふざけるな。
拳を握りしめる。
あんな顔をさせておいて、
”折れない”だなんて、
そんな言葉で片付けられる問題じゃない。
もちろん、
これは理央と琴音の問題だ。
それは分かってる。
分かってるけど――
俺は、
もう黙って見ていられなかった。
住宅街に入ると、
周囲は一気に静かになる。
理央の家が見えた瞬間、
心臓が、強く跳ねた。
インターホンの前に立ち、
一瞬だけ迷う。
でも、引き返す選択肢なんて、
最初からなかった。
インターホンを押して数秒後、
玄関のドアが開く。
そこに立っていたのは、
想像以上に疲れた顔をした理央だった。
目の下のクマ。
無精髭まではいかないが、
どこか荒れた雰囲気。
朝の電車ではあまり顔を見て
いなかったから、
理央もこんなになっているとは
気付かなかった。
「……晃。」
低い声で俺の名前を呼ぶ理央は、
やはりいつもの理央ではなかった。
その声だけで、
こいつもまともに眠れてないって、
すぐ分かった。
「入れよ。」
短くそう言われ、
俺は無言で玄関に足を踏み入れた。
晃が来ることは、分かっていた。
だから驚きはしなかった。
でも、内心は穏やかじゃない。
きっと……琴音の事だろうと
確信していた。
正直……
今、誰とも話したくなかった。
特に晃とは……。
リビングに通し、
ソファーに向かい合って座る。
空気が、重い……。
俺の身体に纏まり付く。
先に口を開いたのは、
晃だった。
「……単刀直入に言う。」
その声は低く、
でも、はっきり怒りを含んでいた。
「今日、琴音の家に行ってきた。」
その一言で、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
……行ったのか。
琴音……やっぱり傷ついたよな……。
「……だから何だよ。」
俺は、わざとぶっきらぼうに言った。
「何だ、で済ませる話じゃねぇだろ。」
晃の目が、
真っ直ぐ俺を射抜く。
「お前、琴音が今、」
「どんな状態か分かってるのか?」
「……体調悪いって聞いてる。」
「それだけか?」
声が、少し強くなる。
「目、腫れてた。」
「声、ほとんど出てなかった。」
「まともに飯も食えてねぇ。」
その一つ一つの言葉が、
鋭く胸に突き刺さる。


