父さんが後部座席を開けた瞬間、
夜の空気が、すっと入り込む。
「琴音ちゃん。」
やさしく、
けれどはっきりした声で父さんが
琴音を起こす。
「着いたよ。」
琴音のまぶたが、わずかに揺れる。
「……ん……」
小さな声とともに、
ゆっくり目を開けた。
一瞬、状況が飲み込めない顔。
車内に……
夜の景色……
見慣れたマンションの灯り。
「……あ。」
視線を動かして、
私は自分の姿勢に気づく。
晃の肩!?
えっ……!?
私、いつから寄りかかってるの?
はっとして私は慌てて
体を起こした。
「晃……ご、ごめん!」
そして、慌てて距離を取る。
琴音の動きに、俺の肩が、
一瞬だけ軽くなる。
「……ううん。」
俺は、
視線を逸らしたまま、静かに首を振った。
「疲れてたんだろ。」
「今日は……色々あったし。」
「俺が心配させてしまったしさ。」
声は、いつもと変わらないと思う。
でも、どこか俺はぎこちなく硬い言い方
になってしまった。
「……ありがとう。」
「送ってくれて。」
「晃のお父さんもありがとうございます。」
運転席に戻った晃のお父さんに、
お辞儀を何度もした。
お辞儀を何度もする琴音を見兼ねて
前の席から、父さんが口を挟む。
「気にしなくていいよ。」
「一人で帰らせる訳にもいかないからね。」
「それに、家の事で」
「心配させてしまったしね。」
そう言って、父さんは琴音に向けて
柔らかく笑った。
琴音は、少しだけ安心したように、
うなずく。
「お母さん……」
「大丈夫そうで、よかった。」
その言葉に、晃の喉が、
小さく鳴った。
「……うん。」
それだけ俺は返事をして
多くは語らない。
言葉にしたら、
感情が溢れてしまいそうだった。
車を降り、
3人でマンションの入口まで歩く。
夜の風が、頬をなぞる。
琴音は、
一歩遅れて歩く俺に、
ちらりと視線を向けた。
さっきまで、
あんなに近かったのに。
今は、
きちんと距離がある。
「……琴音。」
名前を呼ぶと、琴音は立ち止まった。
「今日は……」
俺は、言葉を選ぶように、
一度、息を吸う。
「ありがとう。」
「そばにいてくれて。」
「本当に心強かった。」
「こちらこそ」
「家まで送ってくれてありがとう。」
それは、
幼なじみに向ける、
まっすぐな感謝だった。
晃は、一瞬だけ、
目を伏せてから、
小さく笑った。
「当たり前だろ。」
いつもの口調で言った。
でも、その裏にある感情は、
飲み込まれたままだ。
父さんが
鍵を開ける琴音を見守りながら言う。
「ちゃんと休むんだよ。」
「今日は晃の傍にいてやって」
「本当にありがとう。」
「こちらこそありがとうございます。」
ドアの前で、
琴音は振り返った。


