*晃*
マンションを離れ、
車は再び走り出す。
今度は、完全に二人きり。
俺は、
窓の外を見つめたまま、
何も言わなかった。
父も、
ハンドルを握ったまま、
しばらく口を開かない。
エンジン音と、
ウインカーの音だけが、
車内を満たす。
「……晃」
先に口を開いたのは、
父だった。
「琴音ちゃんが、」
「来てくれて良かったな。」
「……うん。」
短い返事。
父は、
それ以上踏み込まない。
数秒の沈黙のあと、
ぽつりと続けた。
「お前、我慢してる顔してた。」
晃の指が、わずかに動く。
「我慢なんて……してない。」
嘘だと、自分でも分かる声。
父さんは否定しなかった。
「前にも聞いたけど、」
「琴音ちゃんの事、好きなんだよな。」
それは、
質問じゃなかった。
俺は一度、目を閉じてから、
小さくうなずく。
「うん……ずっと。」
ハンドルを握る手が、
わずかに強くなる。
「でも、あの子には彼氏がいる。」
「分かってる。」
「分かってて、」
「そばにいるのは……」
「辛くないか?」
「まぁ、俺が晃に後悔しないように」
「って言ったからそれも踏まえての想い」
「だとは思うが。」
俺は息を吸い、ゆっくり口を動かす。
「そんなの……辛いに決まってるだろ。」
声が、少しだけ震える。
「でも、離れる方が……」
「もっと、無理だった。」
父さんはそれを聞いて、
小さく息をついた。
「不器用だな晃。」
「……俺に似たな。」
その言葉に晃は、苦笑する。
「父さんは、」
「母さん一筋だっただろ?」
「だからだ……」
「俺も若い頃それで、お前みたいに」
「苦労したよ。」
父は、
前を見たまま言う。
「想いがひとつだと、」
「他が見えなくなる。」
「自分も、人も、傷つける」
「想いがひとつなのはとても」
「素敵な事なのに、一歩間違えたら」
「大変だよな。」
俺は、その言葉を
胸に落とした。
「……分かってるつもりなんだけどな。」
それ以上父さんは何も言わなかった。
でも、最後に一言だけ。
「誰かを想うなら、自分の弱さから」
「目を逸らす事はするな。」
車は、静かに夜道を進む。
俺は、窓に映る自分の顔を見た。
俺は、
どこまで、耐えられるんだろう。
答えは、まだ見えなかった。
晃 side 終わり


